短編2

□ひとり
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 それなりの疲労が心の防御壁を削り落としてしまったようだ。言葉がひどく胸を突き刺す。
 WC一日目終了後、赤司はかつての仲間を目の前に、彼らの怒りと懇願を一身に受けていた。どうしてお前がいるのだと赤司に怒り。赤司を返して、帰ってきて赤司、と赤司ともう一人の赤司に懇願してくる。


「早く、赤司っちに、俺達の赤司っちに会わせてください」
「俺はお前にも勝つが、敗北を教えると宣言したのはお前にではないのだよ」
「お前はいつになったらアイツから消えてくれるんだ? なあ、いつまでアイツはお前の中に引き込もってんだよ」
「赤ちん、俺、赤ちんにずっと謝りてえの。あの日のこと。赤ちんに、謝りたいんだよ」
「――やはり、キミに勝たないと赤司くんは帰ってきてくれないんですかね」


 赤司は黙って彼らの感情を受け入れていた。――なにも言えなかった。
 黄瀬はひたすら願っている。緑間は静かに、青峰は猛々しく、激情している。紫原は切に彼の知る赤司を求めている。
 黒子の目は、覚悟で凍りながら燃えていた。赤司との試合に勝って赤司を取り返そうとしている。赤司を殺すことで、赤司を取り戻そうとしている。
 無駄なのに――赤司の、生まれた時とは色が変わった目から、気体の涙がこぼれる。見つかることがないように、濡れることすらできない涙が地面を跳ねた。



「征ちゃん! こんなところにいたのね!」



 誰にも見つからないはずの涙を拭ったのは、赤司が知るどの男より綺麗な指先だった。後ろがあたたかくなって、やっと、背中が寒かったことに気付く。


「ったく赤司ってば、すーぐどっか行っちゃうんだから! 開会式前ん時もそうだったし」


 猫のように、葉山が赤司と彼らの間に滑り込む。帝光で身に纏っていたものとよく似たデザインのユニフォームが視界いっぱいに広がる。


「帰るぞ、赤司」


 くい、と手を引かれる。引いてきた褐色は、洛山に来たばかりの頃、よく青峰を思い出させた根武谷の手だ。乱暴に扱ったら引っ掻くわよと実渕が眉をつり上げ、ずるいずるいと葉山がもう片方の手を引いてくる。
 赤司っち、赤司、赤ちん、赤司くん。大好きな彼らが呼んでいた。けれど彼らが呼んでいるのは赤司の中にいる赤司なのだ。そんな存在、いないのに。
 彼らから見えなくなるところまで来ると一気に足が重くなった。下を向いてしまう。胸が窮屈だ。優しい仲間達は、止まってくれた。


「私達は知ってるわ。中学の頃の征ちゃんも、今の征ちゃんも征ちゃんだって」


 赤司征十郎は二人いる。


 間違っていない。なのに真実と言い難い。
 例えば基本人格たる、黒子達が求める赤司征十郎が十の精神で出来ているとする。今の赤司はその内の三つの精神で出来ている。人格が二人と言えどやはり、自分は元の赤司の一部だ。逆に言えば、黒子達が嫌う自分の精神を、黒子達が大好きな赤司も持っているということになる。
 結局どちらも「赤司征十郎」なのだ。なのに今の赤司を、まるで誰かが「赤司征十郎」の体に憑依した何かのように嫌う。


「つーか俺らチームプレイできてるし、黒子だっけ? アイツが文句言うようなこと何もないじゃん」
「そういや中学時代は個人でプレイしてたな。……アイツらにはそれが最善手だったんだろ?」
「いや。単に全て、僕の力不足だよ」


 自分が青峰のケアを出来ていたらと思うが、多分、己を俺と呼んでいた自分の方がそういうことは上手い。
 かといって、自分がいなければ「赤司征十郎」は敗北し、紫原は離れていっていた。
「俺」でも「僕」でも駄目ならば、やはり「赤司征十郎」の力不足だ。


「もう、征ちゃんは何でもしょいこみすぎよ!」
「いっ」


 手加減しまくりのデコピンが飛んできた。痛くもなければ、痕も残っていないだろう。衝撃だけが頭蓋に伝わった。
 唇を真一文字にして、眉を吊り上げて、実渕が怒っている。


「青い子がグレたのが全部征ちゃんのせいだなんてあるわけないじゃない!」
「しかしだな、僕は彼らの主将で――」
「環境とか、征ちゃん以外の周りの人とか! 原因はいっぱいあるんだから、自分のせいとかむしろ自惚れよ!」


 赤司は目を真ん丸にして驚くことしかできない。実渕がこんなに怒っているのを見るのは初めてだ。他人の問題を自分のせいにするな、と怒っているのは解ったが、それで何故怒るのかが解らない。


「よーするに、赤司が自分のせいにして落ち込むのが嫌なんだよ、レオ姉は。俺達もね!」


 頭の後ろで手を組んで、葉山が笑った。そこまで言ってもらってやっと、実渕の言いたいことを飲み込む。


「そろそろ戻んないとやべぇな」


 携帯を見て根武谷が呟いた。ちゃんと着ろよと言いつつ、肩からずり落ちかけたジャージを直してくれる。
 自分がしっかりしていればキセキや黒子と隔てられることはなかった、と自責するのは止められない。
 ただ、彼らが望んでいるのが自分ではないことへの痛みは薄れていた。きっとそれは、仲間達が自分を認めてくれたから、なのだろう。





END.









* * *
自分の中での赤司二人解釈を文に纏めようと思ったら纏められていない上洛山赤で終わっていました…。
僕司は俺司の一部の人格化(擬人化?)で、話によってキセキ大好きだったり大嫌いだったりさせると思いますが、俺司が好きなのは変わらせない気が。キセキ嫌いの時は自己防衛が肥大した結果ということで…最近は赤赤たぎります。僕×俺♀で双子妄想が特に。

 

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