短編

□気持ちも想いも込めました
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「――火神。話がある。できれば二人きりで」


 そう先輩である伊月に言われたのは、練習が終わり、全員が制服に着替え終え、さあ帰ろう、という時だった。
 ゆえに二人は夜の体育館に残り(眼鏡を割る勢いで驚いた日向はカントクが強制連行した)、向かい合っていた。伊月とこうして向き合うのは恐らく初めてで、新鮮で、火神はぼんやり、彼の男とは思えないキューティクルを眺めた。
 伊月が目を閉じて、荒れてもいない呼吸を整える。そして目を見開き、鷲の目を発動させ、「チョコをちょこっとちょこちょこ作りたい! ……じゃなくて!」と頭を掻いた。二月も半ばの寒い時期に極寒ギャグは勘弁してほしかった。なぜ鷲の目を発動させたのだろう。


「チョコの作り方、オレに教えてくれないか?」

「…え、いい、けど。…伊月センパイ、料理はそこそこできるんじゃねえの…ですか?」

「菓子は作れない」


 開き直ったように伊月は言った。料理はできて菓子作りはできないというのは甚だ謎だが、火神は快く了承した。ダジャレは面倒だが尊敬する先輩の頼みである。
 どうしてチョコを作りたいのか聞くのは止めておいた。きっと野暮というものだ。三日後はバレンタインデーだから。
 じゃあバレンタイン前日の十三日に、と約束して、材料を買いにスーパーへ行こうとした時。
 火神のケータイがブルブル震えた。メールかと思って放置していたら、鳴り止まない。電話だ。既にかなりの時間震えているから、切れてしまうかもしれない――伊月に断ってから慌ててケータイを耳に当てる。


『やあ火神大我』


 果たして。相手を確認せずに出たことを後悔すべきか否か。
 ただ一つ、ここで通話を切ったら後悔することだけは分かった。絶対、身の毛のよだつ制裁を加えられる。
 相手は、きっと無表情で、電波で声を送ってきた。


『僕にチョコレートの作り方を教えろ』



* * *



「…まず、二人の得意料理を教えてくれ。あ、センパイは得意な菓子で」

「「炭」」

「何で!?」


 二月十三日、火神宅。
 火神と赤司と伊月は、キッチンに立っていた。既に材料は揃えられている。
 火神は黒子との会話を思い出す。『赤司君の成績はオール5です』どうやって家庭科で5をとったのだ。まさか10段階での5――


「失礼なことを言うな。5段階での5に決まっているだろう」

「…声に出てた?」

「どうやって家庭科の、というところからな。テストで満点をとって、他の分野で高評価を得て、調理実習を他人にやらせていたら5くらいとれる」

「最低だな!」


 怒鳴ってからハッとする。今はチョコ作りに専念しなければ。日が、暮れるを通り越して昇ってしまう。
 気を取り直して咳払い。自分はどうして赤司にもチョコ作りを教えてやろうと思ったのだろう――降旗が可愛そうだからだ、きっと。
 作るのは、比較的簡単な生チョコである。生クリームと溶かしたチョコを混ぜて、冷やすだけ。後は適当な大きさに切るか型でくりぬいて、お好みにデコレーション。
 赤司にチョコを切らせ、伊月に生クリームを温めさせる。簡単だから、自分の教えなんていらないと本気で思った。
 しかしその本気の思いは、すぐ覆させられる。

「っおい赤司! なんで両手でかまえてんだ!? 剣じゃねえんだぞ!」

「刃物の扱いは任せろ」

「任せらんねえええ」

 赤司に包丁の使い方を教える。片手で持って、もう片方は切る対象を押さえるのに使って。刃を手前に引きながら切る。
 危なっかしくも赤司が包丁を使い出した時、「あっ」と伊月が声を上げた。見ると生クリームが顔にベッタリ飛び散っている。絞り袋の口は下に向けるのが当然なのに、伊月はなぜか上に向けていた。それは顔面に飛び散るわけだ。
「伊月さん、ちょっとこっち向いてください」

「ん?」

 パシャ、と赤司のケータイがフラッシュを焚く。

「何してんだ赤司…」

「日向さんホイホイをちょっと、な」

「…………」

 オレは突っ込まない、と無視に全力を注ぎ、伊月が無事に生クリームをボウルに入れるまでを見届ける。
 そしてボウルがオーブンに入れられるのを全力で阻止した。

「何でオーブン使うんだ! です!」

「火神んちオーブンあるんだな。すごいな」

「話が噛み合ってねえええ」

 湯煎の用意をして、ボウルを鍋の湯に浸からせる。何故か感心したように湯煎を見る伊月から赤司へ目線を移して、――卒倒しかけた。

「指! 血ぃ出てるぞ! しかも何で両手の指全部!?」

「安心しろ。傷は浅い」

「まな板が血だらけ!」

「まな板で学ぼう…キタコレ」

「日向センパイこっちだ! です!」

 チョコには一滴もついていないところは、さすがと言っていいのだろうか。
 伊月に赤司の手当てを頼んで、湯煎に刻んだチョコを入れる。これくらいは自分がやっても大丈夫だろう。チョコと生クリームを混ぜていると、二人が戻ってきた。赤司の指は全て絆創膏が張られていて、痛々しかった。
 溶かしたチョコと生クリームが混ざり合った物体入りのボウルを、それより一回り大きい、水を注いだボウルに入れる。
 二人にチョコを型へ流し込ませ、それを冷蔵庫へ。これで一通りは終わった。後は、チョコを切ってデコレーションするだけだ。切るのは伊月にさせよう、そう思った。



* * *



「チョコ作りがこんなに大変だなんて思わなかったよ」

「ああ、全くだ」

「……やっと…できた…です」

 どうしてかデコレーションでもなんやかんやあったが。無事、生チョコは完成した。ラッピングも済んで、後は渡すだけだ。
 伊月と赤司が、精神的に満身創痍の火神を見つめる。


「ありがとう火神。これでちゃんと、日向に渡せる」

「礼を言うよ、火神大我。今度コーチしてあげる」


 こうしてみると、伊月センパイやっぱり人間できてるなぁ――と思う火神だった。



 
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