短編3

□最大のプレゼントは
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「赤司」
 
 
 部活以外で同じ場所にいるとそそくさと踵を返す黛が、珍しく近寄ってきた。もっとも不思議なのは、すでに卒業している彼が校内にいることであるが。私服校でない洛山で青いジャケットなどを着ても人目をひかないのは彼らしさが健在している証拠だろう。そのまま廊下で立ち話が始まる。
 
 
「母校に来る人だとは思いませんでした。学校自体には思い入れがあったんですか?」
「ねえよ。俺としたことがとけいもの付録をゲットし損ねたから司書さんにもらいに行くだけだ」
 
 
 赤司はもらったことがないが、図書室の雑誌等の付録は早い者勝ちで手に入れることが出来るらしい。卒業生でもそれが適用されるとは、黛と司書教諭は仲がいいらしい。
 二言三言、黛からラノベについてありがたいお言葉をいただく。久しぶりに会ったのだからもっと話したいところだが、もうすぐ授業が始まる時間だった。卒業してそろそろ一年になる黛も時程をまだ覚えていたようで、足を図書室がある方へ向けた。
 
 
「そうだ赤司、お前今日は残業すんなよ」
「まだ高校生ですが」
「バッカ、日誌書いたりメニューまとめたりすんなってことだよ。絶対やんなよ」
「絶対するなよ、は……しろ、という意味でしたね」
「ちげえよ! とにかく実渕がやるからやんなよ。じゃあな」
 
 
 心なしか肩を怒らせ、黛は足早に去って行った。赤司も教室へ戻る。日誌云々の仕事をするなというからには何かあるのだろう。朝練で会った実渕ではなく黛が言ったのだ。しかし何があるのか考えても思い浮かばない。
 お前はそういうことに疎いね。頭の中で声がした。からかうようでもなく、蔑むようでもなく、もう一人の自分が無感動に言っていた。彼は思い浮かんでいるようで、赤司にはそれは少し悔しかった。まるで自分が劣っているようで。
 ある程度の鈍感は美徳でもあるのだから気にしない方がいい。そう言われても何がどう美徳なのか。
 もう彼は何も言わなかったが、数時間後赤司は、彼が何を言いたかったのかを知ることになる。
 
 
 
* * *
 
 
 
「あ、あのねえ征ちゃん。今日は一緒に湯豆腐食べに行きましょう?」
「……構わないが。寄り道をしてちゃんと休めるのか? 今日は実渕が日誌やメニューをやってくれるんだろう?」
 
 
 部活では敬語を使わない、ということに疑問しかなかったがさすがにとっくに慣れた。休憩時間、赤司は実渕を見上げて首をかしげた。彼と、あと葉山は三日ほど前から落ち着きがない。練習はきちんとこなしているから注意する点はないのだが、気になるくらいにはそわそわしている。
 問題ないわと実渕が笑う。少しどもっていたような気がする。赤司には相変わらず訳が分からず、ますます首をかしげることになった。
 
 
「赤司赤司ー!」
「あっバカあんたは近づいちゃだめよ! こら! ちょっと永吉!」
「おう」
 
 
 こちらにけ寄ろうとした葉山は根武谷に襟首を掴まれ止まった。葉山は赤司に近づいてはいけないらしい。新手のいじめだろうか。
 休憩が終わり頭を切り替えたが、ふとした時に違和感のような疑問は頭の端に現れた。
 練習が終わり、いよいよ湯豆腐が出る料亭へ行く。実渕が大きな手提げを持っているのが気になったが聞こうと思うほどではなかった。個室へ入ると黛がいて、付録は手に入ったのか聞くと、無言でブックレットを見せられた。
 テーブルの短い辺に座らされる。他は上座から黛、実渕、葉山、根武谷の順に座った。店員が来たので注文し、雑談――黛の大学生活や今日の授業、テレビの話題が交わされる。各々が頼んだものが届くと、黛以外が気持ち姿勢を正した。
 
 
「……早く食べないんですか?」
「う……ごめんね征ちゃん、湯豆腐早く食べたいのは分かるけどこういうのは食事前に言うものだと思ってるからキラキラした目で湯豆腐見ないで……!」
「じゃあ早く言ったげなよレオ姉」
「そうね。……征ちゃん、今日は征ちゃんの誕生日よね? お祝いよ。お誕生日おめでとう!」
 
 
 おめでとう、と実渕に続き三人が言う。葉山はいつも以上のテンションで、根武谷は笑みを浮かべて。黛は無表情なうえにさも祝う気はないとういう風な声音だが、ここに来て、そう言うだけで祝われていると感じた。ウインターカップが迫っていてすっかり忘れていた。しかも祝われるとは思っていなかったからしばらく言葉が出なかった。驚きが去ると気恥ずかしさと、もちろん嬉しいと言う気持ちが胸に湧く。気恥ずかしさからお礼の言葉は小さめに響いた。それでも彼らは嬉しそうに笑った。
 それじゃあ、と実渕が前置きし、食事のあいさつをして食べだす。実渕がおいしい、と頬に手を当て、葉山がそれぞれの具を奪取する。赤司と根武谷、黛は黙って料理を味わったが実渕らに話を振られると応えた。みんなが楽しそうにしていて、そんな団欒の光景に切ないと思うくらいにいとおしさを感じた。
 全員があらかた食べた時、実渕が手提げを己に引き寄せる。
 
 
「それじゃあ、今度はプレゼントタイムよ!」
「プレゼント……?」
「えええ赤司、誕生日って言ったらケーキとプレゼントじゃん!」
「赤司らしいっちゃらしいだろ」
「ホント抜けてんのな、お坊ちゃん」
「黙って下さい黛さん」
 
 
 そういえば、と思い出す。家ではケーキもプレゼントもないから忘れていたが、中学時代はキセキと黒子、桃井がプレゼントをくれた。
 実渕が手提げから取り出したのは白い箱だった。入浴剤が入っているらしい。お肌にいいのよ、とウインク付きで言われた。
 葉山は某電気ネズミのキーホルダーをくれた。自分だと思って鞄に付けてほしいのだろうか。
 根武谷がくれたのは焼肉食べ放題の券で、五人用だったから今度みんなで行こうと思う。
 黛はおすすめのラノベをくれた。メインはヒロインは貧乳だった。
 赤司はそれぞれのプレゼントを丁寧に鞄に仕舞った。もっと眺めていたいがそれは家でしようと我慢する。
 
 
「……ありがとうございます。嬉しいです」
「まだ終わりじゃないんだよ、赤司ぃ」
「え?」
「お友達から来てるぜ、プレゼント」
「……、え?」
「征ちゃんに送ろうとしてたみたいなんだけど、宛先を私に変えてもらったの」
 
 
 言いつつ、実渕が手提げを漁る。考えてみれば、手提げは今もらったプレゼントを入れるだけにしては大きすぎる。
 実渕は畳に七つ、物を置いた。見た途端、誰からか分かるものが五つ。懐かしいような、泣きたいような何かがせりあがってきて唇に力を入れる。
 
 
「これが黄瀬くんから。被らなくてよかったわあ」
 
 
 ハンドクリームが入っているのだと言う。実渕と黄瀬は美容の点ではよく似ていた。
 
 
「これが青峰からだってさ! 赤司って巨乳が好きなの?」
 
 
 青峰からのプレゼントはグラビア雑誌だった。中学時代と変わっていない。あれほどこのプレゼントは止めろと言ったのに懲りていない。
 
 
「これ緑間からのだろ? で、これが紫原。分かりやすいな」
 
 
 緑間からは、犬が外出時に入れられるケースだ。今日のいて座のラッキーアイテムであることは言わずとも全員が分かった。持ち手に飾りがついているのだが、それは高尾チョイスらしい。もう一つ、お菓子の詰め合わせも言うまでもなく紫原だ。
 
 
「あいつと思考が似てるみたいになって嫌なんだが……」
 
 
 黛が包装紙に包まれた四角を見下ろした。もしかしなくても黒子だ。黒子は純文学が好きで黛とはタイプが違うから、被っている心配は皆無だ。
 帰ったら携帯を見てね、と実渕が言ったから、きっと彼らからメールが届いているのだろう。帰宅の楽しみに赤司の頬は緩む。
 残った二つはケーキとクッキーだ。白いホールケーキと、チョコのような色をしたクッキー。手作りの雰囲気がした。
 
 
「ケーキは火神くんと桜井くん、クッキーは氷室くんからよ」
「……それは……」
 
 
 言葉が続かない。
 高尾も含め、キセキや黒子と特に仲がいい彼らとは、去年のウインターカップ以降赤司も交流を持っていた。しかし誕生日を祝われるほどとは思っていなかった。ある意味、洛山やキセキから祝われた時以上に驚いた。
 実渕が器用にも、使っていない箸でケーキを分けた。綺麗に六等分だ。一つは持ち帰りらしい。それにしても、よくケーキを東京から京都まで運べたものである。
 分かったかい? 脳裏で急に、彼が言った。赤司はすぐに休み時間のことを思いだし、ひとり小さくうなずいた。サプライズされる側は、鈍感な方がいいだろう。
 変わろうと持ちかけると、彼は別にいいと素っ気なく返してきた。もう一度進めると渋々と言ったように了承するあたりが緑間を思わせる。
 
 
「……お前達。ウインターカップまで一週間もないというのにこんなことをするからには、優勝するんだろうな?」
 

 突然の交代に、四人の動きが一斉に止まった。引っ込んだ赤司は、ああ言っているものの彼が喜んでいることを感じているので笑いしか出てこない。喜びを素直に表現しないのではという心配が多少はあったが。
 黛以外の三人がいずまいをただし、必ず勝つと宣言した。


「つーか自主練までやったんだしいいだろ? この時間まではやってねえだろ、練習」


 彼はそう言った黛に一瞥やり、逸らした。彼自身、今は練習も自主練も行わない時間だと分かっている。彼の先程の言葉は好意的に言えば照れ隠しである。
 彼が体から余計な力を抜いた。彼の嬉しいという感情が流れ込んできてくすぐったい。


「……ありがとう。あとは勝利を手にいれよう」


 表情を緩ませて言う彼に、赤司も笑顔になった。空気までもが弛緩する。黛が微妙な表情になっている。寡黙ぎみだが心中では饒舌な彼のことだ、「おいおいウインターカップ頑張るぞの空気になってんじゃねえよ俺は出場しねえのに」くらいは思っていそうだ。何か声をかけたいと思っていると、彼もそう思ったのか黛へ向けて口を開いた。





Happy Birthday!










* * *
間に合いました……ネタがどうしても思いつきませんでした。とある方がくださったコメントから思い付いて作った話なのですがそのことをまだお伝えしていないので、もしかしたら消すかもしれません。申し訳ありません。赤司様お誕生日おめでとうございます!

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