短編2

□はじめての誕生日
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「虹村さん、誕生日ってお祝いされるものなんですか?」
「……えっ」


 七月七日、後輩の一人の誕生日の夜、そんなことを訊かれた。当然すぎる内容に思わず詰まる。
 いつもは大きな猫目が当社比五パーセントくらい細められていて、赤司が気落ちしてることが分かった。思い出されるのはさっきの光景。黄瀬達が緑間にプレゼントを贈る光景。そういえば、そんな彼らを驚いた顔で見ていたから、自分は早々に赤司を連れ出したのだった。
 きっと、プレゼントなんて考えもしなかったのだと察して。


「そりゃあ生まれてきてくれてありがとう、ってな。つうか誕生日にプレゼントとかでお祝いすんのは多分、世界共通文化だ」
「……そう、なんですか」


 努めて何でもない風に、明るく聞こえるように話したが、赤司の顔は俯くばかりだった。これは察しているよと伝えた方がいい――虹村は赤司の天を向く旋毛に手のひらを置いた。


「アイツらも分かってるよ。まだ来年があるだろ」
「……はい」


 去年はまだ後輩の誕生日を把握しきれていなくて、赤司の誕生日は事前に知れたものの、青峰と緑間のは無理だった。一人だけに渡すと贔屓と見られそうだから止めておいたのだが、こうなるのだったら渡して、誕生日を教えておけばよかった。
 反省をすると同時に虹村は練り始める。五ヶ月後に迎える赤司の誕生日、どうするかの計画を。



* * *



「赤司! 帰るぞ!」


 皆でどこへ行くかを決めている時、虹村がこちらに来て言った。紫原がえええと声をあげる。それを緑間がいさめた。


「ボクらはお昼に盛大にお祝いしましたからね。夜の部はセンパイにお譲りします」


 とん、と背中を押してきたのは黄瀬だ。明日行くかあ、と青峰が欠伸をした。
 五人に見送られ、さっさと歩き出した虹村に付いていく。彼が何をするつもりなのか全く分からない。虹村の肩の線がいつもより固い気がして何も訊けない。それでも歩幅は赤司に合わせられていて、自分の存在を忘れられていることはないのだと安堵する。



「――ええ、と。それでは、さようなら」
「ちげえよ、こっち」


 双方無言で歩いていたら別れ道に付いてしまい、訳が分からないままさようならした。そうしたら手首を掴まれ、虹村家に続く道へ連れられた。
 ごく一般的な家の前で虹村は立ち止まる。表札は「虹村」。菓子折りも何も用意していないのにと、赤司は「?」をたくさん浮かべた頭の隅で慌てた。家の中に入れられ、上の空でお邪魔しますを言う。虹村はただいまー、と呼びかけた。


「お帰り修造。いらっしゃい、赤司くん」


 リビングだろう部屋から出てきて迎えてくれたのは、虹村の母であろう女の人だった。息子とは似ても似つかないやわらかい目で微笑んでいる。


「……こんばんは。夜分の突然の訪問、申し訳ありません。先輩にはお世話になっています、後輩の――」
「お前のこたぁ説明してあるよ。さっき名前呼ばれたろ」


 コツン、と頭に拳が乗った。そこで赤司はようやく落ち着く。つまり自分は、虹村家に招待されたのだ。何故かは知らないが。
 虹村の母は二人のやり取りをニコニコ見守ってから、あがって、と言って自分も奥へ引っ込む。


「虹村さん、訳が分からないのですが」
「すぐ分かる」
「……怒ってます?」
「何でそうなんだよ」
「そんな感じに見えなくもなかったので」
「まじか。……どう説明したらいいか分からなかっただけだよ」


 洗面所で手を洗い、やはりリビングだった部屋に入る。視界の左側が華やかで、つい目が行った。


「……あの、これは……?」
「ご馳走」


 ピザやサラダや肉、湯豆腐などで、食卓はパーティーのようになっていた。驚きと戸惑いの連続だ。木偶のように突っ立っていると、虹村がさっさと席に着いた。目で促され、赤司も向かいに座る。
 ぱぁん、と音がしたから振り返ってみると、コートを着込んだ虹村の母が、クラッカーをテレビの脇に置いていた。


「お誕生日おめでとう赤司くん。修造ったら昨日からいそいそと準備してたのよ、ふふ」
「……すみません、手間をかけさせて」
「ばぁか、こういうモンだよ誕生日は。大体手間じゃねえし」
「じゃあ修造、あとはよろしくね」


 腕時計を見ながら、虹村の母は出ていった。コンビニで働いているらしい。
 母親とはああいうものなのだろうか。虹村の母はひどくやわらかく、ほんわりしていた。
 名前を呼ばれて見てみると、仏頂面の虹村がいた。もう分かる。照れ隠しだ。


「……おめでとう」
「はい。ありがとうございます」


 笑って答えて気付く。驚いてばかりで、帰り道から今まで笑えていなかった。虹村の母のおめでとうにも笑顔で答えられたら良かったのに。


「ほら食え。あ、でもケーキ用意してるからちょっとは腹空けとけよ」
「そんな、ケーキまで……」
「申し訳なく思うな。感動しろ。……ま、味は保障しねえけど」


 付け足された言葉に思わず瞬きし、虹村を見る。照れ隠しのように、食えともう一度促された。どうしてだろう。すごく、抱きしめてもらいたくなった。



* * *



 泊まれるかどうか赤司に訊いたのは、お世辞でも何でもなく美味しいと感想をもらったケーキを食べ終えてからだった。赤司は一瞬、言葉を呑みこむ為にか停止した。


「……大丈夫ですよ。父は今日も帰ってきませんし、報告だけすれば」


 父親が今日この日に帰ってこないにもかかわらず、赤司の声や顔に悲しみはない。肉親にすら祝われない誕生日を十三回繰り返したから、それが当然になっているのだろう。
 虹村はそんな赤司が悲しくて、だから今日、お祝いらしいお祝いをした。赤司にお祝いを教えるなら、キセキ達とパーティーでもさせた方が良かったかもしれないが、そこは独占欲が勝った。
 自室に行き、タンスから部屋着と新品の下着を出して赤司に渡す。意図を問う目で見上げられた。


「風呂入ってこい」
「え?」
「だーかーら、今日泊まってけって意味」
「……え!? え、いえ! いいです! 帰ります……!」
「タオルはこれな。石鹸の種類はボトルに書いてある通りだ」


 服を返そうとする赤司を洗面所に突っ込んでドアを閉める。しばらくは抗議の声が続いたが、やがて衣擦れの音が始まった。そんな音を聞いているとどうにかなりそうだったのでリビングでテレビを見た。
 今まさに赤司が自分の家の風呂を使っている。それを考えるとどんな番組にも集中できない。そういえば赤司が我が家に泊まるのは今回が初めてであるから、こんなに意識してしまっても仕方ない。


「――虹村さん、お風呂上がりました」
「…………」
「虹村さん?」
「…………写真撮らせてください」
「? 別にいいですけど」


 スマホに赤司を収めてから、服を持って洗面所へ向かう。また泊まらせよう、と言わずもがなのことを、心の中で決意した。



* * *



「……そういえば、部活でしたね、今日」
「お前でもその日になって思い出すことあるんだな」
「昨日楽しすぎたので、うっかりと。未熟ですね」


 虹村の機嫌を取ろうとか、お世辞だとか、そういう下心なしに赤司は言った。昨日の方向へ向けられて細くなる目に、虹村は嬉しくなる他ない。
 十二月二十一日は土曜だったが、朝から夕方まで部活がある。虹村と赤司は寝坊せず起床し、支度をした。昨日のうちに洗濯して乾燥機で乾かした赤司のワイシャツと練習着を返す。
 遅くに帰ってきた母はまだ寝ている。だから静かに朝食をとった、というわけではない。赤司の声は大抵の場合穏やかだ。
 二人して玄関から出た時、赤司が少しまごついた。


「何だかくすぐったいです」
「つまり嬉しかったんだな。そりゃ何より」
「……あんまり素直に喜べません。来年から俺、誕生日に悲しくならなきゃいけないじゃないですか」


 いつも一人で歩く道を赤司と歩きながら、虹村は目を丸くした。本気で憂えている赤司の思考はたまにおかしい。
 どうして自分が大事に思われていることを理解できないのか。呆れてしまうが、そこも赤司の可愛い点であるから何とも言えない。虹村は赤司の乱れたマフラーをちょいちょいっと直してやりながら口を開く。


「何で今年限定なんだよ。来年からだって同じことしてやらあ」
「……してくださるんですか」
「ああ。再来年もその先も、ずっとな」


 赤司が直されたマフラーに唇を埋める。そんなことをしてもはにかんでいるのは丸分かりだが、虹村は黙っておいた。
 黄瀬が「赤司っちと虹村先輩同じ匂いがするっス!」と犬としか思えない発言をし、キセキから昨日の詳細を質問攻めされた赤司が開けっ広げに笑うのを虹村が見るのは、もう少し先のことである。





END.









* * *
ハッピーパースデー第二弾は虹赤にて。淡々とした運びにしてしまいましたが穏やかなのも好きなのです。虹村さんはプレゼント何にしたんでしょうね??

 

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