短編

□苺のなみだ
1ページ/1ページ




「おかえり、てつや。ごはんできてるよ。おふろもわかしてある」

「…お風呂でお願いします」


 まるで新婚さんのような台詞を素っ気なく言った赤司君は、ボクの返事を受け、トタトタとリビングへ歩いていった。ボクが洗面所で手を洗っていると、ボクのタオルと寝間着と下着を抱えた赤司君がやって来た。「ここにおいとくぞ」と、それらを洗濯機の前に置いてある籠に入れる。礼を言うと「気にするな」とだけ返された。小さな頭は洗面所から出ていく。
 ……どういう育て方をしたら、あんな風になるんでしょう。


 赤司征十郎。今年小学一年生になった六歳児。綺麗な赤い髪と目が特徴的な、愛らしい顔も特徴的な男の子。ボクの遠い親戚。綺麗すぎて可愛すぎて、浮世離れした印象がある。
 ボクの高校進学と同時に、父は単身赴任、母はそれに付いていった。一人残って一人暮らしが始まったボクに、彼の両親が世話を頼んできた。なぜ彼に世話が必要かというと、彼の両親は多忙で家にいないことが多く、彼一人でいさせるのは危ないから、らしい。彼の小学校の近くに住むボクに、彼の両親の目は留まった。ちなみに、ボクらの同居に期限はない。


 一緒に暮らすのだから、と、ボクは地味に張り切って赤司君と仲良くなろうとした。子供は好きだし。
 けれど、ボクと彼の距離はまったくと言っていい程縮んでいない。


 お風呂から出ると、食卓には夕飯が並んでいた。肉じゃが、サラダ、コーンスープ、白米。赤司君が用意したものだ。ボクの腰に届くかどうかの小さな体で、よくまあここまでのものを。
 ボクが自分の場所に座ると、赤司君も自分の場所――ボクの向かいに腰を下ろす。二人同時にいただきますをする。食器の鳴る音だけが響く。
 食事は無言で行われる。以前赤司君に学校のことを聞くと「一時間目はどうとく、二時間目はさんすう、三時間目はたいいく、四時間目はこくごだった」と言われ。コメントしづらくて「ボクは今日久しぶりにシュート決められたんですよ」とニッコリ報告すれば、「だから?」と言いたげな目で見られ。食事中に話すことはやめた。

 どちらからともなく食べ終えて、二人合わせてごちそうさまをする。
 ボクは自分の部屋へ行こうとする赤司君を呼び止めた。赤司君が怪訝そうな顔で戻ってくるのを確認してから、学校指定のスポーツバッグを漁る。
 中から出したのはウサギのぬいぐるみ。今日部活仲間の青峰君にゲームセンターに連れていかれた時、UFOキャッチャーの景品で見つけた。赤司君の赤い目を思い出して、赤司君が喜んでくれるかと思って、五百円使って取ってきた。一回百円。


「お土産、です」


 ぬいぐるみを差し出す。
 実は赤司君の笑顔を見たことがないので、ちょっぴり期待していた。ありがとう、と言って笑ってもらえたら――


 ――なんて、ボクは甘かった。


「…子供だましだな」


 ウサギのつぶらな赤い目を、負けないくらいつぶらな自分の目で一瞥し。
 顔の上半分に影が入ったような冷たい表情で、ばっさり切って捨てられた。六歳児に「子供だまし」と評されたショックで固まるボクを尻目にもせず、赤司君は今度こそ、リビングを出ていった。


「……は、はは、……」


 顔から力が抜けて、開いた口から笑いが漏れる。


 もう、いいですよね?

 あの子は体こそ子供だけど、精神は、頭の中は十分に大人だ。

 ボクの世話なんて必要ないだろう。



* * *



 いってきます、という声に答えてから、ボクも登校の準備をする。
 今やボクらが交わす言葉は、いってきます、いってらっしゃい、いただきます、といった、事務的なものだけになった。必要最低限の会話を寂しく思った赤司君が不必要な会話を投げかけてくれる――なんてことはなく。彼はいつも通り、ボク並みの無表情で生活している。
 ボクももう諦め、今や我が家は「何かもう一人いるけど害ないしいっか」状態だ。


「だってあんな可愛げない子、子供じゃないです…」

「預かってる親戚か?」

「はい」


 部活の休憩中にうっかり呟いたら、隣の青峰君がそれを拾い上げた。お前子供好きじゃなかったっけ? と不思議そうに聞かれた。


「言ったじゃないですか。あの子は子供じゃありません。見た目は子供ですが、中身は大人なんです」

「……どっかのアニメみたいだな……」


 まったくだ。
 今赤司君は何をしているだろう。夕飯の準備か、宿題か。夕飯の準備なら、背が届かないから、台にあの、あんよと呼べる小さな足を乗せているのだろう。宿題なら、小学一年生らしからぬ楷書のような綺麗な字で書き連ねているのだろう。いずれにせよ、多分テレビはつけていない。
 部活を終えて、自主練も終えて。同じく自主練をしていた青峰君と帰り道を歩く。マジバに寄りたいとボクが言うと、青峰君は快く了承してくれた。
 ご飯時だからだろうか。マジバには結構な人がいた。定時で上がったらしきサラリーマンや、ボクらと同じ高校生など。店内はBGMがいらないくらい賑やかだ。
 ボクはシェイクを一つ、青峰君はバーガーを大量に買い、席に座った。ボクがストローに口をつけるのと同時に青峰君が包み紙を開ける。


「最近テツ、寄り道するようになったよなー。前までアカシクンが家にいるからって自主練もそこそこにしてたじゃねえか」

「ああ……赤司君、一人でも全然大丈夫なんで。夕飯もお風呂も自分で出来るんですよ」


 出来ないことは音読の宿題(音読を家の人に聞いてもらって、音読カードなるものにサインしてもらう)くらいだ。
 ふうん、と青峰君は興味なさげに相槌を打ち。窓越しに外を見て「降ってきたな」と呟く。つられて外を見てみると、どしゃ降りの大雨だ。雷まで鳴っている。通行人はほとんどいない。そういえば、天気予報では夜から警報レベルの大雨なんだっけ。
 青峰君はもうバーガーを食べ終えていて、ボクもシェイクを飲み終えていたけれど、こんな天気の中帰る気はしない。一応、折り畳み傘は鞄に入っている。
 丁度いいから宿題をやってしまおう。ボクが勉強道具一式をテーブルに出すと、青峰君は顔を大きくしかめた。そんな彼はボクと同じクラスだから、宿題は絶対に出されている。
 青峰君にも勉強道具を出させ、ボクはペンケースのジッパーを開けた。



* * *



「だいぶ遅くなりましたね……」


 宿題が終わって雨足もようやく多少弱まった頃、やっとマジバを出た。青峰君と別れ、今は一人、傘の下でケータイを出し、時間を確かめて歩いている。
 九時二十三分。家族と暮らしていた頃なら叱られている時刻。幸い、今の同居人は、叱るほどの関心をボクに持っていない。持っていたとして、六歳児に叱られるのは恥ずかしい。
 もう赤司君は寝ただろうか。規則正しい赤司君は、十時前には眠りにつく。

 やっと着いた我が家の灯りは消えていた。


「……ただいま帰りました」


 ボクにしか聞こえないような小声で呟いて、廊下の電気を点けるスイッチを押す。パチン、と音はしたが、明るさは変わらない。何も見えない暗闇のまま。
 パチンパチン、とスイッチを何度も押すが、電気は点かない。手探りでリビングに向かい、リビングのスイッチを押す。明るくならない。二つとも点かないのはおかしい――停電だ。
 さすがに赤司君が心配だ。杞憂に終わるだろうけど、安否を確かめようと彼の部屋に向かう。


「…赤司、くん…」


 返事はない。彼の布団があるはずの場所へ歩いて手を付いたが、触れたのは床の冷たさだけ。
 いない。彼が、いるはずの場所にいない。


「赤司君! どこですか!?」


 声を張り上げながら暗闇を歩く。走りたいけれど視界がそれを許さない。
 声を出してばかりだと彼の返事が聞こえない。一旦口を閉じて耳を澄ますと、微かに物音がした。

 ボクの、部屋…?

 ドアを開けて、目を凝らす。窓から入る電灯の光のお陰で、廊下より明るい。薄暗い程度だ。
 毎日寝起きするベッドが不自然に盛り上がっている。まるで誰かがいるかのように。まさかと思って掛け布団をゆっくり剥がすと、


「……ってつ、やぁ…!」


 体育座りの赤司君がいた。顔は涙でぐちゃぐちゃで、細い腕にはボクがあげたウサギのぬいぐるみが抱かれていた。

 ボクは何を勘違いしていたんだろう。いくら赤司君が大人びていたって、雷が鳴る暗闇が怖くないとは限らないのに。大人にだって雷が怖い人はいる。確かにしっかりしているけど、彼だって、繊細で脆いところはあったのだ。
 思わず両手を広げる。抱き締める前に、赤司君が両手を伸ばして胸に飛び込んできた。ぬいぐるみがベッドに転がる。


「て、つやっ、てつ……、っぅ、ふえぇ…っ」

「ごめんなさい、赤司君…っ、ごめんなさい。もう大丈夫です。ボクがいます。もう、大丈夫です」

 ふええ、と赤司君は泣く。年相応に、泣いた。



* * *



「「いただきます」」


 ブレーカーを上げて電気を復活させ、遅い夕飯を取った。なんと征君もまだ食べていなかった。思い返せば、彼と一緒に食べなかった夕飯はなくて。いつでも彼は、ボクが帰ってくるまで待っていた。
 やはり寄り道は止めよう、と決心するボクを見透かすように、征君が口を開く。


「ぼくのことなら、気にしなくていい。てつやは、バスケもトモダチづきあいも、思うぞんぶん、やればいい」

「征君……っ」

「ぼくはだいじょうぶだから」


 気付く。彼が大人っぽいのは、元からというのもあるけれど、ボクの重荷になりたくないからなのだ。気付くのが遅すぎて情けなくなる。
 席を移動して征君の隣に移る。膝に小さく柔らかい体を乗せて抱き締める。しょくじちゅうだぞ、の注意も耳に入らない。さっきの一件で、ボクは完全にこの小さな子供に心を奪われてしまった。
 愛しくて愛しくて、白い額にキスをする。びっくりしたのかぽかりと開いた口から覗く、甘そうに熟れた赤い舌はまだ我慢。代わりに真っ赤に染まったふにふにほっぺにキスをもう一つ。

 一応断っておきますが。
 ボクはショタコンじゃありません。


 好きになった子が、ショタなのです。



END.









* * *
「好きになった子が、ショタなのです」ドヤァ
最後に一気に話が進みました! ダメだショタかわいいそれが赤司様となれば更にかわいい! 勿論ロリも愛してる! 年下はみんな可愛いのです。ハグしてあわよくばキス!
黒子っち何気に最後の方では征君呼びしてます。
リクエストありがとうございました!

 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ