短編2

□世界で一人君だけに
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『これ、赤ちんが作ったのー?』
『調理実習でな。折角だからあげるよ』
『へへーありがとー。来年はケーキがいいなぁ』
『……考えておく』



「えー、うぅ、……いらない」
「え……?」
「……ほしくないし」
「っ……」


 ガラガラと崩れ落ちていく何か。きっとそれは、期待だ。紫原の喜んだ姿を見られるという期待、美味しそうに食べてくれるという期待、ふにゃりと笑ってくれるという期待。全部全部甘い期待で、全部全部破片になった。
 俯くと、形が崩れないよう両手で大事に抱えたケーキの箱が視界に入る。昨夜下準備して、今日早起きして作ったケーキだ。紫原がどんな反応をしてくれるか、笑みを抑えられずに妄想もした。
 一年も前の言葉を真に受けて、ずっと覚えていて、昨夜から浮かれていた自分が馬鹿みたいだ。ケーキの真っ白い箱が、自分の浮かれ加減を嘲笑っているようで恥ずかしい。


「赤ちん?」


 つむじの真上から紫原の声が降ってくる。その声音は、訝しげではあったが、それだけだ。
 箱を床に叩きつけたかったがまさかそんな事はできない。紫原の目の前であるし、自分で自分の想いを乱暴に扱うことはできなかった。
 だから何も言わずに踵を返し、不自然に見えないくらいに早足に歩いた。



* * *



「……というわけで食べてくれ」
「断るのだよ」


 部活終了後。赤司に残るよう言われたと思ったら、ケーキを差し出された。淡いオレンジのパウンドケーキに、それより少し濃いがそれでもまだ淡いオレンジのクリーム。ミカンをちょこちょこ乗せたり挟んだりした、ホールケーキだ。素人が作ったと分かるが素晴らしい出来映えである。
 緑間は、これが誰の為のケーキか知っていた。


「ホールケーキ一つは腹一杯になるのだよ」
「隠れ大食いのくせに何を言っているんだ」
「なぜ他の奴らにも食べさせないのだよ」


 青峰や黄瀬はもちろん、黒子だって喜んで食べるだろう。緑間に食べてもらいたいんだ、と赤司は目を伏せて右下の床を見つめる。赤司にしては分かりやすい嘘だ。いや、丸っきり本心ではないわけではないだろうが。
 それにしてもどうして紫原は赤司の手作りケーキを断ったのか。空から槍を降らせたいのだろうか。
 赤司の背後――開け放たれたドアの陰から覗く制服を見つけ、緑間は胸の中で嘆息した。本当に、まったく意図が掴めない。


「ちゃんと、偽らずに理由を教えてほしいのだよ」
「……紫原に作ったものを自分で食べるのは虚しすぎる。だから他人に食べてもらおうと思った」


 それで緑間の顔が浮かんだんだ――しょんぼり下を向いたままの赤司に、良心が疼くわ庇護欲がそそられるわ抱きしめたくなるわで、緑間は大変だった。
 ケーキを受けとり、しなやかな背中を抱いて引き寄せようと思って挫折し、平均程度の厚さの肩に手を置くに留める。ドア陰の大きな影を意識しながら声を出す。


「そ、そこまで言うなら、食べてやってもいいのだよ」
「! ありがとう緑間」
「っだ、だめーっ!」


 受け入れられると思っていなかったのか、赤司がびっくり眼で見上げてきた。緑間はさあどうなる、と内心構えながら、赤司のお礼を聞いていた。
 そして次の瞬間、大声と共に大きな体が乱入してきた。緑間の手から赤司とケーキを奪い取る。やや乱暴に引ったくられたから手がじんと痺れた。
 ようやく出てきたか、と緑間は呆れた目で紫原を見た。こちらを威嚇する様子は、飼い主を取られまいとする犬そのものだ。いらないと言っておきながらやはり赤司のケーキが欲しいらしい。


「まったく、付き合ってられんのだよ。バカップルめ」


 赤司と紫原両方に毒づいたが、紫原への毒の量の方が圧倒的に多い。他の男に渡されたくないなら、そんなに睨んでくるのなら、素直に受け取っていればよかったのだ。もしくは受け取りたくない訳をきちんと話せばよかったのだ。
 あからさまにげんなりして見せ、鞄を肩にかけて部室を出る。ドアは閉めておいてやった。恋に鈍感な自分なりに気遣いをした結果だ。



* * *



 いつもの感触と体温だ。だが自分の体はいつもより火照っている。


「なんで、他の誰でもなくてミドチンに渡そうとしちゃうんだし……」
「紫原以外にあげるとしたら、真っ先に緑間が頭に浮かんだんだ。……離せ」


 ゆるんだ拘束から抜け出す。通常の大きさのはずなのに紫原の手にあると小さく見える箱に向かって手を伸ばす。紫原が奪われまいと箱を頭上に上げた。こうされると椅子に乗っても届くか分からない。
 紫原は一体何がしたいのだろう。いらない、ほしくないと突っぱねておきながら、いざ他人に渡そうとすると嫌がる。


「だって、そりゃあさ、ヤキモチだよ。妬いちゃうんだよ」


 口に出して訊いていたらしい。紫原が決まり悪そうに口ごもりつつ答えた。嫉妬してくれることには喜びが湧くが、まだ許してはいけないと首を振る。本当に、軽い絶望と言っていいくらいに悲しかったのだから。


「ならどうして、いらないなんて言ったんだ……?」
「……だって、今日、ハロウィンだし」
「だから渡したんだろう」


 どうして受け取ってくれなかったの、なんて、訊いていて情けなさすぎた。
 なのに、言葉は止まらない。


「去年、お前が言ったんだ。来年はケーキがいい、って。だから……」
「うん。すっげーうれしかった。赤ちんが覚えててくれたの」
「え? お前、覚えていたのか?」
「当たり前じゃん。俺が赤ちんとのこと忘れるわけないし」
「だったら……」


 言い澱む赤司に、紫原の眉がきゅっと寄った。
 言うか言うまいか悩んでいるのか数秒唸る。しかし赤司が紫色の目を覗きこむと観念したように肩の力を抜いた。お菓子ばかり食べているのにシャープな曲線を描く頬が朱色になっている。


「――お菓子もらっちゃったら、……あ、赤ちんにイタズラできないから……」
「イタズラ……?」


 羞恥が限界を越えたのか、紫原はもう何も言わず頷いた。赤司は紫原が言う意味を理解できずに混乱した。あのお菓子大好きの紫原が、ケーキより自分に悪戯する方を選ぶとは。
 あーもう、と吠えるように言った紫原に肩を掴まれる。


「だから! ちょっとエッチな感じのイタズラとかしてみたかったの! 普段できねーし!」
「え、えっちって……」
「もおおお赤ちんやめてよそんな可愛い発音で言うの!」


 紫原は開き直ったらしい。言っちゃったからには仕方ないという感じに全てぶちまけた。
 最初は意味を飲み込めなかった赤司も、こうまで言われたら分かる。ぼっ、と音が立ちそうなくらい一気に顔が熱くなった。馬鹿なことを言うなと肩の手を払い除けられただろう。ケーキを嫌がられたのではない真実も頭に血を送る原因になっていなければ。
 顔を真っ赤にさせて、紫原は赤司の反応を待っている。だるそうに下がった眉は吊り上がっていて、涼しそうな紫色の目は熱で温度を上げていた。何となく、ケーキをいらないという時、紫原はこんな目をしていたのではないか、必死に我慢していたのではないかと思う。単なる己の希望だが。


「……それなら、お前には特別にこう言うことを許してやる」


 大きな声では言えなくて、紫原の腕を引っ張り屈ませる。艶やかな髪の間にある耳に囁きかけた。紫原の頭が勢いよく上がる。驚きから歓喜へと表情が移り変わる様に胸がときめいた。紫原が大きく息を吸う。



「赤ちん、トリックアンドトリート!」





END.









* * *
かぎかっこで話を終わらせたのは久しぶりです。乙女赤司と欲張りな紫原のお話でした! それと駆け込み寺&橋渡し役緑間。
ハロウィン、ちなみに私はお菓子を持っていきます。トリックオアトリートもバッチリ言う派です。

 

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