短編2

□小ネタ
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 赤司が色んなことを捨てたのは、ウィンターカップが終わってすぐのことだった。
 一年目に受けた雪辱を二年目で晴らし、三年目も抜かりなく試合を進め、抜きつ抜かれつの点取り合戦を制し金色の杯を掲げた。そしてセンター試験をすっぽかし、外へ出ることを止め、そのまま卒業した。
 黄瀬は今、父親に追い出された赤司が現在住む部屋の前に立っている。一部屋LDKの小ぢんまりとした二階建てアパートで、綺麗であるのと壁が厚めであるのが利点である。駅から遠いが赤司には関係のないことだ。チャイムを鳴らすと数秒鍵が開けられた。


「赤司っち久しぶりー! 五日ぶりくらいっすかね? 寂しかったっす!」
「五日で寂しいだなんて兎みたいだな黄瀬は」
「兎って言われるのは初めてっすね」
「まあお前は根っからの駄犬だからな」
「忠犬でもただの犬でもなく駄犬!?」
「ふふ、冗談だよ」


 食材が入ったレジ袋を揺らしながら、黄瀬はリビングへ向かう赤司についていく。右手にベッドと本棚、左手にテレビ、中央にはノートパソコンを置いた炬燵。相変わらずの質素な部屋だった。赤司が明かりを付けると、辛うじて読書が出来る程度の明るさしかなかった部屋に光が満ちた。今まで電気もつけずパソコンをしていたようだ。


「ゲームやってたんすか?」
「ああ。なかなか面白いよ。黛さんのおすすめなだけある」


 いわゆるニート、引きこもりになった赤司は日々を好きに過ごしている。惰眠を貪ったりひたすらテレビを観たり。随分前からオンラインゲームにのめりこんでいるようだが、キャラクターに萌えているのではなく単純に遊び、分析をしているというのが彼らしい。もうひとつ、FXで生計をたてられているというところも。
 黄瀬は食材をキッチンに置いた。人参、じゃがいも、肉、カレー粉。カレーのための食材だ。勝手知ったるなんとやらのように、まな板、鍋、包丁を仕舞われている場所から出した。


「毎回悪いな」
「いいっすよー、赤司っちに食べてもらいたいし」
「最近、黄瀬を雇った方がいいんじゃないかと真面目に考えてしまうくらい有り難いよ。ありがとう、黄瀬」
「えっ、今なら三食添い寝つきっすよお買い得っす!」
「……撤回だ、お前は絶対雇わない」


 黄瀬も忙しいのであまり長くは滞在できない。食事を終えると赤司からレポートのアドバイスをもらい、アパートを出た。その際緑頭と出くわす。


「あ、緑間っちぃ。久しぶりっすね」
「ああ……黄瀬か。赤司はどうなのだよ?」
「ちょ、一番にそれっすか? 今までと変わんないっすよ……あ、新しいゲーム始めてたっす」
「そんなことは聞いていないのだよ」


 緑間が呆れたように腕を組んだ。彼は赤司を以前の赤司に戻そうと、せっせとここに通っている。といってもグローバルコミュニケーション学部でモデルの黄瀬より医学部の彼の方が忙しいようで、頻度は黄瀬の方が高い。
 特に立ち話もせず、二人は別れた。緑間っちも諦めないなあと、黄瀬は感心半分呆れ半分で自転車にまたがる。嬉しいことにここから自宅までは十分ほどだ。
 赤司は今を楽しんでいるようで、それなら無理に外に出そうとしなくてもいいではないか。まるで今の赤司は受け入れたくないとでも言うような。それでは中学のあの頃と変わらない。
 赤司は緑間と会えるのが嬉しいらしく、決して嫌な顔をしない。黄瀬には、それが少し不満だった。



* * *



「赤司が青峰の試合を観に行くのだよ」


 表情にあまり出ていないが興奮している緑間の言葉に、黄瀬は眉を潜めそうになった。苦痛を感じるくらいに無理をして笑みを保つ。
 緑間は昔のよしみで、青峰が出る試合のチケットを入れたらしい。赤司ははじめ渋ったが、二回重ねて言うと了承したのだとか。……一緒に行くらしい。


「……よかったっすねー、第一歩踏み出した感じ、っすか?」
「ああ」
「……」


 会話の数が少ないのは、相変わらずのことだった。黄瀬はアパートへ、緑間は己の家へ向かう。階段を上がりながら、黄瀬は先程の話を頭で回す。胸がつかえているような嫌な感じがする。
 赤司っちが外に、緑間っちの誘いで? 青峰っちの試合観たさに。
 赤司がキセキや黒子を特別に思っているのは今でも変わらない。だからといって。誰にどんなに言われようと頑なに外を拒んだというのにどうして。しかし、赤司が望んで外に出るのだからいいではないか。だって自分は、赤司が望むなら、楽しいと思うなら、それでいいのだから。それなのに何故、こんなに動揺しているのだろう。


「うわっ!?」


 足元がおろそかになっていて、階段から足を踏み外した。とっさに手すりを握る。一段下に戻った右足を上げて左足の隣に置き、右手にドアが並ぶ廊下に立つ。回路をぐるぐるしていた思考が、今の衝撃で抜け出した。唐突に理解する。
 赤司が自宅にこもっている状態が、自分は好きなのだ。赤司が誰とも−−例外はいるが−−接触しない、赤司の世界を自分が占める割合が大きくなる、そんな状態が、好きなのだ。


「……うわあ……自己中じゃないっすか俺」


 汚い考えだ。自分にそんな部分があるのは、なかなか嫌なことだった。
 黄瀬はしばらく自己嫌悪する。それでも独占欲と名付けたそれを消すことはできなくて、それが更に嫌悪に繋がった。


「黄瀬? 上がらないのか?」


 一番奥のドアが開き、赤司が顔を出した。黄瀬は咄嗟に笑顔になり、足早に廊下を歩く。


「赤司っち! さっき緑間っちと会ったんすけど、夕飯は?」
「オレと緑間で用意するとカロリーメイトかダークマターになるぞ」
「じゃやっぱオレを雇って−−」
「それはない」


 作り笑いが次第に本物になっていき、胸はすぅっと風通しがよくなる。外に出てほしくないけれど、赤司が望むなら笑顔で賛成しよう。そう思うことで黄瀬は、己の中の汚い部分に、少しだけ蓋をした。
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