短編

□夢と瞑って
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 裸の指が髪を撫でる力は、羽のように優しい。
 眼鏡越しの視線は、赤司の心臓を震わせるくらい、安堵に満ち溢れていた。


「…人事を尽くさないからそうなるのだよ」

「すべきことを全てしただけだが。人事はむしろ尽くしている」

「健康という点については尽くしていないだろう」


 頭にあった緑間の右手が、額の脇、こめかみ、目尻を滑って赤司の左目の下を撫でる。きっと黒ずんでいるのだろう。爪先を整えられた繊細な指に頬をすり寄せると、包帯に巻かれた左の手も、頬を撫でてきた。
 数十秒前まで眠りの底にあった意識が、そろそろと起きた世界に浮上してきた。そして赤司は、自分が倒れた後のことが気になった。自分も緑間もいないのだ。みんな、サボらず練習しているだろうか。紫原なんかは絶対練習していない、気がする。


「皆、帰ったのだよ」

「…はぁ?」

「練習していたら、お前は指導しに体育館に戻るだろう」

「当たり前だ。俺は主将だぞ」

「だから帰らせた。練習自体がなくなったのだから、お前が指導に戻る必要はない」

「っな……」


 勝手なことを。「主将不在時の副主将は主将代理なのだから、そのくらいの権限はあるのだよ」なんて。屁理屈なのだよ。
 明日三倍だ、と吐き捨てる自分の声と、明日三倍する覚悟はある、という緑間の静かな声が重なった。明日三倍、の辺りは見事なハモリだった。
 起きぬけの時の幸せが不機嫌に変わるのを感じながら体を起こす。その間、緑間はデスクでコーヒーを注いでいた。ここは保健室だと、今やっと意識した。保険医はどこに。勝手にコーヒーを淹れていいのか。いいのだよ、と見透かしたように緑間が言う。彼もなかなか、人を見透かす。保険医は、もう帰ったのだと言う。

 コーヒーを手渡されて一応の礼を言う。少々のミルクが入ったそれは、口から胃までを一直線にあたためた。


「定期テスト前によるバカ三人の勉強の世話、一軍から三軍までのメニュー作り、部員一人一人の体調管理、敵校のデータの記憶」


 突然つらつらと自分のしていることを並べあげられて、思わずコーヒーカップの傾きを止めた。ちなみにバカ三人は言わずもがなである。
 残り僅かのコーヒーが唇を濡らす感触には気付いていたが、飲みを再開することも、カップから口を離すことも何となくできず、固まる。


「お前のことだから、毎朝のジョギングも家事も欠かしていないのだろう」


 その通りだ。増えた“やること”をいつもの量に戻すために、いつもの“やること”を止めるわけにはいかない。
 緑間が赤司から慎重な手つきでカップを取りあげ、デスクに置いた。あと二口あったのに。
 肩を押されて、頭が枕に、背中がベッドについた。目の前に緑間の目がある。気分はどうだと聞かれて、普通と返す。そうしたら、ハーフパンツと下着の中に手を突っ込まれた。驚いて伸ばした手は掴まれてシーツに縫いつけられる。


「みどり、まっ…なにして、」

「どうせ抜いていないのだろう」


 くにゅ、と、勃ち上がっても濡れてもいない性器を掴む手に力が入った。体が跳ねる。隈を、頬を撫でられている時は冷たいと感じた緑間の手は、今は熱い。そして赤司にその熱を移す。

「体に悪い。それに俺は、お前にもっと寝てほしい」

「え、ぁ…っや、」

「いつ倒れてしまうか気が気でないままお前を心配していたら、今日ついに倒れて…」

「あ、んんっ、ま、って」

「思うのだが。お前を寝かすにはこれが一番ちょうどいいのだよ」

「や、ぁ、ぁああっっ!」

 一分もしない内に勃ちあがった性器は、亀頭に爪を立てられたことで、ものの数分であっさり精を吐き出した。濃いな、と感想を漏らされて、全身――特に顔に熱が集まる。
 緑間は、赤司の性欲処理を建前に赤司を抱くような男ではない。本気で、心の底から、赤司を心配しているのだ……少なからず自身の欲望も混じっているに違いないが。
 そして赤司は緑間を拒めない。場所が場所なだけに嫌がる素振りは見せたが、大好きな彼との、久しぶりの行為なのだから。

 緑間の手が赤司のTシャツを鎖骨の真下まで捲り上げる。外気に固くなった乳首を舌の先でやわやわと押された。

「ひゃっぁ! ま、まって、緑間、っああぁぁあっ」

「反応がいいな。久しぶりだと感度はよくなるものなのか…」

「そ、こで、しゃべるなっ!」

 熱い吐息が胸を滑る。ぷっくりと立ち上がった乳首の先を舌でくすぐられて、赤司の体はびくびくと跳ねた。後ろの蕾の入り口を一本の指に叩かれて、一際大きく跳ねる。たまらず緑間の背に腕を回してしがみついた。


「緑間、ぁ、はやく、いれてっ。や…も、やだぁ…ガマンできな……っ」

「ダメなのだよ。まだ解せていない」

「やだあぁ…っ」


 粘膜を擦りつけるように指が動くたび、赤司の体はやはりびくびくと跳ねる。もっと大きな快楽を知っている上、久しぶりにスイッチが入った体はもう限界だった。
 ゆっくりと時間をかけて増えていく指は、緑間の優しさの証だ。だけど、それでも。
 早くと願うのに緑間の指は抜かれない。その丹念さは、もう焦らしの域に達していた。
 どういう風にしたい、と緑間が訊く。言葉責めに目覚めたのかと一瞬思ったが、緑間の目が真剣だったから、違うと分かった。
 どういう風に、というと。


「かお、見ながらがいい…っ」

「……分かったのだよ」

「ふああぁぁぁっ!」


 ずるっ、と勢いよく、計四本の指が蕾から引き抜かれた。代わりに、指より熱いものが入り口にあてがわれる。

 赤司の体を気遣って、緑間はいつも後ろからしてくる。赤司は自分から「顔が見ながらがいい」なんて恥ずかしいことは言えなかった。緑間も、それが分かっていたから、今まで訊いてこなかった。
 それが今は。赤司が言えるように訊いてきてくれて、叶えてくれて。今日の緑間は格別優しい。

 とつぜん、熱が体内に押し入ってきて奥を叩いた。

「んああっ…!」

「っ、キツいな…」

「う、ふぅっ、ぅ、みどりま、」

「……やはり後ろ向きの方が良かったかもしれないのだよ」

「え、? …んはああぁっあ、」

 熱が素早く入り口付近まで抜け、強く貫いてくる。何度も何度も同じ動きが繰り返される――貫くたび、強さと深さが増している気がした。赤司は緑間の顔を見つめながら、必死に背中に回す腕に力を込めた。

「そんな顔を見たら抑えられなくなる」

「ん、っ、は、ぁっ! あっあっや、みどりま、ふかい…っ」


 キスがしたいと思った。


 理由はなく、ただ衝動でそう思った。唇を塞ぎたいし塞がれたい。恥ずかしくて、とてもそんなことは言えないが。
 余程自分は唇を凝視していたのだろうか。緑間がふと笑って顔を近づけてきた。まさか、と目を見開く赤司の視界は緑に染まる。聞くだけで赤面できる自分の喘ぎがくぐもった。

「っんぅ、んん……は、ぁっ、はや、い…」

「これ以上は窒息するぞ」

「ふぁ…っん、」

「……そんなに物欲しげな顔をするな」

 ずくん、とナカの熱の体積が増す。何度目かの不意打ちに体は震え、一際高い声を出した。突きの速さと深さが一段と激しくなる。

「っん、ひぁっあ、あ、みど、りま、ぁ、も、でる…っ」

「くっ、俺も、出すぞ…っ」

「ひああぁああっっ」

 熱い熱い熱が胎内に注がれる。意識は熱に押し流されて、横倒しになって暗くなった。



* * *



 目を覚ました時、また保健室にいるのかと思った。けれど保健室のベッドはここまで柔らかくないから、違う。体にかかる柔らかく厚みを持ったものや、体の下敷きになっている固いような柔らかさを持っているものの感触からして、ベッドにいるのは確かだ。

 目の前に端正な顔があった。眼鏡をかけていて、瞼はおりていて、長い睫毛がよく見える。緑間だ。どうしてここに――というか、ここはどこだ。
 首から上を動かして辺りを見回す。自分の部屋だった。電気はついておらず、薄暗い。暗さ具合からして、六時前だろう。


「…起きたか」


 急に耳元から声がして、思わず肩をびくつかせる。眠りの余韻が吹っ飛ぶ。低く笑う声がした。
 見ると、閉じられていた瞼が上がっていて、緑の瞳が見えていた。


「……緑間、お前、どうしてここに……」

「後処理をして、気絶したお前をお前の部屋まで運んだ。ベッドに寝かせて帰ろうとしたのだが……お前の手が俺の服を離さなくてな」


 俺も一緒にベッドに入れさせてもらったのだよ、と。言われて、掛け布団の中の自分の手に意識を移す。布を握っていた。その布に触れたまま手を上へずらすと、緑間のTシャツの襟に到達した。そういえば、自分も緑間もTシャツ姿だった。
 身を起こそうとすると、襟に置いた手を掴まれて、頭も押さえつけられる。乱暴な力は一切ない。


「――眠れ。赤司」


 それは子守唄のように、赤司の意識を眠りへ誘う。瞼に柔らかいものが触れた――珍しく、気障なことをする。


「……起きた時、お前が目の前にいるのなら」


 大きな手に包まれた手で、襟を握り直す。
 襟を握りしめる手を包む大きな手に力がこもる。勿論だ、という返事が、夢の向こうから聞こえた。



END.









* * *
甘やかすって難しい。性的な意味でも甘やかしてみようと頑張ってみたのですが、できているでしょうか? 甘甘に甘やかせていたら幸いです。
リクエストありがとうございました!

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