短編

□あとは自覚をさせるだけ
2ページ/3ページ




 赤司に告白して、とんでもない理由で玉砕した翌日。

 あんまりしつこく引っ付いてもうざがられるかもしれない、と臆病になって、朝練の後からは赤司と話せていない。クラスが違うのが痛い。紫原と緑間は赤司と同じクラス――贔屓かっての。
 昼を一緒に食べることくらいは許されるか考えて廊下を歩いていたら、頭が見えないくらいに高く積まれた高校ガイドブックを運んでいる赤司を見かけた。ガイドブックが食い込む手が赤くなっていて痛々しい。腕がたまにブルブル震えている。今にも廊下に全部落としてしまいそうだ。
 気付けば体が勝手に動いていて、積み重ねの半分より少し少ない数を自分の腕に抱えていた。俺が持ちすぎると赤司は拗ねる気がした。
 頭が見えるようになって、赤い両目が俺をまっすぐ捉えた。ちなみに今日の赤司はポニーテール。


「誰かに手伝ってもらおうとか思わねえの?」

「……点数稼ぎ?」

「は?」

「しん――緑間達が、告白した後しばらくは点数稼ぎに僕に優しくする奴もいる、って」

「お前、それは失礼すぎんだろ。そりゃこれでお前がちょっとは俺のこと好きになったら嬉しいけど。運んでたのがお前じゃなくても手伝ってるよ」


 ムッとして語調を荒くすると、赤司は目を見開いて驚いて、すまない、と謝ってきた。気にしてないことを言ったら安心したように笑った。


「そういえば、そろそろ期末試験だな。赤点はとるなよ?」

「…やべーな……」

「と、る、な、よ?」

「…………努力ハシマス」

「…まったく仕方ないな。やる気があるなら僕が教えてあげよう」


 え、とアホみたいな声が漏れた。コイツは俺が自分を好いていることを本当に分かっているのか。驚く俺を心底不思議そうに見上げる赤司。期待させることを無自覚にやってのける。
 明日の放課後からやろう、と赤司は提案してきた。明日からはテスト一週間前で部活がない。俺はぎこちなく頷いた。思わぬ幸運に奥歯を噛み締める。

 赤司の教室に着くと、緑間と紫原が赤司を迎えた。たぶん、何か理由があって赤司と離れていたのだろう。紫原が俺の腕からガイドブックを引き取った。緑間が「これしきのことじゃ認めん」とまるで父親のように言った。二人共赤司の抱えるガイドブックには触っていなくて、半分以下だけ持って正解だったと確信した。
 赤司と紫原が教壇にガイドブックを置いた。紫原が「征ちんえらーい」と赤司の頭をやわやわ撫でる。赤司は憮然とした顔で「子供扱いするな」と唇を尖らせているが、されるがままにしている。紫原羨ましい。
 それでも、明日の勉強会のことを思うと気分が晴れた。単純かもしれないが、大嫌いな勉強をするのも赤司となら楽しみにできた。



* * *



「青峰は面白いなぁ…」


 フラれた気まずさなんてまるで感じちゃいないし、僕に優しさを押しつけることもない。初めて見るタイプだ。
 ガイドブックを敦と真太郎と手分けして配る。配り終えて、二人は当然のように僕の隣に来た。当然のように、というか、二人が僕の隣にいるのは当然そのもののことだ。
 僕の先の発言を受けてか二人が難しそうな顔をする。敦の難しそうな顔は事が上手くいかなくてむずがる子供の顔だけれど。


「征ちん、分かってるー?」

「お前達こそ分かっている――覚えているかい? 僕が言ったこと」


 不満げな顔をして見せると、二人は慌てて頷いた。おかしくて笑ってしまう。敦は僕が笑ったことを喜んで、真太郎は恥ずかしそうに眼鏡を指で押し上げた。



 小学校五年生の、九月の頃。まだ残暑が空気を這いずり回っている頃の話。
 靴箱に手紙が入っていた。すぐさま真太郎と敦と一緒に読んだ。放課後中庭に来てください、という内容と送り主のものだろう知らない名前が、汚いけれど一生懸命丁寧に書いたことが伝わってくる字で書かれていた。


『…果たし状?』

『んなわけないのだよ』

『征ちん、だいじょぶ。オレ達もついてくからねー』


 真太郎は思わずという風につっこんで、敦は僕をぎゅうと抱きしめた。別に、いきなり知らない奴に呼び出されてビビったわけではない。ビビってなんかなかった。決して。
 果たし状じゃなかったら何なのだ――高校入試レベルの問題も解ける頭で必死に考えていたら、見かねた真太郎が答えをくれた。


『告白なのだよ』

『告白? 僕に自分が犯した罪を報告してどうしたいんだろう』

『罪の告白じゃないのだよ! 愛の告白なのだよ!』


 怒鳴ってから『愛の告白』のワードに赤面した真太郎は可愛かった。
 愛の告白、その意味を、当時の僕は十秒かけて理解した。そして静かに焦った。


『…どうしよう。知らない奴を好きになるわけないじゃないか。断っていいんだよね?』

『もちろんだよー』

『どうやって断ればいいんだ…』

『心配することはない、征華』


 きっぱりと、真太郎は言った。敦もうんうんと頷いた。
 心配しないわけがない、そんなことを半ば取り乱しながら言った僕に、二人は。


『お前の恋人になるのはオレ達が認めた相手じゃなきゃダメだからな』

『うん。オレもミドチンもコイツのことみとめてないから、ことわるんだよー征ちん』

『……? 二人が僕の恋人を選んでくれる、ってこと?』


 うん、と二人は頷いた。
 家族と同じくらい大好きで大切な幼馴染み。僕のことを一番に考えてくれる優しい幼馴染み。二人になら安心して任せられるから。


『…うん、二人に任せるよ』


 その時から僕は、恋のすべてを、二人に委ねた。



 征華、征ちん、と二人が僕を呼ぶ声で我に返る。ボーッとしていた僕を心配そうに見つめる二人に笑いかけ、教室の壁にかかる時計を見る。もうチャイムが鳴る時間だ。僕の視線を辿った二人が席に着く。僕も席に着いた。敦が後ろ、真太郎が隣にいる。
 ふと、廊下で青峰と交わした会話を思い出した。


「…紫原、緑間」

「んー?」

「なんだ?」

「明日からテストが始まるまでは先に帰っていいよ」


 がたっ、と緑間が椅子から落ちかけ、紫原が教科書を床に落とした。拾おうとする前に教科書は持ち主に拾われた。


「な、なっななな、何でなのだよ…!」

「いっつも一緒に帰ってんのに…!」

「そんなに驚かなくても……青峰に勉強を教えるだけだ、大したことじゃない」

「「あのガングロ…!」」


 口調や性格の違いから、二人の台詞がぴったりハモることは滅多にない。
 珍しいものを見れた――聞けた。今日明日は、いいことがあるかもしれない。



* * *



「なんでテメーらがいんだよ!?」

「お前と征華を二人きりにするわけないだろう。お前にはオレが教えてやるのだよ」

「征ちんに教わるのはオレだしー峰ちんざまあ〜」

「…三人共、騒いでないでやるぞ」


 昨日、青峰に勉強を教えると話したら、二人は自分達も参加する、と言って譲らなくて。結局、勉強会の人数は予定の倍に増えた。
 敦に化学方程式を教えながら、天帝の眼でこっそり、真太郎に因数分解を教わる青峰を見る。ふて腐れているが真剣に問題集とにらめっこしている。驚いた。僕目当てだと自惚れるわけではないけれど、僕に教われないなら適当にやるかと思っていた。僕は彼を相当見くびっていたようだ。


「…オレに教えてんのに峰ちん見るのダメー」

「バレていたか」

「とーぜん。何年いっしょにいると思ってんの〜?」


 えへん、と軽く胸を張る敦の頭を撫でてやる。解いた化学方程式が合っていたからもう一撫で。敦は頭がよくないと先生方は言うけれど、僕が教えるとどんどん吸収する。教え方の問題だろうか。
 時おり雑談を交えながら、たまに青峰を盗み見ながら、勉強会は進む。
 告白されてから、青峰の一挙一動が僕の視線を離さない。楽しそうにコートを駆け回る姿も、シュートを決めた時一層嬉しそうになる笑顔も、黄瀬とバカ騒ぎしている姿も、見慣れているのに以前と違う。今も胸が疼いている。これは一体なんだろう。
 敦に理科を教え終えて、ふと気になって青峰達の様子を見る。ようやく半分進んだ、といった感じだ。


「……席を変われ、緑間」

「征華…?」

「僕が直々に教えてやる」

「マジか!」


 青峰が立ち上がって喜びを露にする。そこまで反応されると照れる。
 渋々、といった顔の真太郎と席を代わり、青峰に数学を教える。予想通りだが敦に教えるようには上手くいかなかった。本人が必死なのはよく分かるからいいけど。
 これ以上ないくらい噛み砕いて説明して、根気よく挑む青峰に付き合って、下校時刻が迫った頃。青峰は応用問題を一問、自力で解いた。


「よくやった。この調子なら平均点だって越せるさ」

「おう、ありがとな!」


 無邪気に、バスケをしている時みたいに喜ぶ青峰を見ていると、何だろう。胸のあたりがくすぐったい。その青い頭を撫でたくなった。敦にするみたいに手を伸ばす――その敦に手首を掴まれた。
 おいてけぼりの子供の顔で「だーめー」と。敦は言って、真太郎が僕の鞄を渡してきた。帰るぞ、と真太郎が言ってドアに向かう。僕も敦も青峰も、教室を出る。何でかな、敦と真太郎が勉強会に加わると決まった時、僕は残念がってた。何でだろう。
 だから、青峰と二人で勉強会を開いたらどうなるか気になった。

 帰り道、青峰と別れていつもの三人だけになった時、二人に言ってみる。


「明日からテストが始まるまでは先に帰って。青峰と二人で勉強したい」

「「あのガングロ殺す…!」」


 二人のハモりはレアなはずだけど、二日連続で聞いた。実は最近ハモるようになったのだろうか。
 取り敢えず、殺生はいけないと諌めておいた。

 
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ