短編2

□忘れても忘れない君のこと
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 父から携帯に電話がかかってきて、応対した後、気付いた。携帯のどこかに自分と黒子の履歴が残っていないか探せるのではないか、と。
 思い立ち、すぐ行動に移す。電話帳のカ行に黒子の名前を探す。当たり前のように、画面は「黒子テツヤ」を表示した。アドレス、電話番号、果ては住所や誕生日まで記されている。
 どくん、と頭の血管と心臓が脈打った。濁流でいっぱいになったような頭を抱えながら操作を続ける。開いたのは受信メール覧。黒子のアドレスで検索し、送信+受信メール覧と設定し、メールのやり取りを手っ取り早く見られるようにする。


「――っ、あ……」


 最新のメールのやり取りからして震えが止まらなかった。思わず、口元を手で覆う。


『今日はいよいよ試合なわけですが、覚悟してくださいね。
 絶対にキミからのキスと愛の言葉をもらいますから』
『字面にするとますます恥ずかしいから止めてくれ。
 頑張れ、とは言っておいてあげるよ』
『元から恥ずかしかったんですね、可愛いです。
 はい、頑張ります。では』


 キスと、愛の言葉。この二つの言葉で大いに混乱した。どうして自分と黒子の間にそんな言葉が出てくるのか。
 ボタンを押して履歴を遡り、一文一文読み返していく。どれもこれも不可解で、頭に嫌な痛みや波を与えるものばかりだった。


『明日のデート、バッシュを買った後マジバに寄りません?』
『デートじゃない、バッシュを買いに行くだけだ。
 寄ってもいいけど』
『ツンデレなところも可愛いです、好きです』
『ばか』


『この前読みたがっていた本、図書室にありましたよ。
 取り置きます?』
『頼む。
 ありがとう』
『お礼にキスさせてください』
『一瞬だけな』


『さっきキミがボクの告白を受け入れてくれたのが、夢みたいで。
 電話して確かめてもいいですか?』


 だが、もどかしくて泣きたかった。
 電話して確かめても、のメールに自分は返信していなかった。もしやと思って発信履歴を確かめる。メールを受信した直後、黒子テツヤへ電話をかけていた。
 もう一度最新のメールを眺める。そうだ、そういえば、自分は何か約束をしていた。だが内容が思い出せない。甘くて酸っぱい感じだけ胸が覚えている。
 ふと、閉めきった室内で、手をひやりと風が撫でた気がした。



* * *



「それで、センセイ間違って答え配っちゃったんスよ〜。だから今回の小テストは平均点高くて」
「まったく。自身の実力で解くべきだろうに……」
「……赤司っち、どうかした?」


 おしゃべりを潜め、黄瀬が顔を覗き込んでくる。帰りの道の端っこで立ち止まった。どうか、とは。どうかしてはいるが表に出しているつもりはなかった赤司は、不意を突かれて正直に口を開いてしまう。


「……手が、ね、寒いんだ」
「もう夏っスよ?」
「寂しくて、すうすうするんだよ」


 手袋みたいな柔らかいものでは温められない寒さだった。きっと、もっとあたたかくて確かな感触のあるものに、自分の手は温められていたのだ。
 黄瀬の手を取り、少しの力で握る。呼んでくる上擦った声には応えない。手の感触だけに意識を馳せた。


「…………ちがう」
「赤司っち……?」
「この手じゃない」
「へ? 手?」
「ごめん、先に帰ってて」


 言うが早いが体を翻して走る。一度見ただけで脳内にインプットした住所を頼りに町を駆ける。


「……やっぱり、俺じゃダメなの、赤司っち……」


 黄瀬が何か言った気がするが聞き取れなかった。聞き返そうと引き返す余裕はない。
 黄瀬ではなかった。体が覚えているぬくもりが誰のものか。どうしてか、今だって少し怖いと思っている彼に見当をつけた。
 こぢんまりとしているが清潔感のある家の前で足を止める。表札に「黒子」と書かれているのを見てからチャイムを鳴らした。覗き窓から確かめたのか、チャイムには返事をせず、黒子テツヤが出てきた。ちょっとの距離を走って詰めてくる。


「赤、司くん……どうしたんです」


 赤司は黙って黒子の手を取った。黄瀬にしたように、少しの力で握り、ぬくもりを確かめる。
 頭で理解したわけではなかった。黒子を握る手が納得していた。


「……君だ。君の手が、あたたかい」


 唇が勝手に動き、囁きを紡ぐ。



「――――大好き」



 呆然として半開きになっている唇に、自然に顔を近づける。カチリと頭で何かが鳴った気がした。

 そうだ、黒子が次の試合で完璧にパスを回せたら、こうする約束だったんだ。


 あの日の黒子のパス回し具合は、一緒に試合に出ていた三軍から聞いていた。
 十三年と半年近く生きてきた中で一番心臓が暴れた。黒子に告白された時といい勝負だ。
 無音のリップ音が鳴り響く。黒子から顔を離し、その表情を窺う。目を見開いて泣いていて、申し訳なかったが、それ以上に愛おしい。腕を伸ばすと、強く抱きしめられた。



* * *



 もつれるように家へ入り、黒子の部屋へ連れていかれた。しばらくぶりのその場所に懐かしさを感じる間もなくベッドに運ばれる。奪うような口づけの合間を見つけて呼吸する。性急にネクタイをほどかれ、ボタンを外された。ここで黒子の動きが止まり、見つめあう。


「赤司くん、ですよね。ボクを好きな赤司くんなんですよね」
「そうだよ。すまなかったね――っん」
「赤司くん……っ」


 懐かしい温もりが胸に触れる。既に期待で膨らんだ飾りを甘く噛まれ、厚い舌でなぶられ、赤子のように吸い上げられる。もう片方も指で摘ままれて捏ねられ、唇から高く声が漏れる。どうしようもなく切なくなって黒子の頭を抱きしめた。


「あぅ……ん、くろっ、こ……」
「戻ってきてくれて良かった。黄瀬くんのところへ行ってしまうんじゃないかって、気が狂いそうでした」
「ぁ、あっ! ど、して黄瀬が……っぁ?」
「気付いてないならいいんです」


 記憶がない間黄瀬に懐いていたからだろうか。
 そしてまたキスをされる。黒子の心配や独占欲がそのまま動きに現れていた。唇が強く押しつけられ、口内中を荒々しく掻き回される。
 唇は首を撫でるように伝い、鎖骨の下で止まった。じゅっ、と音をたてて肌を吸われた。いつの間にか止んでいた乳首の弄びが再開される。小刻みにつまみ上げられて体が痙攣した。


「くろ、やっ……そこばっか、ぁ……っひぅ、ん」
「赤司くんは乳首弄られるの大好きですもんね。記憶がない時でも、体はそのこと覚えてたんじゃないですか?」


 意地悪な言葉とは裏腹に、黒子の笑みは苦しげだった。そんな顔を見るとこちらまで苦しくなってくる。堪らなくなった。震える手で黒子の袖を掴む。


「おぼえ、てた……っ、ぁ、ひ、黒子のあた、っかさ、……体が、おぼえて――ひあぁっ!」
「っそれ、嬉しすぎて泣きたいくらいですよ」
「ん、んぅ! くろっ、こ、ぁ――っぁ、くろ……っ」


 ベルトの引き抜きとスラックスと下着の取り払いを早業で行い、黒子が反り返った赤司の性器を掴んだ。余裕のない顔で手を動かしだす。赤司は掴んだままの袖を強く握り、シーツに爪を立て、足の先を丸めて射精を促す刺激に耐えた。
 黒子は赤司の両足を肩に担ぐ。赤司は袖を掴めなくなった代わりにシーツを握った。そして黒子は、赤司の性器を扱いたまま、垂れた先走りで濡れた後孔に指を入れる。前と後ろを同時に触られて頭が真っ白になる。


「はぁ、ん、ぁあっ! くろこ、やっ、一緒に、はぁっ」
「すみません。早くキミの中に入りたくて」
「っ……んぁ、あ、ひぁあっあ!」


 指は内壁を広げるように動き、いきなり前立腺を突いてきた。刺激にビクビクと締めつけてしまう。指の形を感じた。
 久しぶりだから中はきつく、黒子が指を三本に増やすまでそれなりに時間がかかった。ずっと気持ちいい場所を突かれていた赤司は息も絶え絶えだったが、黒子の性器を入り口に当てられると中が収縮した。
 シーツを握っていた手を、何より心地よい温かさを持つ手に絡めとられる。


「挿れますよ……痛かったら、遠慮なく言ってください」
「平、気だ……いきおいよく、突いて――っあぁ、ぁああっ!」
「っん、きつ……」


 言った途端、膨張した黒子が中を割り開いて入ってきた。ギチリと肉が鳴る音がした。痛みは微かにしかないが圧迫感が凄まじい。口を開いて酸素を求める。隙間なく埋まっている黒子に胸があたたかくなり、手に力をこめる。
 黒子がゆっくり自身を入り口まで引き抜き、一気に貫いた。赤司は背中をのけ反らせて嬌声をあげる。


「ひゃぁ、あ! あ! ひっ、んぁ……くろこ、くろ、〜〜〜〜っ」
「赤司くん、赤司くん……っ、もっと、呼んでください……好きって、言ってくださいっ……」
「ふぅ、んっ……くろ、こ、好き、っぁ、ひあっ、すき、くろこ、ふぁああ……!」
「赤司、くん、っ」


 確かめるように、求めながら黒子を呼んだ。あれだけ恥ずかしかった「好き」を今はすんなり言えた。
 切羽詰まった目をした黒子が最奥を突き、赤司は絶頂に持っていかれた。その際の締めつけで黒子も達し、精液が直腸の出口へ叩きつけられる。しばらくの余韻の後に性器が引き抜かれた。黒子が衣服を整え出したので赤司もそうする。そしてお互い、向かい合ったまま黙りこむ。


「赤司くん」


 躊躇いがちに黒子の腕が伸ばされる。あの夜の教室でそうしたように、弱々しく抱きしめられる。だが腕の力は次第に強まっていき、耳元では嗚咽を堪えて荒くなった息が聞こえた。
 自分がどれだけ愛されているか、どんなに黒子に絶望を与えたかを思い知らされる。赤司は、教室では回せなかった腕を、しっかりと背中に回した。


「好き。黒子。大好きだ」


 普段なら恥ずかしくて言えない言葉も、今の雰囲気でなら何とか言えた。心からの愛を伝える。ようやく赤司の肩から頭を離した黒子が甘く笑う。


「ボクなんか、愛していますよ」
「そんなの俺だって同じだ。……あい、……してる」


 自分も同じ。そう言うだけでは告白の返事をした時と同じになるから、愛してるを足す。好き、大好きはまだ言えたが愛してる、は羞恥が酷かった。
 黒子のこれ以上ないくらい幸せそうな顔が近づく。赤司は目を閉じて、口づけを受け入れた。

END.









* * *
切ないとシリアスの違いが今一分からないなりに考えた結果、胸が締めつけられるのが切ないかと思いました。それはさておき、黄瀬がドンマイな話でした(違う)。喘ぎ声が難しいと再認識した話でした。嘘ではない。最後ラブラブにできていますでしょうか??
リクエストありがとうございました!

 
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