短編

□六色の嘘
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 エイプリルフールにわざわざ嘘をつくなんて幼稚なことだと思うだろうか。少なくともオレは違う。ヨーロッパのどこかの国なんか、新聞の一面を使って大々的に嘘を吐いているし。行事に乗っかって何が悪い。
 そんなわけだから、今日は嘘をついてみようと思う。エイプリルフールでも嘘を吐いていいのは午前だけ、というあのローカルなのかゼネラルなのかよく分からないルールは捨て置く。


「赤司君? どうしました、ボーッとして」

「…黒子」


 朝練前。部室には珍しくオレと黒子の二人きりだ。普段は緑間もいるんだが、今日はいない。おは朝で蟹座は一位だったが、確かその順位はおは朝の吐いた嘘で、一位と十二位の星座を入れ換えたものが正しいんだったか。つまり蟹座は十二位で。大丈夫だろうかアイツ。
 …他に誰もいなくて丁度いい。最初は黒子に嘘を吐こう。


「黒子」

「はい」

「大嫌いだ、お前のこと」


 だんっ!

 ――青峰並みの速さで黒子が動いたと思ったら、ロッカーに背中を叩きつけられていた。速い。下から見上げてくる楕円の目に温度がない。オレとしたことが一瞬ゾッとした。
 練習着の中に手が侵入してくる。まだ練習前だからか冷たい。


「ボクは大好きですけどね、生憎」


 …怒っているような。エイプリルフールだと分かっていないのだろうか。青峰ならともかく、雑学の知識もある黒子が分かっていないというのは予想外だった。どうしようほんのちょっとだけだが怖い。
 冷や汗が背中を伝い落ちた時、すっ、と黒子がオレから離れた。呆気にとられた直後、部室のドアが開いて青峰が、やや遅れて黄瀬が入ってきた。「勝ったー!」「負けたああ!」――子供か。


「……いいところだったのに」

「黒子?」

「いいえ、何でも」


 不機嫌だ。そうだろうな、仕返し仕損ねたのだから。
 別段乱れてもいない服を整えて部室を出る。

「嬉しそうっスね黒子っち」「大好きって言われましたから」――なんて会話が交わされていたことは知らない。



* * *



 休憩時間になってやっと緑間が来た。既にボロボロだ。皆の心配する声にろくに答えず部室へ行っている。三十秒後に練習着姿になって出てきた。まっすぐオレに向かって歩いてくる。


「…悪かったのだよ。占いは一位だったしラッキーアイテムも完璧だったのだが」

「最後まで見なかったのか? 珍しい。今日は一位と十二位の星座は入れ替えるんだと最後に言ってたぞ、おは朝」

「なん…だと…!?」


 手に持っているハンガーは一位のラッキーアイテムだ。だからそんなにボロボロなんだろう。
 十二位のラッキーアイテムは「上司の私物」だったか。上司なら主将であるオレが当てはまる。部室に入って制服のポケットからハンカチを出し、付いてきた緑間に渡す。


「お前のハンカチと交換な」

「赤司…!」

「そうだ緑間。オレ実はお前のこと大嫌いなんだ」


 差し出されたハンカチを受け取りながら言うと、照れ隠しに眼鏡を押し上げていた手に力が入って、眼鏡が緑間の額にぶつかった。
 真っ青になって動転する緑間もエイプリルフールを知らないのだろうか。ケータイの待ち受けに映る日付を見せてやると、理解したらしい。顔色が元に戻る――を通り越して赤くなっている。緑間はピュアである。


「ああ、あ赤司…! おおおオレもお前のこと――」

「お前の遅刻は全部がお前のせいではないからな…メニューは二倍にしておいてやる。サービスだ」


 休憩が終わる時間だったから、緑間にそう言って急いで部室を出る。そういえば何か言おうとしているのを遮ってしまった。申し訳ない。あとで聞こう。



* * *



「赤司っちー! 見てこれ! 見てこれ!」


 一時限目が終わった十分休み、他クラスの黄瀬が雑誌片手にオレの元へ来た。じゃーん、と、雑誌の表紙を見せてくる。キラキラの笑顔の黄瀬が洒落た服を着て笑っている。
 緑間とハンカチを交換した後体育館に戻った時、雑誌が床に置かれていて黄瀬がキャンキャン吠えていたが、こういうことだったのか。


「……貧相な笑顔だな。騒ぐほどの爽やかさも格好よさもない。やはりお前のことが大嫌いだ…………黄瀬?」


 中傷を喰らうたび吠えるだろうと思っていたのに黄瀬は静かだ。不思議に思って見上げると、感極まったような笑顔の黄瀬がいた。


「赤司っちに大好きって言われた…!」

「は?」

「だって今日エイプリルフールじゃないスか!」


 黄瀬は知っていたらしい。流行の最先端を知る男だ、知らなかったら逆に驚くか。
 予想外の反応に固まるオレに抱きついて黄瀬は言う。


「つまり赤司っちの言ったのは逆の意味! 表紙のオレがゴージャスな笑顔で、爽やかでカッコよくて、しかも赤司っちがオレのことだいすきって!」

「ちょっと待て」

「エイプリルフール式に言うと、オレも赤司っちのこと大っ嫌いっス!」


 貧相な笑顔とか、爽やかでも格好よくもない、というのは半分は本音なのだが。
 止める暇もなく黄瀬は教室を出ていった。「黒子っちに報告うう赤司っちイェア!」と恥ずかしいことを叫びながら。雑誌をオレの机に置き去りにして。
 黒子が黄瀬に何らかの制裁を与えてくれることを切に願った。



* * *



 昼休み。
 先生に青峰の成績の酷さを言及されたオレは、昼食を食べようとする青峰を屋上に引きずった。人目がないのを確認してから鋏を青峰の喉元に突きつける。


「一教科でも赤点を取ってみろ。次のテストまで毎日練習五倍にして、ボールには触らせないからな」

「理不尽!」

「理不尽なものか。大体それは、先生にお前の成績のことで注意を受けたオレの台詞だ」


 まあいい、と鋏を仕舞う。本日四回目の「大嫌い」伝えると、青峰は目を見開いた後、細めて笑った。
「オレも大嫌いだから――両思い?」なんて言いながら壁にオレを押し付けてくる。別に怖くも何ともないから平然と見返してやると、つまらなそうに歪めた顔を近づけてきた。足の間を蹴り上げてやる。


「頭が高いぞ」


 今日の練習は三倍だな、と考えながら、教室に戻った。



* * *



「紫原」

「なーにー赤ちん」

「オレお前のこと大っ嫌い」

「っっ……」


 ぽろ、と紫原がまいう棒の欠片を床に落とした。拾ってゴミ箱に捨てる。さてコイツはどんな反応をするかな、と思いながら見上げると、


「あ、赤ちん、やだ、おれやだ、」

「む、紫原……?」


 巨体を小さくして、目からポロポロ涙を溢して、紫原は泣いていた。体育館にいる奴らの視線が集まってきて焦る。
 紫原はまだ泣いていた。


「もうちょっとお菓子がまんするし、もっとれんしゅーするから、あかちん」

「紫原、」

「オレのこと捨てないでーっ」


 びええ、と泣いて紫原が抱きついてくる。どうしよう罪悪感が酷い。というかコイツもエイプリルフール知らないのか。どうしよう。
 泣きじゃくる紫原を抱きしめ返して、仕方ないから種明かしをする。


「紫原、今日はエイプリルフールなんだ」

「なにそれ…おいしいの?」

「違う。嘘をついてもいい日なんだ」

「? じゃあ赤ちん、だいっきらい、って…」

「勿論嘘だ。嫌いなわけないだろ?」


 ぱああ、と紫原の顔が輝く。かわいい。本当に中二かコイツ。降ってくるキスを受け止める。
 赤ちん大好き、そう言って更に強く抱きついてくる紫原は、オレに嘘でも嫌いとは言えないようだった。



END.









* * *
ただいま時刻は23時57分。ギリギリでした! 誤字脱字とか直したいとこあるか読み返してないので書き足すかも……紫原にだけは「大嫌い」ではなく「大っ嫌い」と言ったのが何気に贔屓。


 

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