短編

□花のショコラ
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 毎週月曜日と木曜日は、憂鬱で浮わついた気分になる。




 部活を終えて制服に着替えて外に出る。最近は五時を過ぎても西の空は明るめだ。吐く息の白は薄い。
 あ、と。隣を歩く日向が、思い出したように、どこか思わせぶりに声を上げた。オレと木吉と黒子と火神――そこにいた全員が日向を見る。

「…今日、月曜だな」

「そうだな」

 オレに言った言葉だと分かったから、返事をした。月曜だな。そう言った日向の顔は、クラスの男子がカップルを冷やかすソレによく似ていた。
 黒子が「ああ」と納得したように頷いたのと、火神が首を傾げたのは予想通り。木吉が「深◯イ話の日だな」と言ったのは、うん、予想外。木吉の言葉が予想外だという予想は当たったけれど。
 校門に差しかかって溜め息を吐く。予想通り、門には人がいた。ウチとは違うタイプの学ランを着た、平均身長を超えた男。誠凛バスケ部集団の中にオレを見つけて大きく手を振ってきた。


「伊月さんっ、久しぶりっすね!」

「…うん、たったの四日ぶりだな」

「やだひどいっ」


 高尾泣いちゃう! と顔を両手で覆う、高尾和成。
 仲いいなあ、と木吉が言った。じゃあな、と日向。お疲れさまでした、と黒子と火神。皆が帰っていって、校門にはオレと高尾が残った。

「……お前、本当何でここに来るんだ」

「練習早く終わんのが月曜と木曜なんで」

「そうじゃなくて…」

 溜め息を抑えられない。来るなと言っているのに、高尾は週二日、オレを迎えに来ることをやめない。
 オレだって。同じポジションで似た目を持っている(オレの方が性能が下でたまに劣等感が湧いても)他校の後輩に好かれて悪い気はしない。高尾のこと、嫌いではないのだから。
 ただ素直に喜べない。それは、かまってもらいたいけど天の邪鬼にツンとする子供と似た気持ちが、理由の半分。


「それに、伊月さんが好きですから! キスしたい方の意味で」


 恋愛的な意味での好意を向けられているから、がもう半分。
 すごく、居心地が悪い。気持ち悪さは不思議と感じないけれど。どう居心地が悪いかというと、むず痒い、怖い感じ。いい表現が見つからない。オレはきっと、語彙が少ないのだ。
 好きと言われた時、オレはだんまりを決め込む。高尾はいつも、それ以上深く突っ込まず、帰路へとオレの手を引く。寒いですねと鼻の頭を赤くして。お前、いつからオレを待ってるの。風邪ひくなよ、大事なレギュラーなんだし。
 心配を口に出せないまま、ただ高尾のマシンガントークに相槌を打つ。もう日常と化した、週二日の帰り道。

「来週、バレンタインっすね」

「…ああ、そうだったな」

 急に変わる話題に付いていく、という順応性を高尾により身に付けさせられたオレは、目を伏せて去年の二月十四日を思い出した。靴箱や机に詰め込まれたカラフルな箱。周りからの羨みとやっかみの(本気の悪意はなかった)視線。箱と共に贈られた告白と、突き返した時の悲しそうな顔。今年は袋を用意した方がいいだろうか。

「よければオレにくれ――」

「ません」

「ひどっ」

 大袈裟に傷ついた素振りをして、高尾は笑う。高尾が傷つく時っていつだろう――試合に負けた時、かな。負の感情をオレに見せない高尾。だから、偽っているように感じる。
 いつもの別れ道を踏んで、高尾と別れる。体調崩さないように、と心配されてやっと、お前もな、と返せる。返す形でしか贈れないのかオレは。

 隣に騒がしさがいない、一人の道。寂しくない、けど、静かだな、とは思った。



* * *



「今日は来てないんだな、高尾」


 少し目を丸くする日向に、そうだなと軽くこたえる。毎週月曜と木曜に、いつもいつも来れる方がどうかしてる。
 久しぶりに、木曜の帰り道を皆と歩いた。人数が多いからこっちの方が騒がしい。けれどどうしてだろう、嫌に静かだ。高尾がいないから――そんなことはない。火曜も水曜も金曜も、高尾と帰ったことはない。けど、静けさを感じたりはしなかった。


 月曜日。


 今日も、高尾は、来なかった。体調を崩したりしていないか、さすがに心配だ。気になって、様子が知りたくなって、気付く。


 オレは高尾の連絡先を知らない。


 秀徳の一年、鷹の目持ちのバスケ部レギュラーPG10番。
 それだけ。知ってるのは。
 どうしよう。
 すごく怖くて、胸がゾワッとした。


 水曜日。


「…恋、ね」

 休み時間、目を輝かせてカントクが言った。わざわざ他クラスに来てまで言う言葉ですかそれは。
 カントクは会わせた両手を頬に当てて、

「好き好き言って決まった曜日に来てたのに来なくなって、」

 両手で自分の体を抱きしめて、

「胸にポオッカリ穴が開いて、」

 その場でくるりんと回って、

「高尾君が気になって仕方なくて、好きって気付いたんでしょ!」

 腕を組んでふんぞり返った。
 大体合ってるけど、大声で言うのは止めてほしい。
 カントクもやっぱ女子なんだなあ…恋バナ好きなのか。


「……好きかもしれないとは、前から思ってたよ」


 あらまあ、とカントクが更に目を輝かせた。
 そう、オレはちゃんと、薄々自分の気持ちに気づいていた。頑張って目を逸らしていたけど。だって認めたくないんだ。
 高尾は掴めない。大体の表情は笑み。木吉もそうだけど、アイツの笑みは本心からだ。高尾の笑みが嘘とは言わないけど、アイツのはたまに偽ってる。高尾の本心は分からない。
 アイツの「好き」が信じられないのだ。
 実は嘘だったら、からかいだったら。考えるだけで怖くなる。

 カントクはそんなオレを見て、「明日はバレンタインね」と呟いた。そして悪どい笑みで、むふふと言った。



* * *



「…お、今日は来てるな」


 日向が言う三秒前には気付いてた。オレは「そうだな」と簡潔に返し、いつもよりちょっと早めのバイバイをして、高尾のところへ行った。何を言ったらいいのか分からないから、何も言わないで高尾の腕を引いて歩く。高尾に名前を呼ばれたけど、近くの公園に入るまでは止まらなかった。
 ベンチに高尾を座らせて、鞄から箱を出す。赤い包装が施されたチョコ。店の物だ。手作りする勇気はなかった。
 高尾をの膝にソレを落とすと、へ、と上がった間抜けな声。試合以外で初めて見た、高尾の笑み以外の表情。


「……オレは、お前が好きだよ。キスしたい方の意味で」


 もらってから返すばかりだったけど、今回だけは、もらわなくても自分から。


「だから、からかって『好きだ』って言ってるなら止め――」

「本気ですよ!」


 高尾が立ち上がってオレを見る。試合で見せるような、鬼気迫ったような顔。間違っても笑みじゃない。
 うん、信じる――そう言うと高尾はまた笑みを広げた。もう、高尾の笑みを見ても怖くない。

 食べていいですかと高尾が言った。頷くと包装紙を綺麗に解いて、わお、と感嘆の声を上げた。店の品なだけあり、なかなかに立派なチョコなのだ。この時期にチョコを買うのは勇気がいった。
 来年は手作りがいいです、とねだる高尾に頷いたからには、次こそはちゃんと作ってやろう。



END.









* * *
バレンタイン話だからか比較的甘めです。高尾が一歩間違えれば軽度のstk←

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