短編2

□何もかもゼロから
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※洛山五番の名前・能力・キャラ出てます。





 彼らの笑顔が好きだった。

 彼らは勝つと笑うから、勝てるように徹底的に鍛えた。

 自分達は常に勝つようになった。

 なのに彼らは笑わなくなって、勝ちを喜べなくなっていって、



 どうしたらいいか考えあぐねている内に、背を向けてどこかへ行ってしまった。



 だから、今度は。今度こそは――――



* * *



「集合!」


 声を張り上げると部員が駆け寄ってくる。全員が集まったのを確認してから、赤司は口を開く。


「三対三を行う。負けた方には掃除でもお願いしようかな」
「えー! それって体育館のモップがけだろ! きついよ赤司ぃ!」
「うん? 僕に逆らうの、小太郎?」


 にっこりと、爽やかに見えるように笑う。圧力なんてかけていないが、葉山はうぐぐと詰まり、仕方ないなぁと相好を崩す。笑顔に弱いのだ、ちょうど黄瀬がそうであったように。


「まあ、掃除が終わったらマッサージくらいはしてあげるよ」
「そ、それじゃあ罰にならないじゃない! むしろ勝った方が負けだわ!」


 実渕の考えでは、マッサージが掃除のマイナスを打ち消し、どころかプラスへ行くらしい。解せないが、そういえば紫原はたまによく分からない時があった。
 掃除をしてくれるのだから労うのは当然だろう、と言うと実渕は黙る。キセキ一の常識人である緑間同様、道徳に訴えられると弱いのだ。


「早く牛丼食いたいぜ……」
「帰りにたくさん食べればいい。今は部活に集中しろ」


 他のことに気をとられる根武谷は、女性の大きな胸に目がない青峰のようである。微笑ましいがきちんと叱咤する。


「もう少し……休憩時間よこせ……」
「お前は何回床にキスするつもりなんだ……ほら、しっかりして」


 床に突っ伏す黛を鼓舞する。まったく世話が焼ける。自分が女ならば母性になるのだろう感覚を胸に、倒れた背中を揺する。よせ、と弱々しく言われたが振り払われない。中学時代も、こんな風に。それまでには味わったことのない、春みたいなぬるま湯に浸ったような幸せに包まれていた。
 今度こそ――締まる心臓の息苦しさを、Tシャツの胸部分を鷲掴むことで緩める。


 今度こそ、ずっと一緒に、幸せに。



 ――絶対に離れさせたりはしない。



* * *



「玲央、もう少し3Pの精度を上げろ。それでは試合の運びに綻びが出る可能性がある」
「……ええ、分かったわ」
「それと相手の動きを見ろ。ディフェンスがまだ弱い」
「……ごめんなさい」


 注文を付けすぎただろうか――いや、そんなことはない。これは勝つために必要なことだ。
 だが勝ちを重視するだけではあの頃の再来になってしまう。赤司は少し踵を浮かせて、俯く実渕の頭に手を乗せた。


「スピードは前より上がっているよ。この調子で、今言った課題も頑張ってくれ」


 実渕が束の間目を見開く。数秒固まる。その後、赤司からやや目線を逸らし、頬を染めて頷いた。そして赤司が撫でやすいように屈む。赤司は思わず笑みを深めた。本当に、変わらない。素直じゃないところも、こちらを気遣ってくれるところも。
 騒がしい声を発しながら葉山が後ろから飛びついてきて、赤司はよろける。実渕が葉山を叱った。葉山は項垂れてしょぼくれる。あの頃と変わらない光景だったから赤司の口元から笑みは消えない。


「今度から気をつけて、小太郎」
「うん! ワンオンワンしよ赤司!」


 あの頃は。バスケを始めたばかりの彼を、無理がないギリギリの早さで成長させたくて、特に厳しいメニューを組んだ。なのに労いなんか一つもあげなくて。だから今、表面に出せなかった愛情を見せる。


「赤司は忙しいだろ、相手は俺がしてやる」


 葉山にボールを投げ、根武谷は肩を回す。その目はなかなか好戦的に輝いている。そんな様を見、赤司は心底安堵した。心からバスケを楽しんでいる姿。それはかつて、自分が奪った姿だった。


「行っておいで、小太郎。しっかり見といてあげる」
「……うぇ」


 呻き声がしたと思ったら、発生源は黛だった。壁際で口を押さえて蹲っている。赤司はすぐ様駆け寄り、その背中を刺激しないように擦った。
 あの頃自分は未熟で、部員全員の面倒を見きれなかった。彼は苦しい思いをしてきただろう。それはどうしようもないが、今しているように、気配ってやれていたら。
 吐き気が収まったようで、黛は立ち上がって練習に戻る。無理しないようにと声をかけてから、赤司は体育館を見渡した。
 赤司の光は、いまだ翳らず輝いていた。



* * *



「私達は、アイツらの代用品じゃないのよ……っ」


 涙を吐いているような声だった。心臓を縫い留められたみたいに赤司の呼吸が止まる。
 IH。青峰や紫原と会い、言葉を交わした。話ができる程度には嫌われていなかったと分かって、死んでしまえるくらい幸せだった。
 ベンチでずっと、二人のプレーを観た。もちろん味方に指示を出すことを忘れはしなかったが、何より意識を占めたのは二人だった。
 気分がふわふわ高揚していて――気付いたら実渕が叫んでいた。実渕も葉山も根武谷も黛も、痛そうな顔をしていた。それが赤司には辛い。


「私達は私達よ、キセキの誰でもないわ。六人目でもない。もう耐えられない……!」
「本当はさ、ずっと気づかないフリしようって思ってた。だって赤司、すごく幸せそうだったから。でもごめん。もう無理」
「お前が俺達にキセキを求めていること、俺達を通してキセキを見てることは知ってた。最初から、嫌われないよう必死にしてたし、甘い目してたし」
「皆自分を見てほしい。甘やかす目も嫌われないよう頑張る目も、自分に向けてほしいんだよ。もちろん俺もそう思っている」


 私を、俺を、見て。

 自分達はキセキの世代ではない。


 赤司は実渕を見た。緑間に似た下睫毛、生真面目さ、不器用さ、3P。紫原に似たサラサラの長い髪、ハッキリした物言い。
 けれど女の言葉を話し、美容に気を遣う。

 葉山を見た。黄瀬に似た煩さ、人懐こさ。だが誰にでも懐くわけではなく。
 けれどドリブルが得意で、二面性なんてない、一面しかない素直さを持っている。

 根武谷を見た。青峰に似てよく日に焼けた肌。がっしりした体格。武骨で粗野な態度。
 けれど牛丼が大好き。騒がしくなった場を収めるのは大抵彼だ。

 黛を見た。黒子に似た存在感のなさ、体力のなさ。穏やかな風貌。
 けれど、言葉遣いは荒くて態度も大きい。内面は決して穏やかではない。そしてライトノベルが好き。


 そうだね――声に出さず、口を動かさず肯定する。

 彼らにキセキであることを求めた。
 キセキと同じメニューをこなさせた。
 キセキにするように接して、愛した。
 一人一人を見なかった。


 実渕達はなおも言い募る。そこには色んな悲しさがあった。自分を見てもらえない悲しみ、赤司の楽園を壊す悲しみ。
 キセキはやはり、自分の元にはいない。赤司をまず叩いたのはその事実だった。彼らと自分との間にある蟠りは消えていないのだ。
 キセキはいない。自分を向いてはくれない。気付いてしまったら、抑える暇なんてなかった。下瞼を乗り越え、両目から次々と涙が溢れ出る。


「もう一度、はじめましょう? 今度こそ、向かい合って」
「赤司、悲しいんだろ。俺達が支える。……それじゃあダメ?」
「今すぐでなくてもいつか、俺達に向けてくれ。お前の気持ちを」
「…………赤司」


 キセキはいない。いない。もういない。
 だから、キセキの代わりの光を求めた。けれど偽りは偽りだった。

 だから、ちゃんと新しい光を、彼らに求めよう。

 一歩踏み出す。両手を伸ばそうとして、もしかして自分にそんな資格はないのではないかと下ろしかける――それを掴んで引っ張る手があった。次の瞬間には力強く抱きしめられる。

 もう一度、今度こそ、やり直そう。かつての仲間に出来なかったことをして自分を満たすのではなく、真実、彼らのために。
 間違えていても、彼らが引っ張り寄せてくれる。それはとてつもない希望のように思えた。


 きっと近い未来、自分は全ての愛情と信頼を持って言えるだろう。


 お前達がいて負けるはずがない、と。





END.








* * *
黛さんの能力にびっくりしたので。キャラにもですが。
ユニフォームは帝光に似てるしメンバーもなんかちょっとキセキに似てるなあ、って思っていたところだったので。赤司様、だから洛山に入ったんじゃね? キセキに未練タラタラじゃね? かわいい! と思ってしまいました。
この後洛山も大好き赤司を見て嫉妬に燃えるキセキプリーズ。

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