短編2

□彼の原因
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「よう赤司。最後に会ったのいつだっけ」
『こんばんは火神。WCだね』
「ちょうど三ヶ月前だな」
『ちょうど三ヶ月前だね』
「……会いてえ」
『だが断る』


 顔だけのニッコリが目に浮かぶようだ。ブツッと通話が切られた音に、火神は肩を落とす。見てみると通話時間は十二秒。今までの人生で最短記録だ。
 ちょっと、自分達の関係を確認してみる。恋人。こんなに簡単に親しいと表せる名称を持った関係なのに、どうして赤司との関係は難しい。
 去年の、一年の時のWC。その決勝の後の赤司の笑顔に惹かれ、知り合って数日でも解る危うさやもどかしさに庇護欲をそそられた。それから黒子を通じてちまちまアピールし、アタックし、今年のIHでやっと気持ちを通じ合わすことができた。のだが。


「……なんでアイツに嫌われてんだ……?」
「ボクらを奪ったキミに復讐したいんじゃないですか? キミが最高に彼を好きになった瞬間、こっぴどく振るとか」
「いや、ないだろそれは。……ないよな? 大体アイツからお前ら奪ったりしてねえし」
「いやでも、それならつれない態度は取りませんね……」


 聞けよ。
 学校や部活外で黒子と話す場所としては定番となったマジバ。火神はそこで赤司のことを黒子に相談していた。黒子は無表情でシェイクを飲んでいる。彼の無表情はデフォルトだから、心の中では我がことのように考えてくれているて信じている。


「火神くん、付き合いだしてから赤司くんに何しました?」
「毎日メール送ったり、たまに電話もかけたり、あとは……お互い休みの日に会いたがったり」
「ふんふん」
「アイツの誕生日に花束郵送したり、WCでは抱きしめてキスした」
「キ、キス……」


 ちなみに、と空色の瞳が瞬きした。


「メールの内容は? 返信の様子は?」
「んー……ポストとかトマトとか写メって『赤司みたいだな』って送ったり、作った雪だるま写メって『赤司そっくりだろ!』って送ったり」
「は? ピジョンブラットやあまおうならともかくポストやトマトを赤司くんみたいって……! しかも雪だるまって、始業式の日に作ってたブッサイクなアレですか!?」


 紙コップを握りつぶして詰め寄ってくる黒子から身を引きつつ、頷く。シェイクが残っていないらしく、ストローから中身が飛び出してこなかったのは幸いだ。鳩の血とは何だろうと聞きたかったがそんな雰囲気でもない。
 黒子はデフォルトのはずのポーカーフェイスをあっさり崩す。火神は彼からのもう一つの質問を思い出して口を開いた。


「あ、返信は三回に一回くらいは来るぞ。大体『へえ』の二文字だな」
「そりゃそうでしょう三回に一回でも返事が来ることをありがたく思ってください」
「あとなあ、会いたがっても嫌がられるから会いにいったぞ。知らない人扱いされたけどな」
「でも誕生日プレゼントは郵送なんですか……」


 しかし赤司が冷たいのは付き合いだしてからずっとだ。今まで挙げた行動は関係ないと思う。そう言うと黒子は、お手上げと言わんばかりに溜め息を吐いた。頼みの綱の黒子に匙を投げられるのは嫌だ。焦りが頭をぐちゃぐちゃにする。
 初めてバスケ以外に夢中になった存在だ。手放すなんて、考えただけで手が震えた。


「……仕方ないですね。少し協力してあげます」
「ホントか!?」


 言いながら黒子は、携帯を取り出し操作しだす。メールを打っているような指の動きだ。火神は先程の黒子のように身を乗り出した。


「明日から三日間、赤司くんが帰ってきます。三日間思いっきり遊ぼうと思っていたんですけど、明日……一日だけ、五人で遊ぶことにしますよ」
「え、赤司明日からこっちいんのか!?」


 そんなこと教えてもらえてない。赤司の天秤がどうなっているのかはっきり見えてしまい、胸焼けのような嫉妬が生まれる。
 送信し終えたのか、黒子は次に携帯を耳に当てた。どこに電話するつもりだろう――


「あ、赤司くん? はい、ボクらもすっっごく楽しみにしていたんですが、実は火神くんが留年の危機でして。補習テストに受からないと彼は来年度も二年生です」
「へっ?」
「なので明日だけ、彼に勉強を教えてあげられませんか? ……はい、だって、コチラにキミより頭が良くて教え上手な人はいませんから」
「え、りゅうね……」
「ボクらだってキミとの時間が減るのは身を切られるかのように辛いです。代わりに明後日からの二日間、いっぱい遊びましょう」


 ここでようやく、電話相手が赤司だと悟る。黒子の思惑を読めた頃に通話が終わった。にっこ、と笑う黒子が、数分前には神様に思えた黒子が、悪魔に見える。


「赤司くんの機嫌は最っ低でしょうけど、これで明日、彼はキミの元へ行きます。寝坊したら二度と目覚められませんよ?」


 関係改善とか、雰囲気の改良とか、そういう問題ではなくなった。破局の危機だ。
 絶対に別れてやるものか――修羅場が発生するだろう明日を睨み、火神は拳を握る。正面衝突、願ってもないことだ。自分には正体も解らないわだかまりを解くチャンスなのだから。



* * *



 まずは土下座をした。


「悪い! 留年の危機とか補習テストとか、黒子がついた嘘なんだ!」


 赤司は約束の時間である午後二時丁度に来た。火神は鳴らされたチャイムに鍵を開けることで応え、開かれた扉から彼の両目が見えた瞬間に床に膝をついた。そして土下座、という経緯である。
 昨夜、場所と時間を決めるため電話した時の赤司の声は、ぶちギレた紫原やゾーンに入った青峰を正気に戻すだろうくらいに恐ろしかった。そこから考えた謝罪方法が土下座である。


「……つまり君は、黒子に嘘をつかせたのか。まさか、僕と過ごすために?」


 赤司の声は頭のすぐ側で聞こえた。屈んでいるようだ。そして声は昨夜と変わらない威力だ。訊いてきたのに答えを聞かず、赤司は続けた。


「取り敢えず立て。そして退け。僕が上がれない」
「……ああ」


 怒って帰られるという事態を免れ、肩で息をつく。十歩と歩かず着いたリビングで赤司にソファを勧める。座った赤司はショルダーバッグから数冊のノートを取り出した。


「早く自分の教科書とノートを持ってこい」
「……え?」
「君のバカさは去年黒子から聞いている。僕が留年の可能性を信じてしまうくらいには酷い成績だ」


 教えてやるから用意しろ、ということらしい。勉強せず早速赤司とぶつかるために嘘をついた。なのに結局勉強だ。早く恋人らしい恋人になりたい火神は肩を落とすしかなかった。



 
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