短編
□夭逝する留め具
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春休みとか夏休みとか冬休みとか、もしかしたらゴールデン・ウィークも――とにかく長期休暇には、地元から離れた土地で暮らす人がよく帰ってくる。しかし、長期じゃなくても帰ってくる人はいる。創立記念日が月曜と重なり三連休となったことを利用し、赤司っちは金曜の夕方、東京に帰ってきた。
『明日正午にマジバ。予定がある場合は言って』
そんなメールが届いたのは、部活も終わり家に帰った土曜の夜。冬休みにみんなで遊んだばかりだけど、赤司っちと紫原っちには滅多に会えないから、もう一度集まって遊ぶのもいいかもしれない。
そう思いながらメールを読み返したら、それがキセキに一斉送信ではなく、オレだけに送信されたものだと気付く。個人面談。オレ何かしたっけ。まさか前回会った時「赤司っち全然変わってないっスね」って言ったこと? 身長的な意味にとられた? 死亡フラグが乱立する。
ごめんなさい予定があります、と返信したいけど、そしたらこの人はまた今度に話を持ち込んできそうだ。
仕方ない。赤司っちの言うことは絶対だし、オレも男だし、腹を括ろう。
死地へ向かう返事となる返信文を、震える指で作る。
大好きな恋人の顔が瞼に浮かんだ。
黒子っち、元気で。
* * *
「大輝がセックスしてくれないんだ」
「ぶはっ」
マジバで会って、注文して、注文の品を手にソファタイプの席に座って。頼んだシェイクを啜る前に、赤司っちは暴露した。むせたオレに「汚い」の言葉。誰のせいだと。
シェイクにむせるオレの目の前でシェイクを優雅に飲み、赤司っちは目を伏せた。物憂げなその顔の一部分から吐かれた言葉は下ネタ。
ようやく、自分が呼ばれた意味を知る。同じ男と付き合っているオレに相談したいんだろう。死亡フラグが折れる。でもオレ上なんスけど。
「……まさか赤司っちが上!?」
「僕が下だと思うけど……そういえば決めてなかったな。だからセックスできないのかな? 僕が大輝を押し倒した方がいいの?」
「やめてください吐きそうっス」
青峰っちが赤司っちに向ける愛情は上が下に向けるものと同じだし、青峰っちが喘ぐとか考えたくもないし。赤司っちが下で間違いない。
しかし意外だ。性欲においては赤司っちより魔王な青峰っちが、久しぶりに会った赤司っちを押し倒さないなんて。赤司っちにも理由が分からないということは、喧嘩したわけでもないだろう。
じゃあ、なんで。親身に考えるオレの耳に、爆弾が飛び込む。
「付き合ってもうすぐ三年なのに、何で押し倒してこないんだろう…」
「っ、ぶ、っはぁ!? げほっ」
むせた。盛大にむせた。唇からシェイクが垂れる。「汚い」だから誰のせいだと。
プラトニックは一時的ではなく、今までずっとらしい。オレには、どうしてここ三年槍が降らなかったのか不思議で仕方ない。だって、ね、あの性欲大魔神が。…大魔人ではなく大魔神であるところが重要ポイント。
赤司っちがシェイクを啜る。ずるずる音が立った。赤司っち、もう中身ないよそれ。
ああでも、感慨深いというのかな。性の匂いがまるでなかった赤司っちが、こんな相談をしてくるなんて。一気に、協力したいという気持ちが湧き出る。
「今まで誘ったことはあるんスか?」
「言葉にして誘ったことはない…」
ぽそりと言って、またストローを咥える赤司っち。ずるずるずる。だからそれもう空っぽだって。
「…でも、行動で示したことは…」
「へー、たとえば?」
「大輝のベッドで寝たり、」
「ほう」
「休日の朝、大輝に跨がってキスで起こしたり、」
「…へっ?」
「ああ、昨日は風呂上がりにバスタオル一枚で大輝の前を歩き回ったよ。さすがにあざといよね」
「…………オレ、バスケ以外で初めて青峰っちを尊敬したっス」
全然あざとくない。健気でいいじゃないっスか! オレだったら「ベッドで寝る」の時点で理性が切れる。よく耐えたもんだ。できることなら青峰っちに祝杯を捧げたい。
けれどどうして、青峰っちは赤司っちを抱かないのだろう。誘われてさえいるのに。…オレには青峰っちの頭をコピーすることはできないけど、理由はきっと、がっつきそうで怖いから、とかだろう。
まあ青峰っちの考えは関係ない。赤司っちの悩みを軽くするのが、今のオレの最優先事項だ。オレが赤司っちに頼られるなんて一生に二度あるかどうかだし。
「……今日ってバレンタインっスよね」
マジバの向かいにあるお店の看板に、ハート型のチョコをデコした写真が載っている。黒子っち、オレにチョコくれるかなあ。
赤司っちはオレの視線の先を辿って「ああ」と答えた。「ちゃんとチョコは作った」と。「涼太にもあるよ。テツヤにも渡しておいてくれ」――手作りチョコを二つ渡された。どこかでガタンと音がする。
毎年友チョコとしてもらう桃っちのダークマターより、というのはもちろん、普通のチョコより上手。そんな美味しそうなチョコを見ていると、オレの頭にひらめきが舞い降りた。
「自分にチョコぶっかけて『僕ごと食べて』って言えばいいっスよ」
「却下したい上涼太に刃物を投げたくて堪らない意見だけど――それしかないなら…」
「ごめんなさい冗談っス。…………にしても、本当意外」
テーブルに額をつけてから気を取り直して言うと、赤司っちは首をかしげた。何が、と目で聞いてくる。
「赤司っちがセックスしたがるところが。淡白なイメージだったから」
「…別に、セックスしたいわけじゃない。大輝としたいんだ。それに、しないと、やっぱり男じゃダメなのかと不安になる……」
そこまで言って、弱音を吐いたことに気付いたのか、赤司っちはハッと顔を固くした。そして空の紙コップを片手に逃げるように立ち上がる。気が晴れた、ありがとう、とらしくなく言ってきた。オレが無難に返事をして手を振ると、赤司っちは苦笑のように微笑して出ていった。
「据え膳食わぬは男の恥、っスよねえ」
誰にともなく言うフリをして、正面にいる青い頭に言う。いつからか赤司っちの後ろに席をとっていたその人は、何も言わず席を立った。
その人の正面に座っていた愛しい恋人が、柔らかく口角を吊り上げた。