短編
□あとは自覚をさせるだけ
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赤司が好きだ。
いつからかは分からない。とりあえず、帝光中バスケ部部長兼マネージャー・赤司征華の第一印象は、偉そうな奴、だった。
第二から先の印象や新しく知った赤司のことはどんどん増えていった。頭がよくて運動も出来て料理も出来て、お手本みたいに字が上手くて、リーダーシップが誰よりあって、出来ないことはないみたいに何でも出来て堂々としていて。異例なことに、マネージャーなのに部長で(主将は別にいる)。挙げたら切りがない。
作られたみたいに完璧な女。胸があったら、怒る顔を見なかったら、ロボットだと疑ったかもしれない。
あれはいつだったか。一年の半ばの頃だったか。テツはいたけど黄瀬はいなかった時期のある日だ。
部活が終わった後、一人で体育館で練習していた。ボールを持ったらあとはバスケしか頭になくて、ボールがリングに弾かれて入らなかった時、我に返った。外は暗くて、自主練しだしてから三時間は経っていた。
腹が減ったから帰ろうと部室に向かったら声が聞こえた。男のものが二つ、女のものが一つ。楽しげな調子の声だったが、俺は声の主達を知っているから愕然とした。アイツらあんな楽しそうにすんのか。
ドアを細く開けて中を見ると、紫原と緑間と、赤司。紫原と緑間が隣同士に座り、赤司はその正面に座っていた。
紫原達の顔は見えなかったが、紫原の声はいつにもましてあたたかくて、緑間の声はいつもの刺が随分とれていた。
そして、赤司。
普段よりほんの少しだけ声が高い。顔に浮かぶ笑みは、普段の冷たい感じのするものや大人びたものではなく、開けっ広げで明るい、別人と疑えるもので。
この時から気になりだした。
それから赤司を見るようになった。目の下に隈がある時期があったり、緑間と紫原と話している時にあの時のものに近い笑顔をしていたり。試合にギリギリで勝った時は遅くまで残って、泣きそうな顔で反省と次やるべきことを出していた。その時も緑間と紫原はいて、緑間は将棋盤、紫原はお菓子を見ていて、一切赤司を見なかった。そんな気遣いに何でか悔しくなった。
そんなことやあんなことが、あったりして。
さっき気付いたのだが、俺は、赤司が好きになっていた。
長い前置きはここで終わる。俺は今から赤司に告白するのだ。正しくは、赤司に告白する為に赤司を人気のない場所へ呼びに行く、だ。人気のない場所――放課後の教室にしよう。
休憩時間、部員にタオルを配り終えた赤司の元へ歩く。
「青峰」
「峰ちーん」
歩いて、一歩で呼び止められた。無視しようとしたら肩を掴まれる。仕方なく振り向くと紫原は手を離した。その隣で緑間が眼鏡の位置を直す。
「…んだよ」
「征華に何の用だ?」
「テメエに言う必要はねーだろ」
まただ。緑間も、そして紫原も、赤司を名前で呼ぶ。紫原は名前をもじったあだ名だけど。名前で呼んでるのはこの二人だけで、正直羨ましい。
この二人は必ずといっていいくらいいつも赤司といて、それも羨ましい。
紫原が関係あるしと半分まで食べていたまいう棒を一口で胃に送った。
「フツウの用ならいいけどー。でも、フツウの用じゃなくて、告白でしょ?」
「……は?」
「ごまかしてもだめー。分かるし。あのね、峰ちんもダメだから」
「…………は?」
「お前は征華に相応しくない、ということなのだよ」
何でコイツら確信してるんだ。何で分かるんだ。
何で、ダメなんだ?
混乱する俺をよそに二人は赤司に近づいていく。そして何やら話している。赤司は特に表情を変えずに頷いた。右耳辺りで団子にして余りを肘まで垂らした髪が、頭の動きに合わせて揺れる。赤司の髪型はほぼ毎日変わる。
頷いて、赤司はバインダーを持った指先をぶらぶら揺らして、俺のところへ来た。大きな赤い目で見られて顔が熱くなる。色黒で良かった。
「ちょっと来い」
それだけ告げて赤司は俺に背を向けた。まっすぐ歩いていく背中に付いていくと、部室の中に入っていった。俺も入った時、赤司がドアを閉める。体育館の騒がしさがかなり消えた。
話はあるか、と赤司は聞いてきて腕を組んだ。
はなし。俺が赤司に言いたいこと。あるけどこのタイミングは何だ。紫原と緑間の野郎、さっき赤司に俺が赤司をどう思っているか話してたのか。聞いた赤司は呼ばれる前に俺を呼んだ、と。
この状況、どう考えてもフラれるが、それでも俺に「言わない」という選択肢はなかった。フラれていいわけじゃないけど、言うと決めたら相手に知られていても言おうと思う。
「ある。好きだ、赤司。付き合ってくれ」
「嫌だ」
「バッサリ言うなお前…」
分かっていたことだけど傷つく。聞こえないようゆっくり溜め息を吐いて一応理由を訊く。好きじゃないと言われたなら好きにさせるし、嫌なところがあるなら認めてもらうか出来るだけ直す。
が、赤司の口からは誰も予想できないだろう言葉が飛び出た。
「敦と真太郎が駄目だって言うから」
言葉も出なかった。頭で今の台詞をもう一回繰り返してやっと、意味を理解できた。
あと、お前のことをそういう意味で好きではないからかな、と。ついでのように赤司は言い。手首に巻いたデジタルウォッチを見た。華奢で白い手首に武骨で黒い時計は何だかクる。そろそろ休憩は終わりだから戻るぞ――言って赤司はドアを開けた。思えば赤司は自分から、自分を好いている男と二人きりになる状況を作っていたが。危機感がない、
「おつかれー征ちん」
「お汁粉を奢ってくれたら湯豆腐を奢ってやるのだよ」
――危機感がない、ことはなかった。
外に忠犬よろしく、いつもの二人が立っていた。緑間の発言は一見平等だが、考えてみるとお汁粉より湯豆腐の方が高い。
部室のドアはそれなりに厚いし、あの日この三人がけっこうデカイ声で話していた時も、声はほとんど漏れていなかった。だから聞かれてはないだろうが、フラれたことは絶対にバレている。断るように言った張本人達だし。
訳が分からなくてムシャクシャして、三人が遠ざかってから力任せに壁を蹴った。
* * *
「え、青峰っち知らないんスか? あの三人のこと」
コーラを何口か飲んでから黄瀬が言った。テツはその隣でシェイクをすすっていたが、黄瀬に同感するように目を見開いた。
今日ばかりは自主練もそこそこにした帰り道。テツに連れられ黄瀬とマジバに入って、ふと今日の休憩時間のことを話してみた。あの三人について何か知らないかと期待して聞いたらビンゴだった。逆に知らないことを驚かれた。
「んなに有名なのか? アイツら」
「有名っスよ! 赤司っちがいっぱいコクられてることは知ってるっスよね?」
「え? 知らねーけど」
「本当に赤司さんのこと好きなんですか青峰君…」
テツが呆れ顔をした。黄瀬も同じ表情をしている。色々思い返してみたら、赤司さんかわいい、とか赤司に踏まれたい、とかいう、誰が言ったかは思い出せない言葉を思い出した。そういえばモテるのかアイツ。
黄瀬がドン、とコーラをテーブルに叩きつけた。
「とにかく、赤司っちってモテモテで、入学した頃は月に百回以上コクられてて、今でも最低でも週一でコクられてて。でもオッケーしたことはないんスよ」
「…緑間と紫原が認めてねーからか?」
「はいっス。大抵の告白は二人が事前に察知して、告白される前に赤司っちに断るよう言うんスよ。んで、赤司っちはソイツからコクられても断る」
「…………」
「ちなみに二人が察知する前にコクっても、赤司っちは保留にして二人の意見を聞くっス。で、二人がダメって言うから断る」
「……ホント何なんだアイツら。束縛かよ」
「幼馴染みなんですよ、あの三人」
え、とハンバーガーを詰まらせる俺の目の前に、テツが水を置いた。コップ七分目までの冷たい透明を一気に飲み干す。
告白云々の説明をした黄瀬に代わり、幼馴染みについてはテツが話す。嬉々として話した黄瀬とは対照的に淡々と。
家が近所で、母親同士が妊娠中に病院で知り合って仲良くなっていて。腹の中にいた時からの付き合いで。昔から、少なくとも小学校時代から、三人はあんな感じなのだと。
やけに詳しいと思ったら、テツと赤司達は同じ小学校出身らしい。けど同じクラスになったことはないとか。
「赤司さんとお付き合いしたいなら、まず二人に認めさせないといけません」
「逆じゃね? ふつー赤司と付き合ってから認めさせんだろ」
「キセキの世代に一人として、バスケ以外の面では普通の人はいますか?」
…いない。
けれどそれにしても普通じゃない。アイツらは赤司の騎士か父親か兄弟か。
ここでまた、黄瀬が嬉々として身を乗り出してくる。
「前、二人にどーいう人になら赤司っちを任せられるのか訊いたっスよ!」
「まじか。どんなん?」
「ええと…頼りになって努力ができて、お菓子が作れて優しくて真面目で頭がよくて……」
「あはは、青峰君とはかけ離れた理想像ですね」
言いながら黄瀬がどんどん憐れみの表情になっていくのにイラッとした。まさかのテツに笑われてへこんだ。確かに俺と理想像は掠めるのがやっとの距離だ。というか思うが、お菓子が作れる、って紫原の出した条件じゃないだろうか。黄瀬が「あ、でも紫原っち、『でもやっぱプロと征ちん以外の人が作ったお菓子食べたくないー』って言ってたから、お菓子が作れるというのは無しでいいっスよ」と慰めるように言ってきた。あまり慰めにならない。
背もたれにもたれる。強くぶつけて背中が痛い。
目の前には俺が注文した一つしか食べていないハンバーガーの山、黄瀬のコーラ、テツのシェイク、理想像について話し合う二人。
「頼りになる、は……状況によりますね」
「努力ができる、はクリアだと思うっス!」
「そうですね。優しい、というのは、……」
「……微妙っス」
「優しさが分かりづらいですしね、青峰君。真面目、というのは言わずもがなですね」
「そっスね。…頭がいい、の最低基準、たしか緑間っちっスよ…」
「うわぁ…きついですね…」
二人が揃って、可哀想なものを見る目で俺を見た。その通りきついに違いないけど、諦めるつもりはない。そう伝えると二人は揃って首をかしげた。俺が恋愛にこうものめり込むことが意外らしい。恋愛に、というより赤司にのめり込んでいる、というのが正確だが、さすがにこっ恥ずかしくて言えなかった。
マジバを出て別れる時、黄瀬がいい笑顔で、テツが微笑んで応援すると言った時は、正直嬉しかった。
明日からは戦いが始まるのである。