短編

□ご褒美はチョコ
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 冬の半ば、一月の下旬。三年生0学期、なんて言われる、中二の三学期。
 現在、赤司と紫原は、赤司家の赤司の部屋で勉強中だ。といっても紫原は既にやる気をなくしてまいう棒をばりぼり消費するだけの巨体になっている。赤司はばりぼりをBGMに数学の問題を解いていた。赤司には考えるまでもなく答えまでの道が分かるから、こんなものは勉強ではなく作業だ。
 つまり、勉強している者はこの部屋に一人としていないのである。
 まいう棒を一本食べ終えた紫原が、閃いたように虚空を見据えた。


「…チョコが食べたい」

「生憎、今現在家にチョコはない。そして勉強しろ」

「赤ちんのチョコがたべたいのー」

「オレのチョコ…?」


 シャーペンを動かす手を止めて紫原を見る。おねだりする子供の顔をしていた。
 ひたすらに文字や記号や数字を書き連ねていた手はいい加減疲れぎみだ。なら、紫原の話を聞きながら回復を――赤司はシャーペンを机に置いて、完全に聞き役のポーズをとった。

「赤ちんが作ったチョコを食べたい」

「…なぜ?」

「バレンタイン」

 ああ、と得心する。そういえば、二週間後はバレンタインだ。日本中が製菓会社の陰謀にはまる日。赤司は陰謀にはまるまいと足掻くつもりだったが、恋人はどうやら、自分のチョコをご所望らしい。だったら、作ってやらなくもない。
 作ってやる。そう答えた瞬間、紫原は嬉しそうに立ち上がった。大袈裟にはしゃぐその姿を見て、少し悪戯心が湧く。

「…ただし。条件付きだ」

「じょうけん?」

「五日後の学年末前テスト。平均点以上をとったら、だ」

「へーきん…」

 学年末前テスト。
 数学に無駄に力を入れている帝光中は、中間・期末・学年末テストだけでは、数学の範囲が以上に広くなり、生徒が可愛そうなくらい忙しくなる。なので学校が、処置として中間と期末、期末と学年末の間に、数学だけを範囲とした「期末(学年末)前テスト」を設けた。これにより、テストごとの数学の範囲は多少減った。
 もちろん、期末(学年末)前テストを作るくらいなら数学から力を抜いてくれ、というのが生徒の願いだろう。しかしさすがにそれは無理な話である。

 とにかく。勉強が苦手な部類に入る紫原は、テストで平均点以上をとらない。とるとしたら赤点である。
 そこでこの条件だ。いい案である。実際、条件を提示した途端、紫原はまいう棒片手に数学を勉強しだした。
 満足げに頷きながら、赤司も「作業」を再開する。数学は紫原がもっとも苦手とする科目だが大丈夫だろうか――と今更の心配をしながら。



* * *



 結果として。
 紫原は平均を越える点を叩き出した。やはり紫原はやればできる子だな――と思いながら、感慨深く、自室で46の数字を眺める。紫原の場合、やらせることが大変なのだ。ちなみに無論、赤司は満点だ。
 テスト結果を、投げたフリスビーを拾って戻ってきた犬のように渡してきた紫原の顔が、瞼に浮かぶ。嬉しそうに、期待に満ち溢れた顔で、赤司に抱きついてきた。
 今度はこちらの番である。隈ができていた紫原の目元を思い出しながら、彼のテストを鞄に仕舞う。
 チョコ作り――菓子作りなんてしたことがないが、なんとかなるだろう。家庭科の成績は5だ。
 材料は買ったし、レシピもある。だから失敗はしない。

 赤司は腕をまくって台所へ向かった。



END.



(ほら、チョコだ)
(うわーありがとー……ってあわわわわわどうしたのそれ!)
(調理中に切った)
(うわあああああ赤ちんの手が傷だらけ…!)









* * *
バレンタインに間に合わせたくて急いで書いたらこれ。紫赤好きなのに書けないです。好きなのに。

 

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