短編3

□どっちもどっち、お互い様
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 十一月は祝日もなかなか多いが、あだ名のついた日もたくさんある。十二の月の中で一番多いだろう。ポッキーの日、いいイチゴの日、いい双子の日、いい風呂の日、いい肉の日――十一の語呂「いい」に日にちの語呂を足しただけのものだが、それをネタに盛り上がることもある。
 
 
「いい夫婦の日で思い出したんだけどさあ、虹村と赤司って夫婦みたいだよな」
 
 
 ……こんな風に。
 腕にサポーターを付けた友人は、緑間と将棋の話をしている赤司を眺めながら自分の言葉にうんうん頷いた。虹村は心臓が跳ねたのを仏頂面を魅せることで隠す。そもそも友人はこちらを見ていないから、意味のない行動だった。
 
 
「ああ? 変な冗談言ってんじゃねえよ」
「夫婦っていうか、赤司がザ・奥さんって感じなんだろうなあ。ほら、お前の三歩後ろ歩くし。お前には伏し目で話すし。お前が何か欲しいって時は先回りして用意してること多いし」
「伏し目で話すってのは嫁っぽいのか?」
「貞淑って感じしねえ? まあやっぱ赤司が奥さんっぽいんだよなー。お前が旦那っぽいわけじゃなくて。お前を緑間に置き換えて想像しても夫婦っぽく見える」
 
 
 自然と、自分に接するように緑間に接する赤司を脳裏に描いてしまった。一気に機嫌が悪くなったのが自分でも分かる。今度は仏頂面にならないよう気を付けながら、虹村は想像を打ち消す。
 
 
「虹村さん、監督が練習後話があるそうです。……何やら自分の名前が聞こえたのですが、何かいたしましたか」
 
 
 目の前までやって来た赤司が虹村を見下ろした。言われるまで彼が自分にだけ伏し目で話してくることに気付かなかったのだが、今見ても赤司の頭の方が高い位置にあるから目は伏せられている。
 大したことじゃないと答えようとした虹村より早く、友人が会話の要約を赤司に明かす。虹村は、自分に非はないと分かっていながらも何だかいたたまれない。友人は「そういやいい夫婦大会っていうのあるらしいぞ、優勝は米一年分。出たら?」などと更にこちらをいたたまれなくさせる爆弾を投げてくる。虹村はなるべく客観的に己の性格を鑑み、友人の上段に乗ることを選んだ。
 
 
「面白そうじゃねえか、お前なら女装してもいけそうだし出るか?」
「嫌です」
「そーいわずに出ようぜ赤司」
「嫌です」
「米一年分だぞ? 米だぞ?」
「そんなんだから松岡なんとかさんとか言われるんですよ……」
「んだとコラ」
 
 
 膝に手を置いて屈伸のようにして立ち上がる。ゆるい握り拳を作り、そろえた第二関節で赤い頭を軽く叩いた。少し離れたところで立っている灰崎が「俺だったらタコ殴りされてるわーアレひーきだろひーき」と顔をしかめる。「灰崎君の日ごろの行いが悪いんです」と誰かが言った。誰かと思えば黒子だった。
 そろそろ再開した方がいいのでは、と目を床に滑らせ、壁を這って時計へ向かわせた赤司が言った。今はお互い直立していて、彼が顔を上げないと虹村の顔は見られない。それなのに赤司が時計を見上げるまで目線を下げていたことが、気になると言えば気になった。
 
 
 
* * *
 
 
 
 気になると言えばもう一つ。今まで気にしていなかったくらいのことだが、一度気付くと気になって仕方ない。
 
 
「なー赤司」
「何でしょうか」
「部活での俺らの関係ってなんだっけ」
「? 主将と副主将、先輩と後輩、ですが」
 
 
 虹村は、相手の目を見て話さないと気が済まないといった性質ではない。プリントや本の文字に目を滑らせながら話すことも、ちょっと携帯で返信を作りながら話すことも、校庭を見下ろしながら話すこともある。もちろん目を見ることの方が多いが、絶対というわけではなかった。
 だからだと思うが、赤司と歩く帰り道で、道の先や暗い空を見ながら彼と話しても違和感は抱かなかった。しかし休憩中に友人とした会話が今の状況に「おかしくないか?」と語りかけてくる。虹村が先に行き、赤司がその三歩斜め後ろを、追従するように歩くこの状況に。
 
 
「部活じゃそうだよな。じゃあ、そっから離れたら、どんなだ?」
「どんなって。……言わせないでください」
「だってよお前の方が落ち着きますので、っわ」
 
 
 どうしてか固辞する赤司の腕を引っ張る。三歩後ろをついてくる、カルガモの子どものようで可愛らしいし、貞淑な妻のようだといえば確かにそれらしくてむず痒いものがある。だがそれでは赤司を視界に入れて言葉を交わすのが難しい。首が疲れてしまう。
 手を離して歩くと赤司は徐々に後ろへ行ってしまうので、もう一度つかんだ腕はもう離さないことにした。腕から手首につかむ位置を変える。その先は、もし少しでも嫌がられたらというネガティブな思考が邪魔をしたせいで、断念することになった。
 
 
「ちゃんととなりを歩くので離してくれませんか」
「前科持ちは信用できねえな」
「前科を引き合いに出すのは良くないと思います」
「だってお前は服役したわけでもねえだろ」
「……もともと、前科じゃないじゃないですか。先輩の後ろを歩くことが犯罪だなんて聞いたことがありません」
「ったく、屁理屈言うな」
 
 
 いつの間にか唇を尖らせていたのでひっこめる。この癖は一生治らない気がした。
 赤司を隣に並ばせたことで、虹村は彼の横顔を見ながら話せた。表情も半分は見れたという訳だが、その半分が休憩から今まで虹村の頭で引っかかっていたものを大きくさせる。
 
 
「お前って俺の目ぇ見て話さねえよな」
「は」
 
 
 手の中の、布に包まれた温もりがかすかに揺れた。赤司が動揺している。
 育ちがいい赤司は、だからか相手の目を見て話す。彼だってメニューを確かめながら、将棋盤を見下ろしながら話すことはあるが、目を見て話す方が圧倒的に多い。こんな風に隣を歩きながら話すなら、絶対に見るはずなのだ。普通なら。
 思わずといった風に漏らした一音以外、赤司は何も言わなかった。まさかあれが答えなわけはないだろう。虹村は、ただ歩くにしては下を向きすぎている赤司のつむじを見下ろし、髪の毛と髪の毛でできる無数の線を何となく目でなぞった。いつまでたっても沈黙が続くので、自分で理由を考えてみた。人が相手と目を合わせない理由は、一般的になんだろう。
 
 
「……気まずい……あ、恥ずかしいのか?」
「っ、違います」
「違うのに正解教えてくれねーの?」
 
 
 自分の声音が少し弾んでいるのを自覚する。答えはこれで合っているだろうから楽しいのだ。嬉しくもある。
 よく見ると、赤司の耳は赤くなっていた。確かに十一月下旬の夜は寒いが、理由はそれだけだろうか。
 違うなら、こっちを見ろと、言ってみる。そう言われれば赤司は従うしかない。そして見えた赤司の顔は片方の耳が見えない。完全な真正面の顔ではなかった。頑張って目を合わせてくるのだが、顔を上げきれていないからやや上目遣いになっている。
 
 
「真っ赤だぞ赤司」
「……知ってます。案外いじわるですよね、虹村さんって。……知っていましたが」
「いいじゃねえか、ウブでかわいいだろ」
「やめてください」
 
 
 ぷい、とそっぽを向かれる。見えないが赤司がどんな表情をしているかは簡単に分かった。
 手首の握りを鞄を持ち直すように変える。そんなことをしても赤司はこちらを向かなかったが、あまり気にならなかった。となりを歩いていられるうえ、理由があれでは不快に思うわけがない。
 自分だって、赤司といるとき、話すときはいまだに、他の誰かとそうするより身を固くする。もっと前はもっと固くしていた。緊張していたといってもいい。赤司に悟られないように頑張って笑ったし口調もいつも通りを装った。虹村にもプライドがあった。赤司の中での虹村修造は多分、格好いい人なのだ。虹村は自身をそう思ったことは一度もないが、赤司にとってはそうなのだ。
 
 
「虹村さんばっかり平然としていますよね。ご友人の前では欠伸したり、うとうとしたり、くしゃみしたりするのに」
 
 
 だから、唇をほんのり尖らせてそう言われると、どうしたらいいか分からない。若い女が年上の男と付き合って、意外とだらしなくて萎えたという話を聞いたことがあるから余計に。
 さっきの赤司のように答えに詰まる。またアヒル口になりかけたのを戻しながら考える。上手い返しはないものか。
 
 
「んじゃ、お前が俺の目見て話せるようになったらしてやるよ。欠伸もうたた寝もくしゃみも」
「……他の色んなところも見せてくれますか?」
「おー」
「…………分かりました、がんばります」
 
 
 右の耳も、左の耳も赤くして、頬も染めて、赤司は笑った。これは、すぐに決着がついてしまいそうだ。まずい約束をしたかもしれないと思いつつ虹村は、早く来るだろうその時が楽しみでもあった。
 




END.









* * *
いい夫婦の日用に書いたものですがあんまりいい夫婦成分がないんですね。おまけに間に合ってないのですが……。最近はかわいいかわいい、じゃなくて何かかわいい赤司さまを模索中です。

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