短編
□スイートガール
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「……俺、本当は女なんだ」
付き合ってちょうど一ヶ月目の日、伊月さんはそう告白した。唐突すぎて冗談かと思う余裕もなく混乱する俺の手が、前から細い細いと感じていた白い手に持ち上げられ。伊月さんの胸へ導かれた。仄かだけど確かにある柔らかい感触。
「…って、うわああああ!?」
「……それでも、付き合ってくれる?」
一刻も早く感触から手を離そうとするけど、伊月さんが離そうとしないから離れない。女の伊月さんの方が力は弱いのに――俺が無意識の内に離すまいとしているのか。最低だな!
「俺は別に男好きじゃあないんですよ!」と悲鳴のように告げたら、やっと離してもらえた。得したのに疲れた。
「家族しか知らないことだから、誰にも言うなよ?」
メゾソプラノの声で言う伊月さんの顔は儚げだったから、俺は事情を聞くのは、止めておいた。
家族以外は知らない秘密を晒してくれた彼女が堪らなくいとおしかった。俺は伊月さんを抱きしめてキスをして、やはりこの人が大好きだと再認識したのだった。
* * *
真面目な伊月さんは、時間の十分前には待ち合わせの場所に来る。だから俺は、二十分前に来るようにしている。
街中の広場の噴水でそわそわ腕時計を見る。十一時十六分前。そろそろ来る。
「――高尾」
来た。
「おはようございます伊月さ、ん……!?」
「……やっぱり、変かな」
勢いよく横に振りすぎて首が痛い。「全っ然変じゃないっす! かわいすぎてビックリしました」――まさか自分がリア充のセリフを口にするなんて。なんて幸せな“まさか”だ。
肩が見えそうなくらい襟が横に開いた白い長袖Tシャツに、胸元に暗い赤の紐リボンがついた薄茶に近いピンクの膝丈のノースリーブワンピースを重ねて。足には黒いタイツと茶色のミュール。
極めつけに、いつもはサラシで潰している胸が解放されていて。そして頭には、肘まである黒髪のエクステ。エクステだと分かったのは、伊月さんが本当は男として違和感ないくらいの短髪だと知っているからで。知らなかったなら、完璧に地毛だと思っていた。
周囲に自分を男として見せている伊月さんの、本来の、女の子としての姿。
伊月さんは照れくさそうに髪をいじった。ワンピースの裾を引っ張る左手には薄茶のバッグ。
「……いつか女に戻ったら、これくらい髪伸ばしたいなぁ、って。服は、デートする、って姉さんと妹に言ったら、買いに引きずられて…」
普段とは違うメゾソプラノの声。伊月さんの本当の声。
記念写真を撮りたいくらいの喜びだった。写真を撮っていいか訊くと、「誰にも見せないなら」とお許しをいただいた。もちろん、こんなに可愛い伊月さんを他の奴に見せるわけがない。
まず伊月さんのみを撮って、次に俺とツーショット。プリクラは、そのきゃぴきゃぴした雰囲気を伊月さんが苦手としているから却下。
女の子伊月さんを堪能してから、堂々とその手を握る。細い指に、驚いたように力がこもった。だって男女カップルだし、手ぐらい繋いだって、さ。
「じゃ、行こっか、伊月さん」
「ああ、そうだな」
格好は女の子女の子してるのに口調が少し男っぽくて、いわゆるギャップ萌えが。
とにもかくにも。かくして、伊月さんが女だと知ってから初めてのデートがスタートしたのだった。
* * *
「た、高尾、荷物持つよ。俺……私のなんだし」
「いいんですよー俺に持たせてください! 伊月さんが持ってて俺は手ぶらとか、格好つかないっしょ?」
「う……」
俺の左手には、伊月さんが買った本や雑誌が入った紙袋。右手には伊月さんの左手。堂々といちゃつけるって幸せ。ちなみにだが、俺が車道側をさりげなく歩くのはいつものことである。
女の子扱いに慣れていない伊月さんは口ごもってそっぽを向いた。エクステの髪から覗く耳は赤い。肌が白いってこういう時不便かもしれない。俺としてはラッキーだけど。
十二時も過ぎたので昼飯を食べることにした。伊月さんが、誠凛の監督が絶賛しているというカフェを提案した。安くておいしい、知る人ぞ知る名店らしい。俺の意見を待ってから自分の意見を言う伊月さんが、先に言ったのだ。反対意見なんてない。
カフェは昼時だからか人がけっこういた。満席ではなく、待つことなく席につけた。日当たりのいい窓際の席。メニューを開いていると、水を持ってきたウエイトレスさんが、俺達を見て笑顔で口を開いた。
「今、カップル限定でお安くしているメニューがございますよ」
「っえ、あははいやぁ、カップルじゃ…」
「そうなんですか? じゃあ、それ頼んでみる?」
メニューをパラパラ捲り、伊月さんがカップル限定で安いメニューのページを発見する。数種類あるが、どれもおいしそうである。これがいい、というものを指差すと、伊月さんは俺が選んだものと自分が選んだものを頼んだ。
ウエイトレスさんが去ってから、伊月さんがジトッと俺を睨む。
「…何で否定するんだ」
「恥ずかしくてつい…」
あ、赤くなった。今さら恥ずかしくなったのか。かわいい人である。
しばらくして持ってこられた料理はさすがカップル限定品なだけあった。俺はピンクのオムライス。どんな調理をしたんだろう。伊月さんのカルボナーラは普通だった。普通でないのはデザートなのだ。
「高尾、そのオムライスどんな味なんだ?」
「こんな味ですよ」
ピンクのオムライスに興味津々の伊月さんの口元へ、スプーンに乗せたオムライスを近づける。伊月さんは少し身を乗り出してそれを口に入れた。ナチュラルを装って「あーん」をしてみた俺も俺だけど、伊月さんもちょっとは恥ずかしがったりしてくれないかな――あ、赤くなった。「か、間接キス…」ともごもごしている。そっちか。
やがて料理を食べ終わり、伊月さんが頼んだデザート――苺パフェがやってくる。刺さるポッキーは苺味、生クリームはほんのりピンク、ハート型のチョコが飾られている。女子一人で食べるには大きすぎる。多分、彼氏と半分こするものなのだろう。伊月さんなら一人で食べきれるけど。
嬉々とした顔で苺パフェを胃に収めていく伊月さん。カルボナーラはそれなりの量だったけれど、そこはさすが、男バスの選手だ。おいしいか訊くと「うん!」といい笑顔が返ってきた。ああ顔が熱い。
あーん、の声と共に目の前に差し出された、スプーンの上のパフェをいただく。パフェでテンションが上がっているからか自分からする分には平気なのか、伊月さんの頬は白いままだった。
カフェを出てからも、伊月さんの笑顔は変わらなかった。
「また来ような!」
「もちろんっす」
すっかりハイテンションの伊月さん。またカップル限定のメニューが出ればいいなあ、と切に思った。
* * *
「――高尾じゃねーか」
伊月さんが光の速さで俺の背後に回ったと思ったら、そう声をかけられた。なんだなんだと不思議になった俺だけど、声の主とその周りを見て納得する。
「日向さん――誠凛の皆さんじゃないすか! みんなでお出かけですか?」
会えて嬉しいけれど、タイミングが悪い。内心で苦笑しつつ顔で笑う。誠凛バスケ部の、伊月さんを除いたレギュラー陣プラス監督。伊月さんの性別は彼らにも秘密だ。
日向さんは「ああ」と答えてから俺の背後に目を止めた。
「連れか?」
「ええ、はい」
「もしかして彼女さん!?」
「はい」
目をキラキラさせて聞いてきた監督に聞かれて、今度こそ肯定する。そして、この流れで伊月さんが自己紹介をするのはおかしいと気付いて慌てて付け足す。
「ものすっごい人見知りなんで、話すのは勘弁してもらっていいですか?」
人のいい彼らは特に疑わず頷いた。軽く挨拶をして別れる時、背中に当たる感触が消えて少し寒くなった。
――もう一つ言い忘れたことがあるのを思い出す。
「…伊月さんは、いないんですか?」
レギュラー陣が揃っている中で不在のレギュラーについて聞かないのは変だった。黒子や監督は鋭いから、危ないところである。
監督が「ああ」と残念そうな顔をする。
「伊月君、用事があるらしくて来れなかったのよ」
それじゃあね、と誠凛の人達は言った。俺の後ろから俯いたまま出てきた伊月さんが頭を下げる。ギョッとする俺の前で誠凛は伊月さんにも挨拶し、どこかへ行った。
頭を上げた伊月さんの表情は、辛そうでも嬉しそうでもなかった。かといって無表情なわけでもない。
「…危ないことしますね…」
「顔は見せなかった。いくら人見知りでも、挨拶もできないような奴が彼女なんだって思われたくなかった」
「あの人達はそんな風に思わないっしょ」
「まーな」
自慢げに頷いて、やっと笑う。やっぱ伊月さんには笑顔だ。照れ顔もかわいいけど。
後ろに回られた時離れた伊月さんの手をとる。力を入れたら壊れそうで軽く握っていたら、叱るように強く握られた。もう少し手に力を込めると、それでいいと言わんばかりに握りの強さは弱まった。
「伊月さん」
「ん?」
「俺とのデート優先してくれたんですね。嬉しい」
伊月さんの顔全てが桃色に染まった。
支離滅裂に色んな言い訳を言う彼女をからかいながら頭の隅っこで、さて次はどこに行こうかと考える。見上げた空にある太陽は、まだまだ沈みそうになかった。
END.
* * *
何が一番楽しかったかって、伊月さんの服を考えるのが楽しかったです。もっと素敵に描写できたら…服的に季節は秋です。執筆したのは春ですが。ラブラブデート目指しました。
リクエストありがとうございました!