短編3

□勇気をひとかけら
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 黄瀬涼太の人生で上手くいかなかったものは一度もなかった。何でも上手くいきすぎてつまらないくらいだった。勉強はできなかったが。
 何か夢中になれるものがあれば、世界がモノクロに見えたりしないのに――――そんな、上手くいきすぎて世界を舐め出していた黄瀬の頭を殴ったのが、バスケだった。追いつけないことが嬉しくて、あっという間にのめり込んだ。
 そしてバスケと同時に夢中になったものがあるのだが、こちらはあまり嬉しくない。


「あ〜〜また勝てなかったっス!」
「そんなすぐに勝たれてたまるかっての」


 息が上がるあまりに床に大の字に寝転ぶ。自分はこんなにだらしなくなっているのに、青峰は余裕の笑顔で立っている。弱えなぁ、と邪気なく言って桃井に怒られている。


「そうだ、征ちゃん知らない? 見当たらないんだけど……」
「赤司ぃ? ああ、テツが吐いたからバケツ洗いに行って――……そっから見てねえなあ」


 征ちゃん。赤司。紡がれた固有名詞に思わず目を見開いてしまったが、まだ寝転がっていたため二人の視界には入らなかったようだ。
 戻ってきた赤司にこんなぐうたらな格好を見られるのは嫌なので、とりあえず上体を起こす。


「つうかテツもいねぇぞ」
「え? ……あ、ホントだ。おかしいなあ、いつもは口ゆすいですぐ戻ってくるのに」


 桃井は念のためと言わんばかりに体育館を見回すが、やはり黒子はいないようだ。
 赤司と黒子がいない。もしかして、今、二人でいるのだろうか。
 胸にざらつく感じが生まれて不快だ。いや、不快なのはざらつきより、二人がどこかで一緒にいることに対してか。


「――そこ、何を話しているんだい」


 黄瀬、青峰、桃井が同時に肩を跳ねあげて声の主を見る。が、その心情は黄瀬だけ異なった。


「よ、よう赤司。お前がどこ行ったのかってさつきが聞くから、知らないって答えてたんだよ」
「うん、そうなの。ごめんねっ、征ちゃん。心配になっちゃって……それと、テツ君いないんだけど……」
「黒子なら熱を出していたから保健室だよ。僕は彼を連れていっただけさ……黄瀬? 嬉しそうだね」


 青峰といい勝負ができた? と、肩から長い髪をこぼし、赤司は聞いてくる。黄瀬はぎこちなく頷いた。いい勝負ができて嬉しかったのは、嘘ではない。今嬉しいのは別の理由からだったが。
 赤司が一人で現れたことに喜んでいるだなんて本当のことは、まさか言えまい。


「そろそろ休憩に入ってくれ。僕は黒子を送る」
「え、赤司っちが!?」
「テツ君を!?」


 思わず桃井と同時に叫ぶ。お互い、横目で目を合わせて苦笑いした。青峰はドリンクの元へ走っていく。赤司は冷静な口調で話す。


「彼はもう帰した方がいい。帰り道で倒れたりしても発見されないかもしれないだろう」
「じゃ、じゃあ私が送る!」
「さつきが? 別にいいけれど……」


 あちゃあ、と心の中で、顔に手を当てる。同時に、桃っちグッジョブと胸を撫で下ろす自分もいた。
 目をハートした桃井が走り去る。さっきまで青峰と1on1をしていたからこのハーフコートには誰もいない。だから、黄瀬は赤司に言う。


「赤司っち、そこは自分が送るって押し通せばいいのに……」
「……うん、まあ、そうなんだが」


 普段の堂々とした態度はどこへ行ったのやら。赤司は視線を床の青いラインに落とし、歯切れ悪く返した。

 バスケと共にのめり込んだ、恋。

 これが全く嬉しくないのだ。普通の片思いなら、素直にドキドキできるのだが。
 失恋中の片思いだと、甘酸っぱくなんかない。ひたすら苦しいだけだった。



 
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