短編2

□れっつポッキー
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「そういや今日ポッキーの日だねー」
「男子ポッキーゲームやんないかな」
「ぶ、ちょ、自重して」


 休み時間。次の授業の準備をしていると、クラスの女子のそんな会話が耳に入った。彼女らは自分より流行に敏いだろう。が、今回は自分の方が上だった。何て言ったって、自分は一か月前からこの日を待っていたのだから。
 鞄から教科書を出す際、中に突っ込んである箱が目に入った。虹村は顔面に広がろうとするニヤけを抑え教科書を机に置いた。
 十一月十一日。
 ポッキーの日。
 一年の中でポッキーゲームを最も行いやすい日。


 一年で一番、赤司とポッキーゲームをしやすい日。


 虹村は想像する。放課後、部室は汗臭そうだから教室で。ポッキーゲームをしようと言ったら、こういうことに疎い赤司はきょとりとするだろう。そんな赤司に手取り足取りポッキーゲームを教える。赤司は途中でゲームの最後に気付くだろう。だがポッキーを折ることはしまい。折ったら負けなのだから。恥ずかしがる赤司を堪能しながらポッキーを咀嚼していき、最後には――


「にじむらーにやけすぎー妄想してんのバレバレー」


 衝撃で頭が揺れ、我に返る。いきなりのことに驚いて顔を上げると、友人の一人が立っていた。自分は恐らく、コイツに頭を叩かれた。


「どうせ赤司とポッキーゲームする妄想してたんだろエロオヤジ」
「妄想妄想うっせぇよ。オヤジじゃねーし」
「否定はしないんだな……」


 悪いか、と開き直る。
 赤司との付き合いで困ったことは何もない。三歩後ろを歩き、控えめだが意見し、きちんと先輩を立てる。交友関係はよく問題も起こさない。強いて言えば敗北を知らないゆえ、負けて悔しいという気持ちが分からないところが気になるが。手のかからない、一番可愛い後輩。それが虹村にとっての赤司だった。
 だがその印象も恋人となってから変わる。
 「愛しい」が加わり、更に可愛くなったはいい。
 問題は手のかかるようになったところだ。
 帰り道手を繋ごうとすれば「寒いんですか?」と夏なのにカイロを渡された。自室で赤司を抱えて座ろうとすると「暖房つけても俺は構いませんよ」とリモコンを手渡された。夏なのに。一緒に空き教室へ道具を運んだ時キスしようとすると「ゴミでもついていますか?」と顔を離された。遊園地へデートに行って観覧車でキスしようとしたら「動くと危ないです」と怯えた顔で言われた。大変可愛かった。
 赤司征十郎は手のかからない、一番可愛い後輩。
 そして、手がかかる、可愛い恋人。
 手も繋げない、抱きしめられない、キスもできない。その先は――今は焦らなくていいだろう。
 とにかく。そんな赤司とでも、この日を利用すればキスできる。先程も言ったが赤司にはポッキーを折って負けるという選択肢はないのだ。


「待ってろよ赤司……ぜってー引き分けで終わらせてやる」
「うわーやっぱそういう妄想してんのか……」


 チャイムが鳴って友人は席に戻っていく。この授業と部活を終えたら、いよいよだ。待ってろよ、ともう一度心の中で呟く。含み笑いを手のひらで隠しつつ、ふと視界に入った机の上に目を留める。首をかしげて鞄の中を漁る。そして机に溜め息をこぼした。


 ――ノート忘れた。



* * *



「あ、今日ポッキーの日だね」
「持ってきたよーはい」
「鈴木ぃ、田中とポッキーゲームしてよ」
「しねえよ」
「えー、じゃ誰とならいいのよ」


 休み時間。次の授業の予習の復習をしていると、そんな会話が聞こえてきた。ポッキーゲームってなんだと思いつつ公式を頭の中でそらんじる。xやyの狭間に虹村が現れた。気を抜くとこうだ。xyに数字を代入するが効果は薄い。脳はどんどん虹村の方へ走る。
 赤司にとって、虹村は悩みの種だ。
 赤司は虹村と、恋人として触れ合えない。理由は簡単、どう反応したらいいか分からないからだ。
 手を繋ごうとしてもらえたことがある。どういった顔をするべきなのか分からなくて、冬に鞄に入れてそのままだったカイロを渡した。夏に。
 後ろから抱きかかえられかけたことがある。寄りかかればいい? 振り返ればいい? というより多分、自分は硬直する――というわけでエアコンのリモコンを渡した。夏に。
 空き教室でキスされそうになったことがある。し終わった後、素知らぬ顔をした方がいいのか、キスし返した方がいいのか、その他諸々。顔にゴミがついているのだろうか、ととぼけて距離を開けた。
 観覧車でキスされそうになったこともある。やはりどうしたらいいか分からなかったから揺れを理由に逃げた。席が揺れるのはわりと本気で怖かった。
 これは恋人としてよくない。というのは理解できているが、解決策が見つからない。
 これでは飽きられて、離れられてしまう。だから頭の中は悩みでいっぱいだ。いうなれば、悩みの、種は虹村。花は恋愛に疎い自分だ。


「――あの、赤司君」


 ふと呼ばれて顔を上げる。友達とポッキーの日について話していた女子だった。もじもじと俯いているが、座っている赤司からは丸見えだ。


「どうしたんだい?」
「えっとね、あのー……鈴木とポッキーゲーム……したり、しない?」


 用件が事務的なものでないことに、しかもゲームの誘いであることに、自分でも驚くくらいに驚いた。一瞬、無心で彼女を見上げる。
 だが、次の瞬間には微笑んで首を横に振る。彼女は明らかに落胆して自分の席に戻った。
 知らないことは知りたい。ポッキーゲームについてもだ。
 ただ、そういう流行っているものは虹村に聞きたい、となんとなく思った。



* * *



「先輩、ポッキーゲームってなんですか?」


 赤司がそう問いかけてきたのは休憩時間の頃だった。嬉々として答えようとする黄瀬を蹴ってどかす。教えるのは自分だ。


「珍しいな、お前がそういう言葉知ってんの」
「ええ、まあ。やってほしいと頼まれまして」
「はァ!? 誰にだよ!」
「クラスメイトにです」


 赤司が不思議そうな顔で答えた。どうして虹村の声が大きくなったか理解できていないようだ。これだから鈍感は危機感が無くて困る。
 ことの詳細とクラスメイトについては後日ゆっくり聞き出すとして。虹村は赤司の耳に唇を近づけた。


「練習終わったらうちに来い。教えてやるから」


 場所を急遽変えたのは教室だと誰かに見られる可能性があるからだ。赤司は無表情で、しかし耳を少しピンクにして頷いた。肌の色を変えるあたり、恋人として意識してもらえていることは確かである。
 滞りなく練習を終え、虹村と赤司は二人きりで帰り道を歩いた。繋ごうとした手はまたもさり気なく遠ざけられた。
 着いた虹村家には誰もいなかった。母はまだ仕事のようだ。赤司を自室に上げて麦茶を振る舞う。赤司はさすがの所作でそれを受け取り、飲んだ。そして一息ついたところで本題に入る。


「じゃあやるか、ポッキーゲーム」
「はい」


 緊張した面持ちで赤司は居住まいを正す。今からやることがやることなだけに、虹村からすればちぐはぐに見える。虹村は笑いを堪えてポッキーを出す。チョコが塗られていないところを摘まんで持つ。


「まずポッキーの両端を咥える。で、食っていく。ポッキーを折ったり口から離した方の負け。分かったか?」
「はい。けっこう単純なルールですね」
「まあな。手軽にできるところも流行りの理由なんじゃね」


 言いつつポッキーを咥える。さっさとしないと、ポッキーを両端から食べていくとどうなるか赤司が気付くからだ。赤司は可哀想なくらい素直にポッキーの、チョコのない部分を口に含んだ。こうして目前にするとなかなか腰にクる光景だ。次はチョコの部分をその唇に挟ませようと思う。きっととろとろと溶けて素晴らしいことになるだろう。
 もう笑みは隠さず、虹村はポッキーを食べ進めだした。



* * *



 まず思った――意外と恥ずかしい。お互いの顔が近い。それに虹村の目の力が強すぎて、捕まってしまって、逸らせない。
 次に、引き分けの場合どうなるのかに思い当たって体が硬直した。このままでは、虹村と――まだ、どんな反応をしたらいいのかの答えは出ていない。だが逃げられない。強制的に終わらせることも。だって今咥えているものを折らなければならない。折ったら、負け。だが自分は負けられない。
 そこまで考えたところで唇にハリのある柔らかさが触れた。びっくりして鼻から浅い吐息が漏れる。案外早く唇は離れ、虹村はすでに二本目を口にしていた。


「あ、の、せんぱ……っ」
「ん」


 有無を言わせない強引さで二本目を口に突っ込まれる。甘すぎず苦くもないチョコの味が舌に乗った。
 唇を開けないから唸って抗議するが、聞き入れられる気配はない。距離は触れる寸前まで縮まっていた。


「ん、っ」
「っ」


 虹村の肩を両手で押して触れられないようにする。必死の抵抗だった。虹村の目からは一回目が終わった時点で解放されていたので、目線は左下に向けた。
 虹村は驚いたように固まったが直後、赤司の肩を押し返してくる。赤司は無我夢中で、けれどポッキーは折らないように腕に力を込めた。溶けたチョコが唾液と混じって唇から流れる。羞恥で泣きたくなった。
 拮抗は長くは続かなかった。背中を抱き寄せられたと思ったら後頭部を掴まれて固定されて。赤司はまだ虹村の肩を押しているのに、虹村はそんなものないみたいにあっさり残りの距離を詰めた。今までは手加減されていたのだろうか。
 今度のキスは深かった。赤司の中のチョコを厚い舌が掬い取って出ていく。その際に肌に留まるチョコも舐めとられた。本当に、恥ずかしい。
 赤司は三回目を警戒して肩を強張らせる。が、虹村が深々と息を吐いて脱力したので力を抜いてしまった。


「どうしたんですか?」
「別に……やーっとお前とキスできたなあって」
「っ、っ……!」
「はは、赤くなってんの」


 そう言う虹村の頬だってかすかに赤い。指摘すると「何だかんだでお前とはっきり恋人っぽいことすんの初めてだからな」と苦笑された。恋人っぽいこと。虹村はそれが出来ないことを残念に思っていたようだ。そう思われていたことが嬉しい。同時に申し訳なかった。
 赤司は心を決め出した。出来ないことで虹村に苦しい思いをさせているのなら。勇気を振り絞って、胸の苦しさは無視して、打ち明ける。虹村は目を見開いた後、こわばりが抜けすぎたような笑顔になった。


「……お前が返すモンなら何だっていいよ。恥ずかしがっても、固まっても。そりゃ怒られたり素知らぬ顔されたらアレだけど、お前の自由だしな」
「…………そういうものなのですか」
「おー、そういうモンだ」


 何だっていい、という言葉は一番困る答えだとどこかで聞いたことがある。しかし赤司の胸のつかえは空気が通るようにスゥッと抜けていった。それが顔に出たらしい。という訳で三戦目行くか? と虹村が三本目を振る。正直このゲームは相当恥ずかしいのだが、せっかくだからあと一度だけ。赤司は頷く。


「今度は特別ルールな。より多く食べ進めた方の勝ち。いくぞ」  特別ルールが赤司の脳に届いたのと同じくらいの瞬間に、口にポッキーを突っ込まれる。そんなに急かさなくてもと思いつつ、赤司は勝つためにとポッキーを食べ進めた。妙なことに、虹村は動かない――そこで赤司は彼の意図を悟った。虹村が口の端を上げる。計画通り、と言いたげな笑みだ。上手い具合に乗せられてしまったが、赤司がすることは一つだ。選択肢はない。
 これからしなければならないことに顔を耳まで赤くさせながら、赤司はサクリ、とまた一度、ポッキーを口内に取り入れた。





EMD.









* * *
迂闊にも今日がポッキーの日だと今日気づきました……昼休みにクラスの男子が「誰かポッキーゲームしない?」なんて言うから反応してしまいました。うっかりしすぎた。そして結局、その男子はポッキーゲームしませんでした。当然ですね。。

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