短編3

□マイ・エンジェル
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 ザアァ、と雨が地面を打っているのに部員達が気付いたのは、休憩に入り集中が途切れた時だった。下へ落ちていく大量の灰色の線を見て、真っ先に気付いた青峰が舌打ちした。


「これじゃストバスできねぇじゃねえか」
「まあ、この勢いで降り続けるなら、少なくとも明後日までは地面もぬかるんでいるでしょうね」
「……通り雨だといいのだが」
「空真っ暗だし無理じゃね〜? 天気予報大外れじゃん」
「うわ、困るっス俺傘ないのに!」


 通り雨でありますように、と祈る黄瀬を尻目に青峰がそうだった、と面倒くさそうに溜め息を吐く。こちらも傘がないらしい。備えはしておく派の黒子、人事を尽くす緑間は置き傘があるので問題ない。紫原も、以前母親に持たされた折り畳み傘が取り出されないまま鞄の奥底にあるから大丈夫だ。
 青峰はまあ濡れてもいいかと雨から気を離す。濡れたくない黄瀬は傘がある三人に入れてもらえないか頼み、今度シェイクを奢るという条件で黒子の了承を得た。
 そうして青峰以外もドリンクを飲んだりタオルで汗を拭ったりと、本格的に休憩に入る。


「りょうた」


 そんな中、黄瀬は自分を呼ぶ声を聞いた気がした。毎日聞いている声にそっくりだった。彼はたまにここにやって来るからあり得なくはないが、それでもやはり、この豪雨の中来たとは思えない。が、一応体育館の入り口を見てみる。


「っわ、せ、せせ、征っち!?」


 黄瀬の大声に何事かと振り向いたキセキの面々は、その最後の固有名詞に顔色を変えた。走る黄瀬の進路を見て、その先にいる人物を認識した瞬間走り出す。征っちと言われたその子供は、大男五人がものすごい形相で自分目指して駆けてきても表情一つ変えない。大男という表現は黒子には当てはまらないが、子供から見れば十分大きい。


 赤司征十郎。それが黄瀬のお向かいさん兼幼なじみの名前だ。五歳児にしてすでに紳士っぷりを兼ね備え、同じ保育園のおませな女の子達から最もチョコをもらう才色兼備。そして、たまにこの体育館に訪れる、部員のオアシスでもある。


 誰より先に走った黄瀬が最初にゴールインした。こんな雨ん中どうしたんスか、と何か垂れてきそうな鼻を押さえ、膝をついて問う。


「りょうたのいえにいたらね、りょうたにかさをとどけてほしい、っておばさまが」
「五歳児に何させてんスかあの人は! つうか征っち何そのカッコ! かわいいっス!」


 赤司が着ているのはカエルをモチーフにしたレインコートだった。フードはカエルの頭の形になっていて、デフォルメされた目がちょこんとついている。口から赤司の顔が覗く仕様になっていた。大きな袖からは小さい紅葉のような手が出ていて、身の丈を越す傘を抱えている。その紺の傘は黄瀬のものだ。
 とうさんがかってくれた、と赤司は舌足らずに説明する。いつの間にか追いついていたキセキも黄瀬と一緒に悶える。そして、五人全員が同時に、ゾーンにでも入ったような顔を上げ、ゾーンにでも入ったような素早さで更衣室へダッシュする。ひたすら異様な光景だったが、慣れている他の部員は何も言わない。ただ赤司のカッパ姿を凝視していた。


「はーい征っちこっち向いてー! うはあかわいいい」
「征くんマジカワですこっち向いてくださいボクを見てください」
「征十郎、豆腐ストラップだ。こっちを向くのだよ」
「……おら征。こっち見て笑え」
「俺の方も向いてよ征ちーん。ついでにウチ来なよー」


 カシャカシャカシャ、と実際のカメラより機械的な音が五人の携帯から響く。大量の光を浴びる赤司はきょとりと目を丸めたが、すぐに黄瀬に笑いかけた。直後、緑間のストラップに顔を明るくする。
 気の済むまで写真を撮り、全員携帯を収める。遠目にそれを見る他の部員は「俺も征十郎君のカッパ姿撮りたいなあ羨ましい」と思うものの、キセキが怖くて近づくことすら出来ない。
 黄瀬がひょい、と赤司を抱きあげる。高くなった景色に赤司の目が輝く。が、決まり悪そうに身を捩った。


「征っち危ないっスよ、暴れないで?」
「だって、りょうたがぬれる……」
「そんなこと気にしなくていいんスよぉ! 雨で濡れる覚悟してたし」
「ボクの傘に入りたいと土下座してきた人が何を……」
「ちょ、土下座はしてないっスよ!」


 わああ、と軽く泣き真似をする黄瀬の目元に赤司のふにふにした手の平がくっついた。なきやんで、と心配そうに覗き込んでくる大きな赤い瞳が、黄瀬の瞳より潤んでいる。黄瀬は慌てて泣き真似を止めて笑顔を見せる。
 赤司が緑間に短い両腕を伸ばした。黄瀬から自ら離れるなんて珍しい、と全員が驚く。そして凄まじい嫉妬が緑間を襲った。緑間は嫉妬に負けじと赤司を抱き留める。


「とうふのすとらっぷ……」
「なるほど、これが欲しかったのか。……今日のラッキーアイテムだから明日やるのだよ」
「! ありがとうみどりま、だいすき」


 赤司のもちもちした頬が緑間の頬を撫でる。赤司の母と赤司の間で始めたのがきっかけで赤司のマイブームになった、感謝の伝え方である。緑間はこの生き物のあまりの可愛らしさに堪えられず頬を染める。紫原が赤司を、大切に触れながらも強引に緑間から奪う。


「そうだ、ほいくえんでみんなのえをかいたんだ」


 紫原の腕の中で器用に体を捩り、赤司がカッパの中に背負っていたクマさんリュックから画用紙を取り出した。赤司の服や身に付けるものは動物系が多い。
 誇らしげにかざされた絵に、まず青峰が崩れ落ちた。黄瀬、黒子、緑間も後に続く。唯一絵が見えなかった紫原は、見せてもらい、静かに赤司を床に下ろした後、青峰達と同じ状態になる。


「みんな……?」
「ぶふっ……ぶはっ……わら、笑える……ひー……」
「青峰っち笑っちゃダメっス、征っち勘違いするから!」
「決して征くんの絵が下手だからこうなっているんじゃないですよ。年齢相……応の画力が微笑ましく、ボクらを描いてくれたことがうれ、嬉し、……ぶっ」
「……ナノダヨ」
「うはっ……ちょっとも、征ちんかわい……腹いてー」


 赤司が描いたのは黄瀬達の絵だった。黄土色のクレヨンでぐちゃぐちゃと床が描かれ、その上に万歳ポーズで棒人間な黒子達が立っている。黄瀬はダンクを決めていた。黒子が年齢相応と表現する時つっかえたように、五歳児にしては画力が足りない。が、皆が口を開けて笑う中黒子だけ閉じて笑っていたり、紫原がまいう棒だろう物体をくわえていたり、緑間がラッキーアイテムらしき物体を持っていたりと芸が細かい。とにかく、赤司の絵が下手だから笑ったわけではない。笑いながら言うから信憑性がないが真実である。
 すごく上手っス、嬉しい、と黄瀬に頭を撫でられ、五人の反応に不安になっていた赤司も笑顔になる。


「つうか何で俺達を描くことになったんだ?」
「ん、すきなものとかひとをかくじかんだったから」


 ばすけしてるみんながいちばんたのしそうで、いちばんすき――赤司は笑う。紫原は、俺バスケ好きじゃないけどと思ったが、もちろん黙っていた。
 ピイィと笛が鳴り、休憩の終わりを知らせる。五人は残念そうな顔で体育館中央へ歩いた。バスケしたいが赤司といたい、と青峰や黒子は複雑だ。
 黄瀬は赤司の背中を舞台へ軽く押す。赤司はいつも、舞台に座って見学するのだ。


「見ててね征っち。今日こそ青峰っちに勝って、カッコいいとこ見せるから」
「りょうたはいつでもかっこいいよ」


 がんばってね、と額に応援の唇をもらい、部員が並び出した列へ飛びこむ。赤司が見ているというだけで何でもできる気がした。こっそり舞台を見ると、目が合った。ふりふりされた手に笑って返す。四方から、四つの肘に小突かれた。





END.









* * *
黄赤前提キセキ赤(ショタ赤)でした。黄赤とキセキ赤になっていますでしょうか。。
ショタ出す度に言っている気がしますが可愛いですよねショタ。ロリも可愛いです、年下可愛いです。この可愛さを表現しきりたいものです。赤司のぷにぷにほっぺ! 舌足らず!
リクエストありがとうございました!

 

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