短編2

□きっと両手はお留守にならない
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「最近、お前か虹村さんとばかり帰っている気がする」


 月が光る空の下、いつか想い合いたいと目下思っている相手が、ぽつっと呟いた。穏やかと言うよりは静かな声音で。


「……他の奴と帰りたいか?」

「いや。ただ、お前と虹村さんと俺とで帰ったことはないなと思って」


 それはそうだ。赤司とは一日交代で交互に帰る。それが緑間と虹村が決めたルールの一つなのだから。
 前を向いたまま歩く赤い頭を見下ろし、緑間は赤司の脳内を想像した。自分と、虹村と、赤司とで帰ったことはない。そう言うということは、可能性は低いがもしかして。


「三人で帰りたいか?」


 ぴく、と十数センチ下の肩が動いた。明日は虹村が赤司と帰る日だ。緑間も明日暇なので、三人で帰るという赤司の願いは叶えられそうだ。お邪魔虫が加わることを虹村はよく思わないだろうが、赤司の願いを無下にするわけはない。
 ならば明日は三人で帰ろう――言うと赤司は、表面には出さずに喜んだ。そして急に立ち止まる。


「赤司……?」

「…………できれば。できればでいい。できればでいいから――」


 夕飯を一緒に食べたい。


 リュックの肩にかけている部分を頼りなさげに掴み、恥ずかしげに俯く赤司は、


「とても可愛かったですのだよ」

『くっそウラヤマ! そこは写真撮って寄越せよ!』

「だが断りますのだよ」

『うざ! 語尾も変だし!』


 帰宅した緑間は、自室で虹村に電話をしていた。用件は、帰り道に赤司と話した例の内容だ。


『こづかいまだ使ってねーし行ける行ける』

「そうですか……」

『残念そうにすんなバーカ。……あ、店は俺が決める。マジバな』


 赤司に決めさせたなら高級レストランに決定されるのが目に見えているからだろう。緑間も異論はなかった。
 挨拶を交わして電話を切る。赤司と帰れるだけでも嬉しいのに、しかも食事つきだ。明日のことなのにカレンダーに赤丸をつけたい気分である。
 虹村が急用で一緒に帰れなくなったりしないだろうかと思うものの、そうなれば赤司が悲しむだろうから心からは願えない。そんな緑間であった。



* * *



 顧問と話をした後部室に戻ろうと歩いていると、赤司を見つけた。部室の横で、壁に凭れているようで凭れず立っている。お邪魔虫である緑間はいない。急用でも出来ていたらいいのにと思いながら赤司に近付く。実際そうなれば赤司が悲しむのは分かりきっていることだから、心からは願えない。かといって緑間ちゃんと来い、と願えるほど大人でもない難しい年頃だ。
 あと三、四歩というところで、赤司がこちらに気付いた。ちょっと目を見開いてから、蕾が開くように微笑んでくる。柄にもなくドキリとした。


「虹村さん。お話、終わったんですか?」

「おお。……緑間は?」

「まだ着替えています。さっきまでラッキーアイテムを探していたので」

「へえ……」


 がっかりしつつ安堵しながら相槌を打つ。赤司はそれに「はい」と答えて黙った。無表情に見えて滲み出ている笑顔。楽しみを抑えきれていない感じが可愛らしい。
 楽しそうだな。そう言ってみると元気よく肯定が返ってきた。犬みたいなのは黄瀬で、赤司はどちらかというと猫かと思っていたが、そうでもなかった。
 撫でようと、いくらか低い位置にある頭に手を伸ばす。届く寸前の寸前、ドアが開いた。


「あ……」

「……ふっ」

「揃ったな。行きましょう」


 虹村は残念そうに声を漏らして手を引っ込め、緑間は状況を理解して小さな勝利の笑みを溢した。赤司はというと、何も分かっていないので無邪気に歩き出す。
 虹村と緑間は赤司にだけ話しかけ、お互いとは話さなかった。赤司は虹村と緑間の両方に同時に話しかけもする為、口調をどうしていいか分からないらしく困っていた。そこがまた可愛い。
 人気の少ない住宅街から大通りに出ると、三人は活気に包まれた。街はまだまだ眠らない。マジバに入って席を探す。


「俺が赤司の隣に座ります」

「ぁあ? 俺が赤司の隣だ。先輩命令な」

「権力を振りかざす人間を赤司は好くでしょうか」

「う、うっせーな! ならジャンケンだジャンケン!」


 最初はグー、とジャンケンを始める。虹村がチョキ、緑間がグーで緑間の勝ちだ。勝利のドヤ顔が非常にムカつく。
 顔見られるからいいしと自分を慰め、赤司の真向かいに座る。


「俺が待ってるからお前ら先に買ってこい」

「悪いですよ虹村さん。俺が待っています」

「いーから。センパイ面させろ」

「……行くのだよ、赤司」


 緑間が赤司の背中を軽く押し、自分は席に座った。虹村が目を丸くする横で赤司はホッとした顔をし、レジへ行った。
 赤司と二人になれるチャンスを不意にしたことが意外で、けれど同じ立場なら自分もそうするだろうと思ったから、追求は止めた。代わりに提案を一つ。


「赤司に恋バナ仕掛けねぇか?」

「…………はい?」


 呆れるというよりは呆気にとられた顔で、緑間は瞬きした。赤司にそんな話題を仕掛けても通じないかもしれない。が、試してみる価値はある。
 丁度、トレイにハンバーガーとポテトのM、バニラシェイクのMを乗せた赤司が戻ってきた。虹村は緑間と立ち上がり、歩きながら続きを話し合う。


「赤司に好きな人間がいたら、二人仲良く失恋ですか」

「はっ? そん時ゃ協力しあうぞ。赤司がその誰かさんを好きじゃなくなるようにする」

「……案外黒いですね」

「いつもはこんなんじゃねぇよ。……ただ、アイツが絡むとどうも、なあ」


 雛鳥みたいに後ろをついてきて、頭を撫でると顔を赤くして照れて、大人びているかと思えば世間を知ることができなくて幼い一面を見せてくれる。可愛い、それだけかと思っていたのに、抱きしめたいしキスもしたい、それ以上のこともしたい。何より幸せにしたいのだ。
 順番が来た。店員にポテトのLとハンバーガー二つとコーラのLを頼んだ。脇に退き、緑間が注文するのを何となしに眺める。ポテトのサイズは虹村、ハンバーガーの個数は赤司と同じ。飲み物はお茶のL。


「お待たせしました」

「じゃ、赤司んとこ行くか。アイツのポテトとか萎びちまうし」


 赤司は絶対、律儀に食べずに自分達のことを待っている。実際そうだった。こちらを見て「おかえりなさい」と笑う赤司を見て『同棲したい』と思ったのは、何食わぬ顔で座った眼鏡も一緒だと思う。
 三人同時に食べ始め、しばらくは他愛ない話をした。赤司がハンバーガーを食べ終え、ポテトを半分消費した頃、緑間が口を開く。


「俺のクラスにお前を好きな奴がいるが。お前には好きな奴がいるのか?」


 緑間言ったああ! どこが恋愛は猿並みだよ普通に聞いてんじゃねえか――虹村は内心では大いに驚きつつ、顔は平静を装いコーラを飲んだ。使いすぎて表情筋が筋肉痛になりそうだ。
 赤司がポテトを飲み込みながら目を伏せる。嫌そうな顔で「そんな話題を振るな」と言われる覚悟をしていたのに、嫌がる素振りも見せない。目元を赤くし、眉尻を少し下げているこれは、照れ、だろう。


「そういうのは、よく分からない。好きな人って言われて思い浮かぶ人はいるんだけど、違うだろうし」

「誰が思い浮かぶんだよ」

「誰が思い浮かぶのだよ」


 タイミングは完璧に同じ、台詞は一文字違いで言葉を発したライバルにお互い見向きもせず赤司に詰め寄る。赤司は二人の剣幕に驚いたようだが、真っ白い純粋な笑顔を浮かべて言う。


「二人のことが思い浮かびます」


 男同士だし、二人も浮かぶなんて変ですよね、信愛の意味なのでしょう――自己完結している赤司は、自分が二人の男を喜びと複雑の海に沈めたことを知らない。



* * *



 赤司を家まで送り届けてから歩く帰り道は何となく気まずい。恋の好敵手と一対一というのはもう、早く別れ道に行きたいと願うしかない。
 虹村も同じ気持ちなのかなんなのか、二人の歩きはどんどん速まった。競歩寸前の速さで大の男が並んで歩く様はシュールだった。
 願いに願った別れ道、さようならと頭を下げる緑間を虹村が呼び止める。訝しい表情を隠さずに足を止めると、部活中のように真剣な顔が視界に入った。宣戦布告だろうかと身構える。


「……突き出た力に付いていけずに、お前らはアイツから離れていくだろう」


 ちまたで流行りの厨二病かと思ったが、こんな顔で冗談を言う虹村ではない。ただの予想なのに、当たる可能性が余りにも高すぎて苦しい――そう解釈するしかない苦い顔だ。それが、一転して決闘相手を射すくめる目に変わった。


「その時、俺がアイツの心の隙間を埋める」

「…………ふん。アイツらがどうかは知らないが、俺は絶対にヤツの傍にいます」


 忠告どうもと嫌み混じりに言い、今度こそ自分一人の帰り道を歩く。
 忠告なんてしなければ、赤司に隙間が出来る可能性が増えていたのに。それなのにわざわざ言った意味を、受け取って。虹村が思った以上に本気だということを知った。
 だが、それは自分も同じだ。赤司が幸せになることを、赤司が悲しまないことを望むのは、自分だって。
 優しげかと思えば飄々としていて掴めない。しっかり手を握っていないと、風船のように離れていってしまいそうだ。その全てを知ることができなくても、一番の理解者でありたいし、一番頼られ信頼される者でありたい。
 やはり、負けるわけにはいかない。闘争心新たに緑間は手を握りしめた。いつか離してしまうかもしれないらしい手を、繋いでおくために。





END.









* * *
というわけで虹赤緑の三角関係、でしたっ。赤司が二人へ向けるのは信愛か無自覚な恋愛か、は決めていません。
緑間サイドと虹村サイド、総合的な長さをなるべく揃えたのですが、二人平等に書けていますかね……。
リクエストありがとうございました!

 

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