短編
□鷹が笑った
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伊月俊さん。
ライバル校の先輩で、オレと似た目を持っていて、オレと同じポジションで、オレの好きな人。
海常の笠松さんは、誠凛の精神的支柱は日向さんだ、と言っていたらしい。だとしたら、精神ケアは伊月さんが行っていると言える。
誠凛一の広い視野で、仲間の体調不良や悩みに気付いてケアをする。オレは伊月さん以上の視野を持っているけど、そんなことはできない。
伊月さんはいつも疲れているようだった。けれど楽しそうで嬉しそうで、充実してる、ってオーラを出していた。
「伊月さん、ブルーベリーありますよ。食べる?」
「んー」
公園のベンチで休んでいる時、オレは言った。思い出したように言ったけど、これは目を使いすぎて疲れ目な伊月さんに食べてもらいたくて、前から用意していたものだ。
差し出された手を無視して、摘まんだブルーベリーを伊月さんの唇に押し当て、中に入れる。ぶわりと頬を桃色にした伊月さんはぴゅあえんじぇる。
「男同士だぞ…」
「これくらい普通っすよ」
そうでなくとも、オレはこの人が好きなのだ。今はまだ甘い関係ではないけど。今はまだ。脈有りなのは分かってる。じゃなきゃ頬染めたりしないだろう。
オレもブルーベリーを口に放り込みながら、ブルーベリーを咀嚼する伊月さんの横顔を盗み見る。目の下に黒ずんだ隈があった。
「大変っすか? 最近」
「あぁ……でも、季節の変わり目だからかな、体調崩しかけてる奴が多くて、」
それを、それとなくアナタがフォローするわけだ。
「不安定になっちゃう奴もいて」
それを、アナタがそれとなく聞き出して元気づけるわけだ。
「頼まれ事を引き受ける。それだけだよ」
「ぜんっぜん、『だけ』じゃねぇ…」
「そう?」
「そう。オレなんか、真ちゃんの我が儘聞いてるだけっすよ」
「チャリアカー引いたりラッキーアイテム手に入れたり? 十分すごいぞ、それ」
すごくない。オレは言われたからできるだけで、言われない異変を察知して解決することはできないから。
だから、伊月さんを尊敬する。けど心配もする。
みんなに気を配りすぎて、いつかどうにかなっちゃわないか、心配だ。
伊月さんは頼られるけど、頼らない人だからから。
* * *
最近、誠凛がますます強くなった。
そして伊月さんから、楽しそうで嬉しそうで、充実してるオーラは消えていった。
伊月さんは愚痴も弱音もこぼさない人だから、何も言わない。けどオレは知ってる。
木吉鉄平の帰還と、それに伴う誠凛の変化が原因だろう。
誠凛は木吉に頼るようになっていったんだ。キャプテンもカントクも、後輩も同級生も。
客観的に誠凛を見ていたオレは知ってる。誠凛の奴らが伊月さんを大好きなこと。愛情か恋情かまでは知らないが、アイツらはあの人が大好き。特に眼鏡とミスディレ。
きっと、木吉が帰ってきたから浮かれているんだろう。少し経ったら、今までと同じような誠凛に戻るはず。
だけど、いつまで経っても、伊月さんに明るい感じは戻らない。
「最近真ちゃんの我が儘が減ってきて、さびしーんですよ。だから伊月さん、なんか悩みとかありません? あったら聞きたいっす」
真ちゃんの我が儘は健在だけど、そう言った。こう言えば多分、伊月さんはオレの為に悩みを言ってくれる。出来ればもっとオブラートに包んで言いたかったけど、そのスキルはオレにはなかった。
思った通り、伊月さんは少し迷ったようだが口を開いた。ブルーベリーを食べた公園のブランコを、きぃと揺らして。
「……ちょっと、ぽっかりした気分なんだ。木吉がいるなら、オレはいらないかな、って」
それだけ口にした後、伊月さんは「愚痴みたいで感じ悪いよな」と苦笑いした。
「オレが愚痴ったら、伊月さん、オレのこと軽蔑します?」
「は? するわけないだろ」
「オレもっすよ。だから、続けてください」
愚痴りすぎたら感じ悪いかもしれないけど。たまには愚痴っていいじゃないか。
愚痴られないのは、頼られないのは、信頼されていない気がして寂しい。
「…みんな、木吉を頼るんだ。オレを頼らなくなった」
頼られないのは、信頼されていない気がして寂しい。
急に頼られなくなった伊月さんは、オレ以上に寂しいんだろう。
何やってんだ誠凛。この人が大好きなくせに、いつまでも木吉ばっかかまって。どうしてこの人を後回しにする。
今まで頼られてきたのに頼られなくなったらどう思うか、考えたら分かんだろ? どうして考えない。
なあ誠凛。そんなんだったら、
「伊月さん」
オレが、
「好きです」
この人を、
「……オレ、も」
もらってやる。
END.
(オレならこの人にこんな顔させない)
* * *
シリアスっぽいです。本当はもっと、高尾が伊月を大好きな感じとか、伊月が悩んでる感じとか書きたかったのですが。文才が追いつかなかったので割愛。