短編

□リボン・ドット・レース
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「敦。買い物に付き合ってくれ」

「りょーかいー」


 部活に必要なものを買いに行く時、学校帰りに本を買う時。はたまた駄菓子巡りに付き合う時。
 赤司と紫原はいつも一緒に買い物をしていた。店に入った時紫原が隣にいないことなんて、数えるくらいしかなかった。
 だからだろう。冬休みを利用して帰省していた赤司は、同じく帰省していた紫原を買い物に誘った。


 そして。今赤司は猛烈に後悔していた。買い物に紫原を伴おうとする自分の癖じみた意識を、とても恐ろしく思った。
 白や水色や桃色や紫、黄色や黄緑や赤、黒など、多くの色でいっぱいの店内。キセキも真っ青のカラフルさ。照明が眩しい。


 絶句した次の瞬間、今日買う物を思い出す――下着だ。


 店内に入るまで思い出せなかった自分が信じられない。目的地であるランジェリーショップに着けたのに、そこがランジェリーショップだと忘れていたとは、一体どういうことなのだろう。

「…ここで買いものするの?」

 上から降ってきた声に、ハッと顔を上げる。紫原が眉尻を下げて赤司を見つめていた。ちょっと照れているようで、可愛い。

「……すまない。僕としたことが、下着を買うことを失念していた」

「したぎ…」

「ああ。中学から使っていたのがいい加減くたびれてしまっ、て、……」

 焦ってものすごく余計な情報を喋ってしまった。らしくない。
 ちなみに。これも余計な情報であるが、紫原と寝る時はきちんと勝負下着というものをつけている。白くて、リボンが一個ついているだけの物であるが。
 いい加減高校生らしい下着を身につけよう、と思い立ってここまで来た。が、同伴者を間違えた。
 熱くなった耳を冷ますように片手を耳に当て、色づいている可能性が高い頬を俯いて隠す。

「本当にすまない。敦、近くに本屋があったから、そこで時間を潰し――」

「オレも選ぶ」

「…………………………は?」

 今、なんと。
 思わず顔を上げると、なんだかやる気に満ちた目をした紫原がいた。すごくイキイキしている。
 オレもえらぶ、と。紫原はもう一度言った。赤司は目眩がするのを感じた。紫原は、何を買うのか理解した上で言っているのだから。
 くい、と手を引かれる。

「たしか、店員さんに大きさはかってもらうんだよね?」

「そうなのか? ……って、なぜお前が知っているんだ敦」

「峰ちんが言ってたー」

 なぜ知っているんだ大輝。

 近くにいた店員に頼んで、バストとアンダーバストを測ってもらう。

「Aの60ですね。細いですね〜」

「…ありがとうございます」

 Bに届くかもしれない、と期待したのだが。絶望した。
 それを察知したのか、店員は「あと一センチ大きければBですよ」と教えてくれた。嬉しいのか嬉しくないのか分からない。


「彼氏さんですか?」


 顔面が爆発したかと思った。顔中真っ赤なことを確信する。
 ここは否定と肯定、どちらを取るべきなのか。しどろもどろに紡ぐ母音は、店員に答えを教えられていない。
 横の紫原が平然と肯定し、顔に集まる赤に卒倒しそうになった。これ以上赤くなったら死ねる。
 店員は「まあ」と微笑みを深くした。そこには、小馬鹿にする色も呆れる色もなかった。


 紫原の服を掴んで店員から離れる。ベビードールだらけの場所まで来て、手を離した。
 何をどう言えばいいのか。気まずく思っていないだろう紫原を前にして気まずく思う赤司は、所在なく視線を漂わせた。
 気まずい思いから解放されたい、という赤司の願いが通じたのか。

「オレ、選んでくるね〜」

 と言って、紫原はカラフルの向こうに消えた――いや、彼の長身はちょっと離れたくらいで見えなくなるものではないのだが。
 残された赤司は、手を頬に当てて熱を冷ます。手足末端冷え症はこういう時役に立つ。
 深呼吸を一回して、自分もまた、カラフルの中に消えに行った。



* * *



 黒地にグレーの横縞が入ったものと、グレー地に黒いリボンが一つと申し訳程度のレースがついたもの。赤司が選んだのはこの二つだった。
 さて紫原を捜そうと、店内をうろうろ歩く。


「あ。赤ちーん」


 間延びした声につられて右を向くと、紫原がこちらに来るところだった。手には三つの明るい色。赤司は思わず眉間にシワを寄せた。

「…まさか、それを買えと…?」

「うん」

「……似合わないだろ……」

 薄ピンクの生地に白い水玉、レース。水色の生地に、生地より濃い水色のリボン。黒地に白の水玉、白いレース、紐と生地の境に黒、三角の合間に白のリボン。
 全て、かわいい系の物だった。

「敦、こういうのが趣味なのか?」

「んん? わかんないけど、赤ちんはこーゆーの似合いそうだな、って」

 つまり趣味らしい。今度からかわいい系の服のレパートリーを増やそうと思う。
 だがしかし、こんなかわいい系の、かわいい女の子が着るようなものは買えない。服と下着では訳が違う。
 赤司は自らが選んだ二着を胸元に引き寄せた。

「悪いが買うものは決まっている。この二つを……」

「はい赤ちん」

「…………」

 まるで話を聞いていないかのように、紫原は三着の下着を赤司に押しつけた。彼のことだから話を聞いていないわけはないのだが。だが赤司の話を遮ったのは確かで、つまり余程これらを赤司に着てもらいたいらしい。
 下着を押しつけられたままの形で固まっていると、紫原は不安そうにこちらを見つめてきた。赤司が弱い彼の顔の一つだ。


「……買ってくれないの?」

「そんなわけないだろう」


 思わず即答してしまい後悔する。
 ただ、赤司の言葉を聞いた瞬間の紫原を見て、後悔は千切れて霧散した。



* * *



 明日、着てるとこ見せてね。


 帰り道、繋いだ手の先で紫原は言った。赤司は即座に頷く。
 既にとってあった、帰りの新幹線の席は無駄になりそうだ。京都に戻るのを一日先伸ばしにして、赤司は淡い色が詰まった紙袋をこっそり抱きしめた。



END.



* * *
赤司♀は甘エロというかエロカワというか、そんな下着が似合いそう。でも大人になったら甘の部分とカワの部分は若干減りそう。というのが現在の私的意見。

 

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