短編2

□小ネタ
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「そろそろ部屋を分けるべきだな」


 夕食時、父が思い出したように言った。恐らく本当に、征十郎と征華の年齢と性別を思い出したのだろう。一生思い出さなくて良かったのにと嘆息したくなる。しかし同時に肩から力が抜けた。


「広い部屋ですから、二人でも不自由しませんよ」


 人形のように――つまり完璧に作った笑顔で征華が言った。征十郎は、彼女のよく見える額に青筋の錯覚を見た。
「余計なお世話だクソ親父」をオブラートに何重にも包んだ言葉は父には伝わらなかった。思春期の男女のキョウダイが同じ部屋で過ごすことの問題性を長々語られる。


「信じられないよあの人! 正論なのがまた頭にくる」
「まあ、俺は部屋を分けたいけれど」
「どうして!」


 部屋に戻って不満をぶちまけた征華に自分の意見を伝えると、更に噴火された。彼女からすれば、自分の意見は裏切りに近いのだろう。


「着替える時とか寝る時とか辛いんだ。察してくれ」
「そういうのにドキドキして悩む征十郎可愛くて僕大好きだけど、気にしなくていいよむしろ大歓迎だし」
「俺のそんなところを可愛いと評する君の感性も、俺は大好きだけど。部屋は変えたい」


 征華の眉間にシワが寄る。これ以上は深刻になると判断し、征十郎は話を変えた。明日のメニューについてだ。露骨な話題転換に征華の口が不服そうに尖る。
 近いうちに、どちらかがこの部屋を出ることになる。だが行き先はどうせ、空いている隣室だ。
 今回ばかりは征華も折れるしかないのだ。自分だけなら彼女に押しきられてしまうかもしれないが、父も味方なのだから。
 征十郎は頭の隅で、早く荷物の準備をした方がいいなと考えていた。



 しかし状況はあっさり覆る。



「それで、相手は逃げたのか」
「……はい」


 だだっ広い部屋で、家族三人だけで話す。といっても征十郎はまだ黙っていた。
 左の頬を青黒く腫らした征華が俯き震えている。父の目には、さすがにかすかに困惑が浮いている。ちなみに自分は、姿勢を変えないまま脱力していた。


「父さん。お願いがあるのですが、征十郎と部屋を変えないでくれませんか?」


 頬に残る涙の跡をシャンデリアに照らし、征華は父を見つめた。征十郎は捕まった獲物の気分で成り行きを見守る。
 父は理解できないという顔をした。男に襲われた娘が、男兄弟と同じ部屋でいたいと言ったのだから仕方ない。


「一人でいると思い出してしまうんです。それに、征十郎以外の男が恐ろしくて」


 自分も恐ろしいと言われたのに、父に気にした様子はない。そういう人だ。
 実は征十郎も若干怖いのです赤司家の人間がそんな体たらくではいけないと思いますまずは征十郎で慣れていきたいのです――征華の語りは長かった。昨夜、自分達が同室で過す問題性を父が語ったのと同じくらい。


「……仕方ない。早く治せ」
「ありがとうございます」


 襲われた娘への父の対応はともかく。襲われた少女という設定にあるまじき笑顔に、征十郎は突っ込みたくて堪らなかった。


「これで同じ部屋のままだね」
「やはり自作自演か」


 自室のベッドで、ボタンが引きちぎられた征華のブラウスを直しながら溜め息を吐く。せめてベッドだけでも二台にしてほしい。いつから気付いていたのかという問いに、君が帰ってきて十秒してからと答える。


「それにしても、その頬はどうやったんだ? 自分でやったものではないな」
「ああ、灰崎のパンチをよけないでおいたんだ。アイツ驚いていたなあ。その後ボコボコにしてやったよ」
「よし俺も灰崎を殴っておこう……ほら」


 直し終えたブラウスを手渡す。針を仕舞ったのを見届けてから、征華が飛びついてきた。風呂上がりの長い髪からやわらかい匂いがして、体が反射的に固まる。
 もしかして、諦めろという神様からのメッセージだろうか。日に日にすり減る我慢の糸が切れる時も、近そうだ。





 
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