短編

□願ったら会えた
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 左を見て、右を見て、前を見て、後ろを見て。その場で回って前後左右斜めのすべてを見た。
 見慣れた頭はどこにもない。頭のうち一つが見つかりにくいのは分かっているが、他の三つも見つからない。


 はぐれた。


 この歳にもなって迷子かよ、と頭を抱えて途方に暮れる。どうやって合流すればいいのだろう。一足先に全体の集合場所であるホテルに行けばいいのだろうか。だがホテルの場所が分からない。そもそもどうして迷子になった。普通に、黒子達の後をついて回ったのに。黒子以外のメンバーまで、ミスディレクションしたようにいなくなった。
 そうだ携帯――手袋を右手だけ脱いで、すぐ上着の右ポケットに入れる。手袋で太くなった指で間違ったボタンを押すと面倒だ。



「――火神大我じゃないか」



 左側から声がして、掴んだケータイを引っこ抜く手が止まる。
 声のした方を向く。この京都・奈良の修学旅行で、会えるはずがないと分かっていながら、会えたらいいと願った相手が、近付いてくる。


「WC以来だね。学校は? サボり?」


 赤司征十郎は、数秒で火神の前に来て、首をかしげた。
 火神は「修学旅行だ」と答えた自分の声の掠れ具合に死にたくなった。裏返らなかっただけマシと言える。
 赤司は興味無さそうに「ふぅん」と頷いた。今は平日の昼前なのに、赤司の方こそどうしてここにいるのだろう。訊くと、洛山の一学年はインフルエンザで学年閉鎖なのだという。何となしに街をふらついていたら火神を見つけたらしい。
 灰色のシャツに、黒いネクタイとベストと綿製のスラックス、コート。そして手ぶらということは、一度帰宅して、また外に出てきたようだ。

 で――赤司が良く言えばおかしそうな、悪く言えば嘲るような笑みをする。


「修学旅行は基本的に単独行動はしないのだけど……迷子?」

「そうだよ悪かったな」

「テツヤと同じ班?」

「ああ」

「僕がテツヤに連絡をとってやりたいところだけど……ケータイは寮に置いてきてしまった」


 心の底から安堵する。会ったからには、もっと赤司といたかった。黒子に連絡されて合流できてしまうのは嫌だった。
 せっかくだから。と。火神から目を離して赤司の唇が動く。



「僕が京都の街を案内してやろう」



* * *



「なあ、なんで誰も飛び降りねーんだ?」

「妙なことを大声で言うな。“清水の舞台から飛び降りる”のことを言っているならそれは、思いきって大きな決意を大きな決断をすることのたとえだよ」

「物知りだなオマエ」

 清水寺から見える圧巻な景色に地味にはしゃいでいると、「記念写真でも撮ってやろうか」と提案された。頷くと手を差し出される。意味が分からずじっとしていると、不可解そうに眉をひそめられた。

「カメラを渡せ。撮るから」

「……あ、そういうことか。いや、オマエに渡すんじゃ意味ねーだろ」

 近くにいた英語で会話している二人組に話しかけ、写真を撮ってもらうよう頼む。なぜ外国人に、と後ろで声がした。だって、英語の方がまだ敬語を使える。
 清水寺を背景に赤司と並ぶ。はいチーズ、と外国人がチーズを発音よく言ってシャッターを切った。礼を言ってカメラを受け取り、写真を確認――しようとして腕を引っ張られた。

「そろそろ昼食にしないか?」

「あ? …おお、もう一時過ぎか……」

「いい店を知っている。値段も手頃だ」

 舌が肥えてそうな赤司の言う「いい店」には期待が募るが、金持ちそうな赤司の言う「値段も手頃」には不安しかなかった。
 そして、赤司の案内で歩いて二十分。


「湯豆腐…?」

「肉もあるから安心しろ。…でも、湯豆腐食べないなら親でも殺す」


 思わず頬に手を当てる。鋏の冷たい感触と、遅れて来た無視しにくい痛みを思い出す。
 冗談だよ、と軽く笑い、赤司は店の暖簾をくぐった。冗談でなければ困る。
 火神も、彼に続いて店に入った。



* * *



 味なんて大してないと思っていた湯豆腐は案外美味しかった。伝えると赤司は、だろう? と嬉しそうに笑った。


 店を出て、他の京都の名所を回った。日が暮れだす頃には名所は回り終えていて、二人は人気のない公園にいた。ベンチに並んで座る。ベンチが小さいから赤司との距離が近い。


「今日はありがとな。案内」

「僕が好きでやったことだよ」


 会話が途切れた。
 昼間はまだ話すこともあったのに、今は沈黙だけが二人を取り巻いた。
 頬にいきなり冷たいものが触れる。びくりとしてそれに手を重ねると、その正体が赤司の手だと気付いた。


「治ったようだね。痕も残らず」


 WCでついた傷のことだと、すぐ分かった。赤司は申し訳なさそうな顔も残念そうな顔もせず、真剣にも見える無表情で火神を見上げている。
 赤司の手が、火神の頬に。火神の手が、そんな赤司の手に。重なっていて、そして視線は絡み合っている。――今が夕方でよかった。


 雰囲気に乗せられて「好きだ」と告げて、一秒後に後悔して、赤司の手から手を離して立ち上がろうとする。しかしそれは、赤司が頬を摘まんだので果たせなかった。


「僕もだよ。大我」


 夕日が赤司の顔を赤く照らして、目に焼き付けたいくらい、綺麗だった。



* * *



『――で、付き合うまでいったんですか』


 そこまで進むとは予想外です――言葉と声で驚きを伝えてきたのは、恋のキューピットたる黒子である。
 赤司は送られてきた火神のアドレスと電話番号を眺めて幸せに浸りながら、声と共に頷く。別れ際に紙に書いて渡した赤司のアドレスと電話番号は、もう火神のケータイの中にもあるのだ。


「それにしても、大我は意外と頭が回らないね。僕が大我に、テツヤと連絡がとれないのか聞かなかった時点でおかしいと思うべきなのに」

『思わずキミに会えて嬉しかったんでしょうね』


 だと嬉しい。
 誰かが黒子を呼ぶ声がしたので、別れの挨拶をして通話を切る。


 学年閉鎖で寮に帰って、『お暇なら、十時に◯◯で火神君とはぐれる予定なのですが、どうでしょう?』という黒子からのメールを見た時は驚いた。誠凛一年がこの日京都に来ることは知っていたが、会えはしないと思っていたのだから。すぐに了解の旨を伝えて、寮を出た。
 黒子のメールの通りになった時はさすがだと思った。偶然を装って火神に声をかけた時、頬の熱を必死に下へ下げた。どこの乙女だろう。

 ふるる、と通話を切ったばかりのケータイが震えた。表示される名前に胸の中心が熱くなった。


「…はい」


 声が震えないようにしたら、少し固い響きになってしまった。「緊張してんのか?」のからかいに「そんなわけないだろう」と返した時には、声の調子はいつも通りになっていた。

 どうしてこんなに幸せなのか分からないくらい、幸せだった。



END.









* * *
初火赤です。難しい。かがみんを強引にするかウブにするかで滅茶苦茶悩みました。どっちなのだろうこれは。
修学旅行って普通高2ですよねー…うわあ。

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