短編

□秋色プール
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 申し訳ありませんが緑間・紫原・青峰・黒子・赤司の五名は、今日の練習に遅れるか、もしくは欠席します。


 昼休みも終わりそうな時間に届いたのはそんなメール。固い文を綴った送り主は、一番気に入っている後輩――兼恋人。贔屓は良くないと思うが公私を分けられるなら許されていいと思う。
 まじまじと五人分の遅刻(または欠席)連絡を読み返す。一斉に遅刻(または欠席)するなんて何があった。
 腕時計を見ると理由を聞く時間はなく、オレは仕方なく「了解」とだけ打ち込んでメールを作り、送信ボタンを押した。



* * *



 目立つ五色がいないと、世界はどこか物足りない。うち一色は目立つのに目立たないが。
 床にテープで引かれたラインに赤と青と緑、舞台の幕に紫、窓から見える空に水色があるのに物足りない。特にあの、苛烈な赤色が。

 赤司がどうなっているのか気になって仕方ない。校内ではまずないだろうに、危ないことになっていたらと気が気でない。今すぐにでもどこで何をしているのか聞きたい。

 それがオレ個人の私的な思いだった。今はバスケ部キャプテンとして部員に指示を出しているから本心は閉じ込めないといけない。公私の区別ははっきりとする。
 赤司を頭から完全に追い払って練習に集中する。難しいことではなかった。

 ただ、五人のうち三人――よく見れば四人が戻ってきたことで、練習一色の集中は途切れた。真っ先に目が行くはずの頭が見当たらず、目線が四人を行き来する。
 四人はまず遅れたことを謝った。青峰の渋々さ加減を見るに、きちんと謝るよう赤司に言い含められたに違いない。その赤司がこの場にいないのはどうしてだ。


「赤司君はプールにいます」


 黒子が言った。いつも感情が見えにくい表情が、焦った色を滲ませていた。
 というより何でプール。今は十月で、プールの授業を行う時期は終わった。大体放課後に授業はしない。
 行ってあげてください、と黒子は言った。お詫びなのだよ、と緑間が言った。一応れんしゅうしとくから、と紫原が言った。青峰は決まり悪そうに、無言で頭を掻いた。よく見ると全員、捲って足首を見せたズボンの裾が濡れている。
 部員を放り出すわけにはいかないと躊躇ったが、部員の様子を見に行くのも主将の仕事だと言われて返す言葉が見つからない。懸命に探したら見つかったかもしれないのに。
 あとを同じ二年に任せて体育館を出る。練習する陸上部の脇を走って、校庭の向こう側にあるプールへ向かう。入り口で靴と靴下を脱いでプールサイドに入った。


「…何、してんだお前」

「……着衣水泳、ですかね?」

「疑問系にすんなよ。しかも泳いでねえし」


 シーズンを過ぎて手入れの手抜きをされだして濁りだした、枯れ葉がところどころに浮いたプール。その中、第三コースのスタート地点に赤司はいた。声をかけたら振り向いてオレを見上げてくる。若干気まずそうで、赤司様だ魔王だ言われても、やっぱりコイツは中一のガキだ。
 手を差し伸べながらこうなった経緯を聞く。赤司は手を半端に伸ばして掴もうか迷っていた。差し伸べられる側になったことが少ないことは予想できていた。


「ほれ」


 手を揺らして強調する。すると観念したように残りの距離が埋められた。水に温度を奪われた手を引っ張る。冷えた体を、熱を分けるように腕に閉じこめる。汚いし濡れてしまう、と肩を押し返してきた手は、本人は力を入れているつもりかもしれないが弱々しい。ついでに、今まで白かった頬が赤くなっている。心底かわいいと思った。


「冷てぇな…」

「だったら離してください…!」

「嫌だ。…で、お前なんでプールん中にいたんだ?」

「…落とされたんですよ」


 一瞬イジメかと思ったが、紫原もいたのにコイツをいじめるような猛者がこの学校にいるとは思えない。しかも赤司の顔は無表情ではなく笑顔だ。
 質問を、なぜプールにいるのかに変える。笑みが苦笑いに変わる。優しい苦笑いだった。


「昼休み、青峰が紫原のお菓子を踏んでしまったんです」

「度胸あるな青峰…」

「まったくです。キレた紫原と逆ギレした青峰が喧嘩をして、それに緑間と黒子君が巻き込まれて」


 教師に見つかって、罰としてプールサイドの掃除を命じられたらしい。唯一五人の見張りとして機能できる赤司が監督役に選ばれた、と。青峰と紫原以外は完全にとばっちりだ。
 そういえばプールサイドがやけに綺麗だ。五人ともしっかり罰則をこなしたようだった。
 冷たい体を冷たいと感じなくなってきたのは、赤司が温まったからかオレが冷えたからかどっちだろう。


「…掃除が終わって、青峰が折角だから遊ぼうなんて言い出して。止めたら突き落とされました」


 光景がありありと瞼に浮かぶ。遊ぼうと提案する青峰、反対気味の緑間と黒子、どうでもよさげな紫原。そして、止める赤司を青峰がそんなこと言うなよどーん、とブールに突き落とす。
 で、落としてからことの重大さに気付いてオレを呼んだ、と。緑間の言ったお詫びの意味が分かった。
 少し体を離して赤司を見下ろす。キョトンとして、やや名残惜しそうに見上げる姿はそこらのガキと変わりない。強いて言えばそこらのガキよりかわいい。今は全身が濡れていて特に。水を含んで光を増した髪は肌に張り付いていて、同じく水を含んで肌に張り付いているワイシャツは、向こう側の色を透かしている。
 衝動的に透けている中でも特に濃い色を指先で押すと、腕の中の体は小さく跳ねた。笑顔は驚いた顔になって、目にはうっすら水の膜が張られる。


「…キャプ、テン?」

「知ってっか、赤司。ずぶ濡れはエロい」

「そっ、んな、ことで、自慢げな顔しな、でください…っや、あ」

「知ってっか、赤司。自慢げな顔のことをどや顔って言うんだぜ」

「知らな……んぅ、っ、は、話そらさないでくださ、っひ…」


 後ろへ逃げる細い腰を手で押さえて肩と首の間に噛みつく。練習着でもギリギリ見えないところ。激しく動いたらチラチラ見えるところ。
 抵抗が弱まったと思って見てみると、赤司の全身からは力が抜けているようだった。抵抗だと思っていた押し返す力は勘違いで、もたれられているだけだった。


「キャ、キャプテン、ぼたん外しちゃ…っ」

「外したくないのか? …着たまましてぇの?」

「ちがっ…ぁ、ふあ、……ん、くしゅっ」


 ガクガクしていた赤司は、一度ぶるりと震え、直後にくしゃみをした。小さく抑えられた可愛いくしゃみだったとだけ言っておく。
 我に返って赤司を見下ろす。唇は紫ではないがいつもより色がない。肌はいつもの白より白い。

 そうだ、こいつはさっきまで十月のプールの中にいたんだ。


「……キャプテン?」

「脱がすぞ」

「…っは、い」


 ボタンを全て外してシャツを脱がす。寒さからかさっき弄ったからか尖る濃いピンクに貪りつきたくなったが堪える。赤司を抱きしめたからところどころ濡れた自分のTシャツを脱ぐ。頭から着せると、拍子抜けしたようにポカンとした。同じようにズボンも脱がせて、オレのズボンを履くよう指示する。
 代わりにオレは赤司の服を着る。シャツは、成長を予想して大きめのものを着ているようだからあまり違和感なく着られた。ズボンは体格差と身長差ゆえにウエストがキツイわ丈が足りないわだが、何とか着られた。
 呆然状態から抜け出した赤司が目をくわっ、と見開いて詰め寄ってきた。


「――って、キャプテンが寒いじゃないですかソレ!」

「濡れてる奴が着るよりマシだろうが。お前に風邪引かれたくねえし」

「…お、れだって、キャプテンが風邪引くのは嫌です!」

「いーから従っとけよ。ほれ行くぞ」


 赤司の手を引っ張りつつ立ち上がろうとすると、半分以上は本気な力で抵抗された。先輩思いは嬉しいがオレも譲る気はない。こうしている間も赤司の体温は冷たい空気に奪われているだろう。
 無理矢理引っ張り上げようと全身に力を込めると、腕にしがみついていた赤司が顔を上げて見上げてくる。


「……おんぶ、してください」

「…………は?」

「その方が温かいでしょう?」


 そうなのだろうか。そうかもしれない。
 どうせなら横抱きしたいと思いつつ、背中を赤司に向けて屈んで、重みと温かみが触れたのを確認してから立ち上がる。それなりに重いだろうと勢いをつけたのに予想外に軽くて、たたらを踏みかけた。


「もっと食えよ。軽すぎ」

「黒子くんよりは食べてます」

「二人とももっと食え」


 靴下を靴の奥に追いやって靴を履き、赤司には赤司の靴を持たせる。
 校庭を迂回して体育館に戻る。すりすりと肩に頬擦りされると、プールに逆戻りか、保健室や空き教室に直行したくなるから止めてほしい。でも止められたら止められたでへこむ。せんぱいのにおいがします、なんて報告もやめてほしい。こっちは濡れた服だから匂いが残ってなかった。
 仕返しに好きだと言ってやると、肩にかぷりと噛みつかれた。真っ赤な顔であぐあぐと、全然痛くないキスの代わりだろう甘い噛みで、コイツには敵わないかもしれないと本気で思った。



END.









* * *
本誌でたぎりすぎたので書いた虹赤。虹とか強そうですね…実際強かったです。虹村先輩が今どうしているのかすごく気になる。とにかく虹赤布教します。虹赤増えろ!

 

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