短編

□誰の好きも分かってない
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「あはっ、伊月さんだ! いっづきさーん! あーいらーぶゆううう!」

「…高尾?」


 自主練やら自主勉やらをして、すっかり遅くなった帰り道。校門を出ようとした時、高尾と会った。珍しく緑間と一緒ではない。リヤカーもない。
 一体どうしたのか聞くと、伊月さんを待ってたんです、と弾んだ声で返ってきた。


「伊月さんに会いたいなー、と思って来ちゃいました! 丁度よかったっす、夜道に一人は危ないし」

「え、いや俺男だし平気だと…」

「オレと帰るのイヤっすか?」

「…イヤ、じゃない」


 じゃあ行きましょ――するりと絡めとられた手。不快にならないのは、むしろ嬉しいのは、高尾が正しい距離をわきまえているからだろう。さすがのコミュ力だ。
 一つの影を夜に溶かしながら歩く。沈黙が出来上がらないか心配だったが、会話には困らなかった。高尾が絶えず話すからだ。暖かくなってきましたね――もうすぐオレ先輩になるんすよ、似合わねー! ――今日は満月なんすね。などなど。


「暖かくなってきたけど、夜は少し寒いな」

「あ、たしかに。マフラーとか欲しいです」


 繋がれた手の指がもぞりと動いた。そこに意識を向けてから二秒後に、ただ繋いでいただけの手は恋人繋ぎと呼べるものになっていた。
 さすがに変なんじゃ、ともの申してみる。すると捨てられた子犬みたいな目で「やっぱイヤですか?」なんて聞いてくるから、首を横に振った。嬉しそうに笑うから、かわいいな、と呟く。そしたら「伊月さんのがかわいいですよ」と言われた。
 ふと高尾がケータイを取りだし、困った顔をした。緑間が呼んでいるのだと言う。自分に構わず行くよう言うと、かなり渋ったが、「断腸の思い!」と意外と難しい言葉を叫んで、走っていった。
 一人になった帰り道は静かで物寂しい――


「伊月センパイ」

「うわっ!? …火神と黒子じゃん。とっくに帰ってたんじゃ…」

「マジバに寄っていたので。伊月センパイ、一緒に帰りません?」

「センパイと帰りてぇ、です」

「…そりゃもちろん、喜んで」


 よっしゃあ、と火神が全身で喜びを表す。黒子も火神と同じ感情をほんのり表に出している。大袈裟だと思うがやはり、懐かれているのは嬉しい。
 とりとめのない話をしてしばらくし、黒子が夜空を見上げた。雲一つない、星が申し訳程度に散りばめられた、紺碧の空。高尾が言った通りに月は丸い。


「月が綺麗ですね」

「ああ。満月なんだってさ」

「三日月っていつだ、ですか、伊月センパイ」

「……半月後くらい?」


 真面目に考えて答えを出して、そして次の瞬間、気付いた。「そんな鈍感なところも可愛いです…!」と静かに悶える黒子の声は聞こえない。耳の中では、火神の言葉が繰り返されていた。
 歩みにあわせて無造作に振られる火神の腕を掴む。


「火神、ナイスじゃないっすか!」

「え」

「三日月と伊月、いつと伊月をかけたんだな、巧いぞ火神! 天才だ」


 溢れ出る笑顔をそのままに火神を褒め称える。終いには屈ませて頭を撫でた。「オレ、死んでもいい…」と何かに浮かされたような調子で言って、火神は黙り込んだ。
 どれくらい歩いただろう。ああ、と黒子が残念そうに声を上げた。見ると、分かれ道。伊月は右へ、黒子達は左へ行く。


「では、また明日」

「お疲れっした」

「おー、明日な」


 手を振って別れる。静かな帰り道はやはり物寂しいが、家はもう近い。あと五分くらいで見えてくる。
 角を曲がって見慣れた家が見えて、そして、こちらも見慣れた人影を二つ見つけて、一瞬足が止まった。次の瞬間に小走りになる。


「ひゅーが、木吉、何してんの?」

「お前を待ってたんだよ。遅かったな」

「数学教えてほしくてな! 伊月得意だろ?」


 伊月家の前で立っていた日向達はそう言った。数学は定期考査とは別に大きなテストがある。自分で勉強しろよ、と思わなくもないが、時間が無かったのだろうことは予想できた。伊月なら読めば理解できる内容を、日向達は何十分かかけて飲み込むのだから。
 理解できるよう教えられるか若干不安になりながら二人を家に上げる。夕飯を一緒に取ろうと勧めたが、二人ともコンビニで買った弁当を食べるらしい。伊月は自分の夕飯を自室に持っていき、三人でそれぞれの飯を食べた。そして勉強会が始まる。


「…なあ、木吉」

「ん? なんだ?」

「……何でオレに後ろから抱きついてんだ?」


 伊月は木吉の胡座の上に座っていた。木吉の腕は伊月の肩から前に伸びて、伊月の腹と胸の間で交差している。この体勢になってから日向はずっと不機嫌そうだ。勿論、勉強の進度はよろしくない。
 まったくだ、とぶつくさ言って、日向が伊月を木吉の腕から奪う。人形にするように抱かれて伊月はキョトンとするばかりである。しかしそれも束の間、伊月を引く力を誤ったらしい日向が後ろに倒れた。言わずもがな伊月も巻き添えだ。


「びっくりした……大丈夫か? 日向」

「おお…こっちこそワリィ」

「…………何してんの日向」


 起き上がって日向から離れようとすると、腰を掴まれて動けない。離そうと身を捩るがびくともしなかった。キジョウイ、と日向が呟いたが意味が分からない。
 ひょい、と腋の下に手を入れられたと思ったら、浮遊感に包まれる。振り向くと木吉がニコニコ笑っていた。


「どうする日向。三人でヤるか?」

「あー、抜け駆け禁止って約束しちまったし駄目だろ」

「意外と律儀だな!」

「オイ意外ってどういう意味だ」

「そのまんまの意味だぞ!」

「表出ろ! つうか伊月離せ!」


 そうだった、と木吉が手を離し、伊月は床に着地した。二人の会話の意味は九割方分からないが、言うべきことは分かっていた。日向、木吉、と外に出ようとする二人を呼び止めて、ニッコリ作り笑いを見せる。



「勉強しろ」



 ハイ、とロボットのように頷き、二人は正座して問題集に目線を落とした。



END.









* * *
総受けはかろうじて出来てますが、甘々イチャイチャがサッパリです申し訳ないです。甘々もイチャイチャも馴れてきたし何とかなるさ! と思ったのですがうああ…。高尾に始まり日向木吉で終わりました、ハイ。
リクエストありがとうございました!

 

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