短編3

□鈍感にはちがいない
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 キセキって勢揃いするとあんなに煩いんだなあ――伊月はカラフル集団を見て遠い目をする。二校ごとに分かれる練習法は午後になっても変わらない。洛山と海常が外、陽泉と秀徳は第一体育館、そして誠凛と桐皇は第二体育館で練習に励んでいる。といっても今は休憩時間だが。練習が終わった途端、キセキは赤司の元へ走ったのだ。


「うーん、元気だなあ……」
「伊っ月さぁーん! どこ見てんすかー!?」
「キセキは赤司大好きだな、って。にしてもお前も元気だな」


 あれか、歳の差か。一年は意外と大きいようだ。
 フフフと笑う高尾が伊月の肩を下へ押す。伊月は抵抗することなく腰を下ろした。膝を折って下ろしたので正座である。高尾が目を輝かせた。


「伊月さん分かってるー! じゃ遠慮なく……」
「高尾?」


 高尾の頭が伊月の腿に圧力をやる。高尾の肩から下は床に丁寧に投げ出された。俗に言う膝枕である。
 すりすりと下腹部に黒い頭が押しつけられる。よくもまあ男のそんな場所に顔を埋められるものだ。スンスンと音がするのだが何だろうと思いつつ、邪険にする気がない伊月は何となしに高尾の髪を梳く。


「カントクー、ちょっとタオル――って何しとんじゃお前はっ!!」
「た、高尾!? なんつー羨まし……ゴホン! とにかくどけよ!」


 大声がすると思って見てみると、血相を変えた日向と火神が駆けてきた。何か異常事態だろうかと辺りを見回すが、ドアの隙間から精神衛生によくない青や黄色や緑や紫、水色が見える以外は何もない。というより火神は高尾を呼んでいた――そこまで考えたところで「お前だよ!」と日向と火神の声が響いた。火神は語尾に「です」を付け足す。


「え、俺なんかしたっけ?」
「現在進行形でしてるわ!」
「オラどけ高尾!」
「いででででっ! ちょ、いってーよ!」


 日向が伊月に怒鳴り散らし、火神は高尾をガスガス蹴ったり耳を引っ張ったりして伊月の膝から退かす。誰かに後ろから抱えられたかと思えば、正体は水戸部だった。「伊月は渡さない、って水戸部が! でも俺だって負けないよー!」と小金井が訳した。心配しなくても他校に行ったりしないし、自分を勧誘するような学校はないのに。


「なんやライバルめっちゃおるやんー」
「伊月くん! 俺、女の子大好きだけど君なら男でもいい! さあ俺の胸に、いてっ!」
「何寝ぼけたこと言ってんだ蹴るぞ!」


 謎の言葉を吐く今吉、叫ぶ森山。蹴ると脅しながら既に蹴っている笠松。これまた個性のある面々がやって来た。
 何故か知らないが、自分は取り合われている。伊月は取り敢えずそれだけは悟った。



* * *



 黒子を除いた誠凛メンバーが湯に浸かる。黒子は一足先に、キセキや洛山、笠松と同じ時間に入っていった。


「なあ、なんかお湯赤くね? です」
「…………」
「生臭い気もする、って水戸部が言ってるよー」
「誰かが魚の解体ショーやったんじゃないか?」
「するかボケ!」


 浴槽移ろう、そうしよう。メンバーは隣の正常な色をした湯に浸かり安堵の息を漏らす。赤色の正体はあえて考えなかった。
 更に言えば赤色の正体云々以前に、伊月には聞きたいことがあった。


「……なぁ」
「なんだ伊月」
「……みんな固まりすぎじゃね?」


 左に日向、その左に一年三人。右に木吉。後ろは壁。左斜め前に水戸部、右斜め前に小金井。ここまではまだいい。たとえ距離がゼロでも。百歩譲る。
 前に火神。これだけは譲れない。例に漏れずやたら距離が近いし、何より視界の邪魔だ。


「お前を守る為だ、我慢してくれ」
「守るも何も敵なんかいないだろ木吉! はっ、敵がテキパキ動いて素敵!」
「伊月黙れ」


 窮屈だ。非常に窮屈だ。伊月は溜め息で湯船を揺らして壁に凭れた。しばらくして軽い音を立てて戸が開く。


「ぶふっ、うわ、何やそれ……っけったいな装備やなあはは」
「Oh! これまた美人だね、赤司くんとは違うタイプ……和風美人かな?」
「俺もその輪に入れてください!」


 また来た、と周りがうんざりするのが手に取るように分かった。火神と湯煙でよく見えないが、声から察するに今吉、氷室、森山のようだ。「タツヤ!? タオル! タオル!」と火神が必死に叫んでいる様子から察するに、氷室は本物の全裸のようだ。
 三人が当たり前のようにこちらへ来る。顔見知り以上友人未満、どちらかといえば友人より、といった関係性だから当然かもしれない。


「そない独り占め……いや、一校占めせんで皆で共有しようやあ」
「伊月をものみたいに言うな腹黒! です!」
「はは、火神みたいになってるぞ日向」
「共有しようとか言っておきながら抜け駆けするつもりなんだろうなあ……日本の妖怪はずる賢い」
「いや日本の妖怪みんながこんななわけじゃねえからな!? 多分」
「誰か妖怪否定せえや……」


 大勢が騒ぐから浴場に声がよく響く。伊月はそれらの声に紛れるような小さな溜め息を吐いて首まで湯に浸かった。取っつきにくく思えた今吉や氷室が案外面白いと知れたことが、唯一の救いかもしれない。


「……森山さん達の気持ちはありがたいですけど」


 おお? と語尾を上げ、皆が一斉にこちらを見てくる。誠凛の面々は、どことなく期待している顔をしている気がする。風呂で一人の男に注目する男子高校生約十名。シュールだ。


「オレは誠凛のみんなと頑張りたいので。……いや、別に森山さん達がオレを引き抜こうと思ってるんじゃ、とか自惚れてるわけじゃなくて……」


 自惚れていないならどうして言ったのだ、と自分でも思う。しかしとにかく、皆が自分を取り合っているようであることだけは、やはり理解できるのだ。
 自惚れていると思われたらどうしよう――声を尻すぼみにして終わらせ、伊月は俯く。聞こえた溜め息に肩を縮める。


「……鈍感じゃない思とったけど、やっぱ分かってへんなあ。キセキんとこの姫さんとええ勝負やんけ」
「? 赤司くんは男ですよ?」
「そういう意味じゃないよ氷室くん。……自分が取り合われていると自覚している分、こっちの方がマシじゃないかなあ」
「もういいから出てけよホント頼むから」
「センパイ、敬語付け足し忘れてる、です」


 日向が今吉達に「出てけ」と言ったことで、むしろ伊月が出る気になった。そう言えば熱い。頭がボーッとするレベルだから上がった方がいい。
 そう思って立ち上がるが、頭がぐらりと揺れて膝から力が抜けた。頭から湯船に突っ込んでしまう。すぐに誰かの腕が引っ張り上げてくれた。
 自分が運ぶと言い争いながらも、伊月の体は脱衣所へ運ばれていっているようだ。

 よくもまあ、赤司はこれに耐えられるものだ――心底感心し、伊月は意識を手放した。





END.








* * *
拍手連載キセキ赤と同設定、ということで、キセキと黒子が赤司を取り合っている間に伊月争奪戦も行われていた、という感じにしました。総受け感を出しきれたかいささか不安ですが……。
リクエストありがとうございました!

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