短編2

□考えて考えて考えた
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 誕生日プレゼントを送ろうと思ったのは二回目だ。ずっと昔、十年ほど前、幼馴染みに綺麗な石ころをあげて以来、ずっと口だけで祝ってきた。
 何をあげたら喜ぶかなんてまったく分からなくて、クリスマス色の街をぶらぶら歩いた。どうしたら笑ってくれるだろう? 訊いたらきっと、無理しなくていいよと曖昧に笑うか、素直に何が欲しいか言ってくれる。前者の方が確率が高い。
 そんな可能性を思い浮かべてみたが、訊く気はない。笑ってほしいし驚いてほしいのだ。欲張りであるかもしれないけれど。


「……帰るか」


 結局どの店にも入れなくて、自分一人じゃこの問題は解決しないと悟った。



* * *



 昼休み。真上から少し西にずれた太陽は、この時期にしては珍しく、地上に十分な暖かさを振り撒いている。寒くて最近は上がっていなかった屋上で、青峰達は弁当を食べていた。赤司は生徒会に用があるらしく、いない。
 皆が喋りながら食べている間、青峰は黙りこくって肉を咀嚼し続けた。タイミングがまったく分からない。


「そういえば、みんなも赤司っちに何かあげるんっスか?」


 だから、キラキラと黄瀬が言ってくれて助かった。初めて黄瀬に感謝した。
 黄瀬に訊かれ、三人がそれぞれ答えを返す。


「ボクはブックカバーを。赤司くん、本屋さんがくれるヤツは折れやすくて、って困ってましたし」
「俺はもちろん、奴の誕生日のラッキーアイテムなのだよ。大きなものを用意して驚かせてやる」
「俺はケーキあげるんだ〜。前に調理実習で作ったヤツ、すげえ喜んで食べてくれたし」


 そう言う黄瀬くんは何を? と黒子が首を傾げた。


「アクセあげるっス!」
「赤司の服はきちんとした物ばかりなのだよ」
「分かってるっスよお、ちゃんと赤司っちが着る服に合うヤツっス。モデル舐めちゃダメっスよ!」


 へへん、と黄瀬が胸を張り、その様子を黒子達がおちょくる。ひとしきり黄瀬がいじられた後、青峰っちは? と黄色い瞳がこちらを向いた。
 皆、共通の趣味や、自分の得意分野を活かしてプレゼントを選んでいる。青峰と赤司の共通点はバスケで、青峰の得意分野はバスケ。けれどバッシュは桃井が買うし、何となく、そういう物は恋人に贈るにしては変わっている気がした。


「…………まだ決めてねえ」
「ええ!? 明日っスよ!?」
「どうせ何を買ったらいいか悩んでいるんでしょう。遠慮せず相談してくれて構いませんよ」
「峰ちん優柔不断だね〜」
「テストの答えは即『分からない』にする癖にな。……手伝ってやらんこともないのだよ」


 優しい言葉すら青峰を自己嫌悪に沈ませた。特に、赤司がきちんとしたブックカバーを望んでいることを知りもしなかったことが痛い。同時に、自分ではなく黒子が知っていたという事実に苛立つ。


「どんな物を贈りたいか決まっているのか?」
「……まだ」
「アバウトでいいですよ。恥ずかしがって黙っていたら多分、相当長い間後悔しますよ、キミ」
「…………アイツが喜ぶ物」
「バスケ関係なんかいいんじゃないスか? 青峰っちらしいし」
「バッシュはさつきがやるし、バスケ関係はなんつーか、なあ……」
「峰ちんらしい、っつったらエロ本じゃね? 峰ちんオススメのあげたらー?」
「……お前は俺達を別れさせたいのか?」


 質問や提案に答えながら、自力でも考える。指輪、というのは黄瀬とかぶる。それ以前に、柄じゃないわ羞恥で死ぬわで無理だ。他の候補は思い浮かびすらしない。
 自分の時は。夏休み最後の日、赤司はマフラーをくれた。青峰はマフラーを持っていなかった。去年の冬に首を丸出しにしていたのを覚えていたのだろう。それが本当に、柄じゃないくらい嬉しかった。
 俺の首は空けておくから、たまにはそれを俺の首に巻いてくれ、と笑った赤司の顔は今だって簡単に瞼の裏に浮かぶ。この前初めてそのマフラーを巻いた時の笑顔も。そういえばまだ、赤司にあのマフラーを巻いていない。


「手袋はどうですか? 青峰くん、誕生日に赤司くんからマフラーもらっていましたし、恋人に贈るものとしても丁度いいですし」


 青峰の回想と「恋人には恋人に贈るようなものを贈りたい」という欲求を読んだかのように、相棒は言った。さすがである。
 青峰は少し考えてから、首を横に振った。それに重なるように予鈴が鳴る。


「わりいな、世話かけさせちまって。ちゃんと自分で考えるわ」


 言いつつ立ち上がる。重い扉を押し開けながら思うのは、次の授業なんだっけ。――ではなく、ホントどうしよう。だった。



* * *



 十二月二十日。赤司の誕生日、当日。気温は昨日よりやや低いが、空は春のようにあたたかい色だ。
 青峰は紙の袋を鞄に入れたまま途方に暮れていた。現在部室にあるそれは、もちろん赤司へのプレゼントだ。
 朝練の後に渡そうと思った。話しかけるタイミングを掴めなかった。休み時間、教室で渡すのはさすがに気が引けた。残るは今。部活が終わって着替えも済んできた今。あとは帰り道か。


「赤司っち、誕生日おめでとっス!」


 突然、黄瀬が明るい声で鞄から小さな袋を取り出した。ハイ、と赤司に渡す。それを皮切りに、黒子が、紫原が、各々の贈り物を出す。青峰には、彼らが渡しやすい状況を作ってくれていることが分かった。緑間の物は内容ゆえに早く渡す必要があったのだろう。
 青峰は鞄を掴んだ。中に入った、自分の祝福。赤司を見る。驚いた後の、自分が浮かべさせたかった、笑顔。
 見てしまったら自分の用意した物に自信がなくなった。もしあの笑顔が少しでも翳ってしまったら――考えるだけで恐ろしくて、部室を出る。帰る、と一応呟けたかも覚えていない。


「……帰るか」


 街を徘徊しては諦めた時に呟いた言葉を、校庭を突っ切りながら呟く。
 今になってじわじわ後悔が湧いてきた。皆がプレゼントを渡す中、ただ帰った自分を赤司はどう思ったか。悲しく思ったに違いない。表に出していないに決まっているが、絶対そうだ。そんな気持ちにさせたいわけじゃあなかった。自分が格好悪くて、情けなくて、溜め息が白く――


「青峰!」


 ――空にとけるのを見届ける前に振り向く。暗い中、赤い髪が揺れながらこちらへ来ていた。赤司が、走ってこちらへ。
 やがて赤司は青峰の目の前で止まった。ほんの少し息を乱し、見上げてくる。


「何か俺に渡す物はないか?」
「……んだよお前、用意されてる前提かよ」
「昨日黒子達にあんなに相談してたのに用意できなかったのか?」
「な、っ、聞いてたのかよ!?」
「黄瀬が『みんなも赤司っちに何かあげるんスか?』と言ったところからね」


 全部だった。頬に熱が集まる。昼はなかなか暖かかったが今は夜。寒い。けれどそんな熱、ちっともありがたくなかった。


「……いや、しかし『青峰くん朝練の後鞄から袋を出しかけたりしまったりを繰り返していましたよ』と黒子が言っていたし、やはりあるんだろう?」
「テ、テツ……」


 本当に、さすがの一言に尽きる。青峰は吐息を白く吐き出し、観念した。鞄から袋を出して赤司に渡す。開けていいかとの問いに頷いて答える。
 赤司が静かに袋のテープを剥がす。口を上に向けさせ、手を突っ込み、中身を出す。青峰は告白した時と同じくらい緊張していた。


「……マフラー」


 聞こえた声はあまり歓迎できるものではなかった。駄目だった――胸が塞がれていく。
 だが赤司は、そんな青峰を見て慌てた様子で口を開いた。


「違う、気に入らなかったんじゃない」
「……じゃあ何だよ」
「……これ、お前のマフラーは巻かせたくないということなんだろう?」
「…………は?」


 目が点になる。一瞬、意味が分からなかった。しかしすぐに八月に交わした会話を思い出す。そして赤司の言いたいことを理解した。
 違う。赤司が、マフラーを巻かないからだ。巻いていたら青峰のマフラーは借りられないから、と考えたのだろう。今年は冬に入っても赤司の首は晒されたままだ。
 理由を一から十まで話すと、赤司は、マフラーを巻かない訳を知られていると知り、顔を赤くするだろう。それは大変見てみたいが、こちらも話すのは気恥ずかしい。


「たまには忘れてこいよ。じゃねえと貸せねえだろ」


 だから一だけ話し、赤司からマフラーを奪う。首に巻いてやる。聡い赤司は青峰の言いたいことを掴めたようだ。微笑みを隠すように俯いている。
 マフラーを巻き終え、青峰は自分のマフラーを首から外した。


「……今日は特別に、こっちもな」


 言って、マフラーの上に更にマフラーを重ねる。二つのマフラーに覆われた赤司の首はあたたかそうだ。
 赤司の目が見開かれて、そして和む。それは青峰が願った通りの驚きと笑顔だった。



* * *



「うっわ校庭のど真ん中で何やってんの〜……赤ちん晒し者にすんなし」
「俺達以外はいないのだよ。……にしても案外ヘタレだったな、青峰」
「そういや、何で手袋じゃないんスかね? 赤司っち手も丸出しじゃん」
「どう考えても手を繋ぐ理由でしょう、赤司くんが手袋をはめないのもね――あ、ほら、繋ぎましたよ」





END.









* * *
ハッピーバースデー、ディア赤司! 青峰が妙にウダウダしてましたがたまにはこういうのも。
青赤に征誕祭の最初を飾っていただきました! なるべく多くのCPでお祝いしたい。これは四日前に書いたお話なのですが、これから征誕祭が終わるまでに何本書けるかいささか不安。

 

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