短編3

□日常で日常を過ごしてる
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「コイツがあの『赤司征十郎』? ちっちぇーなあ楽勝じゃん」


 あ、コイツら終わった――赤司をせせら笑う相手チームに、ベンチに控る選手はまずそう思った。そういう自分達も大事な主将を馬鹿にされて面白いわけがない。
 大変なのは、今現在コートの真ん中で彼らと向かいあっている選手達の方だ。二年の三人と、たった一人の三年が目尻を吊り上げた。


「何よ! 征ちゃんは確かにちっちゃいけど可愛いから別にいいのよ!」
「そうだぞ! でっけえ赤司とか想像できないよ! ちっちゃい今のままでいい!」
「まったくだ。ちっさいままでいいんだよ。赤司がでかくなったら抱き上げるのに苦労すんだろ」
「ラノベに限らず魅力的なキャラっつーのは何かしら欠点があるもんなんだよ! ちっさくなきゃ赤司完璧になっちまうだろうが」


 平均身長を優に越える三人の男に反駁され、相手は目を白黒させた。だが、「あれ? 誰も赤司が強いって言わないってことはやっぱ赤司弱いのか?」と胸を踊らせる。
 実渕達が身長から離れて赤司の魅力を語り出そうとした時、その後ろからぼきりと不穏な音が響く。同時に、拳の骨を鳴らしながら前に出てくる男。キセキの世代のエース、青峰大輝である。青峰はぐっ、と赤司を小さいと言った選手に顔を近づけて凄む。


「確かに赤司はちっちぇえよ。キセキの中じゃあ一番ちいせえ。けどお前らどころか誰も馬鹿にできねぇくらい強いんだよ。ちっさくても関係ないくらいにな」


 強面でヤクザ並みの眼力で睨まれ動じない人間は少ない。男はすっかり怯えた表情でコクコク頷く。
それを見て男から離れる前に、青峰はすっ転んだ。というよりは腰を抜かした。


「小さい小さいと随分言ってくれるじゃないか、大輝」


 床と尻をコンニチハさせた青峰の背後で、話題の赤司征十郎が青い髪を見下ろす。まずは様子見とベンチにいたのだがいつの間にやって来たのやら。にっこり笑んでいるのに、五将より青峰より恐ろしい気を立ち昇らせている。そんな赤司が目の前のチームを見た。


「うちの者がすまないね。こういうのは試合で返すべきなのに」


 暗にこの後の試合で覚悟しろと言われ、相手チームの身がすくむ。死ぬんじゃないかというくらい怖かった。赤司の背を笑った男は数分前の自分を殴りたくて仕方なくなった。
 外は菩薩の笑顔のまま、赤司は黛を下がらせる。フルで出る気になったらしい。そうしてやっと試合が始まる。勝者は洛山、点差は通常の比ではない。

 洛山高校バスケットボール部は本日も通常運転である。



* * *



 試合は日曜日にあったが、祝日でもない月曜日は普通に登校日だ。赤司は惰眠を貪ろうとする青峰を殴り起こし、授業中寝ようものなら後ろから背中を蹴り、そして現在、食堂で向かい合って昼食をとっている。赤司はまるで日本の朝食のようなメニューを食べ、青峰は味噌汁つきのまぐろ丼を大盛りで食べている。


「いい加減機嫌直せよ赤司、ほらお前平均だし」
「お前から見たら十分小さいんだろう?」
「そうだけど――いって!」


 口を滑らせた青峰の脛を軽く蹴ってやった。
赤司は、昨日試合前に青峰に小さいと連呼されたことをまだ怒っているフリをしている。今でも気にくわないが、本当はもう怒っていない。青峰もそれを分かっているから焦っていない。


「何や青峰、また赤司様怒らしたんー?」
「青峰君また授業中居眠りして赤司君に怒られとったやろぉ」


 清々しい方言を放ちながらやって来たのはクラスメイト達だ。十人はいるだろうか。赤司はまたかと内心でため息を吐いた。
 青峰は人気者だ。見た目は怖いし中身も乱暴な面があるが、根はいい奴なのである。それはきちんと接すれば分かることで、だからクラスメイトは青峰を慕う。男女関係なく。
 それが赤司にはつまらない。くだらない嫉妬と独占欲なのだが、青峰を好きである以上は仕方ない感情だ。青峰はじとっと睨む赤司に気付かず彼らと喋っている。直前までの楽しさは消え失せ、代わりに胸を不快感が覆った。


「そんでゴール裏通してシュートを――って赤司、何して」
「……ふん」


 不快、だが我が儘を言うわけにはいかず。赤司は自分の味噌汁のワカメをぽいぽいっと青峰の味噌汁に移し、食べ終えていないまま盆を持って席を立った。先程列に並んでいる実渕達を見つけていたのでそちらへ行く。四人は快く赤司を迎えてくれた。


「あはは、それでワカメ青峰に放ってこっちに来たんだ!」
「青峰じゃなくて青峰の味噌汁にだろ」
「征ちゃんもしっかり乙女ねぇ、ふふ」
「なあ赤司ってなんで男なんだ」


 二人とも男じゃんと葉山がケタケタ笑う。根武谷が男でもいいだろと牛丼にがっつく。黛がたしかに、と何かに目覚めた顔をした。赤司は焼き魚をつつきながら無意識に少し唇を尖らせる。


「大輝が慕われるのはいいことだって分かっている。ただ、理解することと受け入れることは別で……」
「うんうん、頭で分かっていてもどうしようもないのよねっ」
「……見たくなくて、逃げてしまうんだ」
「そうよねえ……! 胸が苦しいもの」


 沈んだ気持ちに導かれて愚痴を披露してしまう。完璧に恋バナだった。


「ったく、何で先行くんだよ」


 愚痴は溢したくないと口をつぐんだ時、背後から声をかけられた。
 テーブルの端にいる赤司の隣は実渕で、正面は根武谷で、斜め前は葉山、更にその隣は黛で埋まっている。だからか青峰は隣に立ってきた。


「ちゃんと傍にいろよな……」
「寂しいのか? クラスの皆がいたんだ、平気だろう」
「ぁああ……っジェラシー中の征ちゃん激カワ! 激レア! きゃあああ!」
「これはそのクラスの皆が実はヒロイ――赤司目当てというオチか? 大丈夫だBL専門のラノベ文庫だってあるんだしなブツブツブツ」
「ねー玲央姉と黛サン何か言ってるよ?」
「いつもの発作だろ」



 つーんっ、と青峰を一切見ず、天敵のワカメがいない味噌汁をすする。根武谷曰く発作だという実渕と黛の言動は激しさを増し、実渕の方はついには奇声を発しながら抱きしめてきた。半ば呆れる根武谷と、俺も抱きつきたい! と騒ぐ葉山 を視界におさめながら、玲央はあったかいなぁと身を委ねる。苛々も薄れていくから、彼は心の空気清浄機だとも思った。



* * *



 普段ならもう少し離れろとか言ってくる赤司が今日は静かだ。なぜかこれ幸いとは思えず、青峰は黙って湯船に浸かっていた。肩が触れあうくらいの位置に赤司がいる。


「常々思うのだけどね、こうして必要以上に密着して入浴する利益はなんだい?」


 静かだと思っていたが、言葉は来た。いつもより堅苦しい言い回しで。
 何か思い詰めたり、考えすぎたりしているのだろう。青峰は赤司の敏感な変化を感じ取り答える。


「くっつきたい奴とくっつけるとこ。他にもあっけど」
「他?」
「お前には分かんねえよ」
「お前に分かって僕に分からないわけがない。言え」
「……防虫」


 は? と赤司。やはり理解できていない。期待はしていなかったから別によかった。
 毎晩毎晩入浴を共にし、過剰なくらい引っつくのは、赤司に向く目を減らすためだ。入浴であるから当然、露出は最大限な訳で。しかも、やや逆上せやすい赤司はすぐに目をとろんとさせ、肌を桃色にする。髪もしっとりと艶を増す。他人に見せるには危険であるし、何より青峰が嫌なのだ。
 それにしても赤司はどうして沈んでいるのだろう。思えば様子は昼間からおかしかった。しかし原因は見当もつかない。
 赤司がだんまりなのをいいことに考えていると、珍しいことに、その赤い頭が肩に凭れてきた。心臓が跳ね、生殺しだ拷問だと叫ぶ。


「……眠い」
「寝たら死ぬぞー」
「こんなに熱いんだ、平気だろう」
「いや溺れ――熱い?」


 風呂で熱いと言うのはおかしくはないのに、不安だ。青峰は赤司を見、慌てに慌てる。赤司の顔は赤に近い色をしていたし、半分しか見えない赤と橙の瞳はどろっどろだった。
 急いで赤司を抱えて脱衣所に出る。くたりとした体を拭き、シャツをかぶせる。下は自分でやってもらった。


「熱いなら早く言えよ……」


 考えていた自分を待っていてくれたのだろう。それでも不満は消えない。赤司を逆上せさせてまで考えていたいわけではないのだ。
 部屋に戻り、赤司をベッドに横たえる。二人で使っている部屋だ、ベッドは二つある。が、一つしか使われないことは少なくない。
 給湯室から水を持ってくる。赤司は上体を起こし、コップいっぱいのそれを一気飲みした。反らされた喉が動き、青峰の喉も鳴る。
 考えていても仕方ない――青峰は赤司の腰を引き寄せ、噛みつくようにキスをした。赤司の口内は水で冷やしきれないくらい熱かった。


「お前昼から変だけど。どうした?」
「……別に」
「言わねえと明日立てないようにすんぞ」


 言いはしたがそんなこと実行できるわけがなかった。明日は授業も部活もある。何より、赤司が本調子でないから行為すら躊躇う。
 ただ、足腰云々は嘘じゃないと示すため、青峰はさっき着せたシャツの中に手を突っ込み、熱を出したみたいな肌を撫で上げた。赤司はヒクリと反応してシーツを指先で握る。


「で、何があったんだ?」
「……べっ、つ、に、……っ、大、輝は、クラスメイトに好かれているな、って」
「っ……」


 胸の粒に届きそうだった手を止めてしまう。赤司の言葉は予想外すぎた。昼の彼の様子を思い返す。不機嫌そうな振る舞いは嫉妬の表れだったらしい。
 馬鹿だな、と目の前で快感をやり過ごそうと震えている体をいとおしく感じる。クラスメイトが話したいのは自分ではなく赤司なのに。赤司に話しかけるのは気が引けるから、近くにいる青峰とまず話し、赤司に話題を振ろうと狙っているのに。


「だい、き……? っぁ、ひ……!」
「お前ホント、俺が好きだな」
「っ、…………ぁ、当たり前……っん、ぅあ」


 もう一度口を塞いでそのまま押し倒す。唇を離した時の赤司の名残惜しそうな顔ったらない。涙を流さず溜めこんだ瞳にすがるように見上げられたら、青峰に理性を残す術はない。遠慮が吹き飛んでしまう。


 二人の時間は、いつも通りに濃密だった。





END.









* * *
昼はわちゃわちゃ、夜はえろす! と意気込んで書いてみましたが如何でしょう。ギャグ調は久しぶりで、キャラ崩壊起こしそうでした……もう起きているかもしれない。黛さんも一応無事出せました! R15ってどこまででしょ う。
リクエストありがとうございました!

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