短編

□無神経愛お断り
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 警察なんて役に立たない。彼らは何か起こってからでないと動いてくれないのだから。
 だからこそ彼は一年間も一人で悩んでいたのだろう。誰にも悟らせず、ずっと怯えていたのだ。
 一年経ってやっと警察に相談と言うのは遅すぎるが。理由は絶対、暇がなかったからとか、役に立たないのに相談するのは時間の無駄だから、とかだ。
 もしそうなら、急に警察に頼ろうとしたのは何故だろう。いよいよ危ないと思ったのか――だとしたらやはり遅すぎる。

 怯えているのに、赤司には危機感が足りない。
 気付くのに半年かかったとか、鈍いにもほどがある。捕まえようとしたとか、危ないからやめてほしい。


「……オレが捕まえる……」


 一人の帰り道、呟いた。十数分前、最後に触れた赤司は固かった。震えを堪えて固くなっていた。堂々としていて動じない赤司をあんな風にした相手が憎い。
 そもそも赤司に、赤司のことを考えない好意を寄せていることが許せない。身勝手な欲望だ。自分を慰めるのにも赤司を使っているのだろう。ストーカーまでする男がそこで自重するわけない。そこに罪悪感はないに違いない。赤司を使うことは、黄瀬も人のことは言えないがやはり嫌だし、罪悪感を抱かないことについては嫌悪しかない。
 絶対に、捕まえる。


「――――、」


 気付く。カーブミラーに映る、黄瀬の後方の曲がり角から顔を覗かせる男の影。
 一瞬歩みを止めかけたのを無理矢理動かし、すぐ前にある角を曲がる。曲がって一歩で立ち止まった。体ごと真後ろを向いて来るだろう相手を待つ。
 人影が現れるのを今か今かと待つ。耳を澄まし、目を凝らし、重心を低くして見よう見まねの構えをとる。
 やがて、地面に人影が現れた。目がそれを捉え、体が勝手に動く。
 影が見えた一瞬後に姿を見せた男の両腕を掴む。男は待ち伏せられたことに気付いて逃げようとしたが、遅すぎた。


「……あんたっスね、赤司っちに付きまとってんの」


 自分より頭一つ小さい男を見下ろす。帽子にマフラー、瓶底眼鏡。怪しいと言えば怪しい格好。
 赤司に手を出す前に邪魔者を消そう――そんなところだろうか。
 男は凄まじい眼光で黄瀬を睨み上げた。しかし黄瀬はまったく怯まない。
 ――と、いきなり男が動いた。

「っ!?」


 それと同時に目に強い刺激がかかり、意思と関係なく手を目に当ててしまう。これまた意思と関係なく流れる涙。催涙スプレーだ。
 あっと思う間もなく足音が遠ざかる。涙が溢れる目をこじ開けると、小さくなる後ろ姿。逃がしてしまう――黄瀬はそれだけを頭に男を追った。赤司が取り逃がすだけあって速い。角をいくつも曲がられるうちに見失ってしまった。


「……くそっ」


 怒りに任せて真横にある塀を殴ろうとして、直前で思いとどまる。手を怪我してバスケに支障が出たら、赤司の迷惑になるし、悲しませる。体を九十度回転させて背を塀に凭れさせる。乱れた息を整えて溜め息。
 悔しさだけを胸に辺りを見回す。見慣れた景色だったから、どこなのか思い出そうと頭を回転させる。回転は程なくして止まった。ここは、赤司の家の近所だ。

 なぜだか頭がざわめく。回転は、思考は止まったまま。勘が浮かんでは消えていく。

 もし今日も赤司家の外壁に盗聴器が仕掛けられていたら。男は赤司が帰り道一人になることを知っている。

 あの男があのまま赤司の家に向かったら。


 今外を出歩いているだろう赤司に、会いにいっていたら。



「……っ」



 塀から体を離して走る。向かうのは赤司家で、そこに何事もなかったら、赤司家から交番への道を走ればいい。
 きょとんとして童顔を更に幼く見せて、それから優しく笑って「どうした?」と言ってもらえたらいい。そう思った。



* * *



 思った通り、警官は大した対応はしてくれなかった。期待はしていなかったが苛立ちは募る。自分がストーカーに犯されでもしたら彼らも後悔するだろうか――黄瀬が悲しむから無理だ。
 一人でゆっくり歩く。人気はないが近道で、今は昼だし心配はあるまい。
 というよりむしろ、ストーカーに来てほしい。来たところを捕まえたら、黄瀬に危険が迫る可能性は消えるし、自分も安心して暮らせる。
 普通のストーカー被害者からは離れた考えをしながら角を曲がる――


 ――目にいきなり刺激が走った。


「!?」


 思わず目を庇うと、腕を掴まれて下の方へ引っ張られた。尻餅をついて顔をしかめる。見えないながらも片足を地面に這わせるように動かし足払いをかける。手応えはあったが、背後の壁だか塀だかに一纏めにした両手を押しつけられた。
 涙で視界がぼやける。まさかの天帝の眼対策だろうか。見えないから、見えない。


「征君、やっと君に触る決心がついたよ」


 これといった特徴のない声だった。だが気持ち悪い。
 かさついた手がシャツのボタンを開けて肌をまさぐる。突起に指が触れた時は鳥肌がたった。


「ずっと誘ってくれてたのに待たせてごめんね」

「や、っだ、誘ってなんか…」

「あの男の子といちゃついてたのは僕を煽るためなんだろ?」

「勘違いも大概にしろよ……っふ」

「かわいい乳首だなあ…やっぱり肌白いね。こっちはどうかなあ?」

「っひ…」


 かちゃ、と下半身から音がする。回復しつつある目で見てみると、今まさにベルトが外されていた。自由な足を動かして抵抗するが、膝で押さえつけられて動けなくなる。
 目をやられたのは痛かった、なんて。もう少し気配に注意しておけばよかった、なんて。後悔しても遅い。
 ベルトを地面に放り、男の手が赤司のスラックスの、フックタイプのボタンにかかる。


「さ、ご開帳…」

「――するわけないだろ」


 新しい声が頭上から降ってきた。次の瞬間、手足の自由が戻ってくる。本能的に身を縮めて目を擦り、大部分回復した目で前を見る。
 いたのは、俯せに倒れる男、と。
 男に馬乗りになり、男の両手を背中で一纏めにして押さえている、


「……黄瀬……?」

「赤司っち、警察」


 黄瀬は男から目を離さないまま言った。目元が赤い。泣いた後のような。催涙スプレーを喰らったのか聞くと、警察、と繰り返された。
 携帯で警察に連絡して通話を切る。赤司は黄瀬を見つめ、黄瀬は男を見つめ。男は赤司を見つめ、「赤司っち見てんじゃねえよ」と黄瀬に地面を見せられていた。赤司も、黄瀬にストーカーではなく自分を見てほしかった。そして太陽のような笑顔が見られたら、完璧に安心できるのに。

 ――ほどなくして警官がやって来て男を連行した。警官は赤司と黄瀬も事情聴取に連れて行こうとしたが「赤司っち疲れてるんで今度にしてください」と言う黄瀬に、では後日と署に戻って行った。
 人気のない道で二人きりになって、黄瀬が抱きしめてきた。本日二度目の抱擁を今度は心から受け止める。黄瀬の腕は震えていた。


「……遅かったっスね、オレ」

「そんなことはない」


 抱きしめ返す自分の腕も、少し震えていた。


「あの男も馬鹿だな、人がいないとはいえ外でことに及ぼうとするなんて」

「……」

「幸い、少し触られただけで大したことはされていない」

「大したことっスよ!」


 耳元で怒鳴られ、反射で肩が跳ねた。耳にキンという音が小さく響く。
 抱擁をといた黄瀬が赤司の剥き出しの肌に触れる。気持ちいい。相手が違うだけでこんなにも感じ方が違う。
 見上げると黄瀬は、泣きそうになりながら怒っていた。


「どこ触られたんスか」

「…ここ」


 教えた箇所を黄瀬が撫でる。撫でながら黄瀬は「なんで近いからってこんな道通るんスか」と怒った。シャツとスラックスを直される。なんでって、一刻も早く家に帰りたかったからである。
 髪の間に指を通され、頭をかき抱かれる。背中に手が回って抱き寄せられる。本日三度目の抱擁は一番あたたかく感じられた。
 消毒させて、と耳元で囁かれる。赤司が好きな、低くて艶っぽい声。
 消毒して、と囁き返すと、「その声反則」と抱き上げられた。反則はどっちだと言い返すには、体を包む安堵が強すぎた。



END.









* * *
なっがいですね…! スミマセン。ストーカー話とかついつい長くしてしまって…これでも削った方なのです。
展開がベタにならないようにしたが無理だった。ストーカーを気持ち悪くしようとしたのですが、こちらはまあまあ…?

>>微裏と呼べなくもないシーン入れちゃいましたが、裏要素は微々でもちょっと……な場合は教えてくださいませ、カットします^^

 
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