短編
□一秒でも早く永遠を
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『謹啓 小春日和のうららかな季節となりました。
皆様ますますご清栄のことと存じます。
さて、私たちはこの度、結婚式を挙げることになりました。
つきましては、お付き合いをいただいております皆様に私たち二人の新たなる門出の証人となっていただき、幾久しくご懇情を賜りたく、人前にて挙式をとり行うことといたしました。
お忙しいところ誠に恐縮でございますが、何卒ご来席下さいますようお願い申し上げます。
敬具』
「……えっ?」
敬具、まで読んでから差出人の名前を確かめる。赤司征華と、緑間真太郎。敬具に続く記載は式の日取りと新郎新婦の名前。新郎、緑間真太郎。新婦、赤司征華。えっ、ともう一度声に出す。こんなに驚くボクは珍しいと自分でも思う。手紙を読み返して、今度は無言。頭が回らない。
気付けば衝動のままにケータイを手に取り、電話帳の上から二番目に記されている名前にコールしていた。
* * *
好きだ、と言われたのは高校の卒業式の後でだった。進学先の大学は東京だから、京都とは、こことは、しばらくおさらばだ。わざわざ卒業祝いに駆けつけてくれた玲央達と話して、昼食をとって、少し街を歩いて回って別れた。もっと一緒にいたかったけれど、その日寮の荷物を送るのに荷造りがまだ済んでいなかった。僕らしくない。
そうして寮に帰った時、入り口にいた緑の頭を見つけた時の驚きはそうそう忘れられない。胸のど真ん中に湧いた甘い疼きも。その緑は寮生の注目を集めていて、それが手に持った薄ピンクのカーテンのせいだけじゃないことは分かっているから少し頭に血が上った感覚も。
近付く前に向こうは僕に気付いた。僕は彼の十メートル真横にいたのだけれど。相棒の目でも借りてきたのかと思った。
僕も彼も歩き出す。僕が寮に行くのなんて分かっているだろうに。こちらがやって来るのを待つというのが居心地悪いんだろう。
お互いの距離が一メートルになってから命令のように言う。
「僕の部屋に来い。散らかっているけどね」
これ以上お前が人の目を集める前に。
散らかっているなんて謙遜だろう、と言いつつ、真太郎は僕に付いてきた。残念ながら今回は謙遜ではなく、紛れもない事実だ。
部屋に入って真太郎が目を見開いた。数回瞬きされ、長い下睫毛の先が激しく揺れる。
数個の段ボールと、数着の服と、本。それらが床にある部屋を真太郎は「確かに、お前にしては散らかっているのだよ」とカーテンを持ち直した。
座らせられる場所がベッドしかないのでそこに座るよう言うと、「お前はだから無防備なのだよ」と叱られた。今でも解せない。絶対真太郎が防備すぎるだけだ。
お互い立ったままにすることになり、ふと真太郎の服装に目が留まった。黒い学ラン。秀徳の制服。
「お前のところはまだ学校があるのかい?」
「いや。今日終わった」
優秀と自負する僕の頭は瞬時に計算した。東京から京都まで三時間弱。卒業式は大体十二時前に終わる。京都駅から洛山までの時間も考えると、真太郎が来たのは僕が寮に着く二十分前くらい。そこまで長く待たせてはいなかった。
何をしに来たのか静かに尋ねると、お前に会いに来たのだと分かりきったことを返された。イラッときて、皮肉を十個くらい飛ばそうと口を開き――一つ目を言う前に何か言われた。
何か。意味は理解していたが、聞き間違いに決まってる――聞き返そうと思う前に聞き返したら、真太郎はまったく同じ言葉を繰り返した。すきだ、赤司、と。
僕も好きだ、と勝手に動いた口から返事が飛んだ。弱々しく、届くか微妙な勢いで。
けれど真太郎はきちんと返事を受け取ってくれた。緊張の素振りは見せなかったくせにすごく嬉しそうに笑って、僕を抱きしめた。
「こんなところまで来て告白して、断られたらどうするつもりだったんだ」
「断られるイメージが湧かなかったのだよ」
「人事を尽くしているからか? それとも…僕もお前が好きだと知っていたか?」
「…分からん」
かくいう僕も、自分が告白しても真太郎は振らないだろうと思っていた。でも真太郎も僕を好いてくれているとは、多分知らなかった。感覚なのだ、きっと。
ロマンチックの欠片もなく結ばれて、真太郎の体温と幸福に浸り。しばらくして、真太郎の声が頭に降ってきた。
「結婚、しよう。赤司」
けっこん、と幼児のような発音で繰り返す僕に、真太郎が笑う気配がした。見上げると、すごく優しく笑っていた。愛しいものを見る目。愛しいもの、つまり僕。すごく恥ずかしい。その恥ずかしさが嬉しかった。
はい、とらしくない口調で答えた僕の額に、やわらかくキスが降ってきた。
――そこまで思い出して、『結婚ってなんですいきなりすぎますよていうか付き合ってたんですかいつから!?』とらしくなく取り乱していたテツヤを放置していたことを思い出す。隣では真太郎が新聞を読んでいるのだが、何だろう、雰囲気がお父さんだ。
「卒業式の日から、だな。正確にいうと付き合ってはいない。その場で結婚の約束をして婚約者になったからね」
『婚約者も付き合ってるの部類に入れていいと思いますが…まあいいです。早すぎません? つきあ――婚約してから一ヶ月ちょっとじゃないですか!』
「本当はもっと早くしたかったんだけどね。けれど皆、大学生になってすぐは忙しいと思って」
『どんだけせっかちさんなんですか!』
ぜえはあと息切れの音が聞こえる。相変わらず体力がない。
「どうせ最終的には結婚するんだし、それなら初めから結婚した方が無駄がないだろう?」
『お付き合い期間を無駄と言えるのはキミらくらいですよ……緑間君も同意見ですよね?』
「ああ」
『彼、恋人間の接触は唇以外にキスするまで派ですよね?』
「ああ」
『早く手を出したいからってあのムッツリ策士が…っ』
ギリィという歯軋りがここまで聞こえた。意味が分からずにいると、聞こえていたらしく真太郎が「そんな不純な動機ではないのだよ!」と。『どうだか』と鼻で笑うように言ったテツヤ。訳が分からないので話を戻す。
「……で、来られる?」
『行くに決まってます! 大切な友人の晴れ舞台なんですから。後日、手紙の返信の方、出しときますね』
「うん、ありがとう」
『…赤司さん、緑間君も』
聞こえているだろうか。真太郎を見ると、頷きが返ってきた。目と目の会話にこんなにも心が温まるとは。テツヤに続きを促す。
『おめでとうございます』
ありがとう、ときちんと返せただろうか。
通話を切った後聞くと同時に同じことを尋ねられ、同時に吹き出した。
* * *
「赤ちんすっげーきれい〜。お嫁さんにほしいな〜」
「笑えない冗談はよすのだよ紫原」
披露宴会場にて。
敦が後ろから抱きしめてくるのを懐かしく感じながら、来てくれた皆と昔のように話す。会うのはWC以来で、半年ぶりで、とてもとても、懐かしい。もう高校生ではないからか激しく懐古を感じる。
「えっ、結婚指輪まだなんスか!?」
「目下バイト中なのだよ」
「別に急がなくてもいいよ。時間はたっぷりあるし」
「ラブラブだな、ひゅーひゅー」
「大ちゃん、なんか古いよそれ」
「これからは緑間さんですね」
「だったらオレはミドチン呼び? ミドチンとかぶんじゃん」
「あ、じゃあ名前で呼べばいいんスよ! 征華っち!」
征華さん、征華、征ちん、と各々に名前を呼ばれる。さつきは元から征ちゃん呼びだ。
「オレが赤司になるのだよ、残念だったな」と真太郎が言うと、皆一斉に、緑間は緑間のまま呼ぼう、という意味の言葉をそれぞれの言い方で言った。何が残念なのだか。
征ちゃん、と呼ばれて振り向くと、洛山の皆がいた。
「すっごく綺麗よ征ちゃん! さすが私の子ね!」
「ぶふっ、いつから赤司が玲央姉の子どもになったんだよ」
「俺の為に牛丼用意してくれたんだな、サンキュー赤司!」
敦から離れ、一人一人と俗に言うハグをする。キセキが文句らしきものを言っているが、玲央達とは滅多に会えなくなったのだから大目に見させる。
秀徳勢もやって来て、人口密度が増した。
「真ちゃんちょー男前じゃん! ウケるーあはははは!」
「あー…おめでと。轢く」
「宮地、ここじゃさすがに軽トラ貸せねえや」
「二人ともその話題をやめろ…」
悪いな、と謝る大坪さんはとても苦労人に見えた。
彼らとじゃれる真太郎は不機嫌そうだが嫌そうではない。照れているだけだ。高尾が「照れてやんのー」と言った時は寂しかったけれど。僕だけじゃないのだ、真太郎のことを分かる人は。
ノンアルコールカクテルをちびりちびり飲んで秀徳勢を横目にして、暇だから洛山かキセキの皆の所へ行こうかと思ったら、背中を温もりが覆った。
「ミドチーン、ほっときすぎたらオレ、花嫁さんさらっちゃうからねー」
「だから笑えない冗談はよすのだよ!」
僕をひょい、と横抱きにした敦が、真太郎に見えないように片目を瞑る。中身も成長したみたいで、姉か母が持つだろう感慨が胸を満たした。
秀徳から離れてこちらへ来た真太郎が、敦の腕から僕を奪って歩き出す。敦を見ると、イタズラが成功した子供の笑顔で手を振っていた。またも感慨に胸を満たされる。手を振り返しながら思う。早く下ろせド天然。
お姫様抱っこ状態の僕らを皆が冷やかして、ようやく真太郎は僕を下ろした。眼鏡の位置を直して誤魔化そうとしているが、耳が真っ赤だ。
「誓いのキッスっスよ!」
「キッスとかキモいです黄瀬君。普通にキスと言ってください」
「え、キッスするの!? きゃああ!」
「桃井さん、もうちょっと声を小さく…」
「この扱いの差!」
キッスキッスと連呼しだす大輝はただ涼太の口まねをして遊んでいるだけだ。
指輪の交換もしてないし、誓いのキッスしてもいいんじゃない? と玲央が微笑む。だが真太郎は公衆の面前では恥ずかしがってキスしないと思う。
「あー、じゃあオレが赤ちんにちゅーしちゃおっかなー」
敦がヘラリと笑う。僕は――真太郎以外は全員、その意図を分かっている。
「その必要はない」
力強く、けれど優しく肩を引かれる。顎を、何万ものシュートを打った指が掬い上げる。黒ぶち眼鏡の向こうの瞳には心得た顔の僕がいたが、これでも胸は痛いくらい高鳴っている。
ゆっくり唇が近づいて、固く僕のそれと重なった。
冷やかしみたいな歓声が聞こえだした数秒後に離れる。眼鏡の位置を直す真太郎の耳はやっぱり真っ赤だった。
END.
* * *
この企画で結婚させた話は二つ目です。どっちもドレスだ…白無垢も似合いそう。赤ちんのことは恋愛じゃない意味で大好きだけど緑間を焚き付けるためにわざと引っ付く紫原、でした! そして婿養子緑間。