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 mainに書くかもしれないネタ、日常。
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 降り積もった雪が少しとけた頃、黄瀬はやって来た。いつもは彼の来訪を楽しみにするが、今回はそうは思えない。娘と引き離される時がとうとう来てしまったのだから。何も知らない娘は純粋に父親と会えることを待ち遠しく思っていて、そのはしゃぎようを見るとまた泣きたくなった。
 黄瀬は、自分が断ったら無理に娘を引き取ろうとはしない。断っておけばよかった。そう思うが今さらだ。
 赤司が己の部屋で一人後悔に潰れそうになっている頃、黄瀬は娘と対面していた。赤司からもらった赤の髪、自分が送った瞳の黄色。そして、赤司と黄瀬の両方から譲られた美しさは珠のようだ。やっぱり俺と赤司っちの縁は深いっす、と一人ほくほくする。が、何より愛する我が子と引き離され、他人に預ける赤司の気持ちを思うと辛かった。


「赤司っち、やっぱり後悔してるっすか?」
「後悔することほど無駄なことはない。するとしたら反省だ」
「……辛いなら、赤司っちも都に来たらいいっす。他の奴らから、絶対俺が守るから」
「僕は行かないと言っただろう。身分不相応だ」


 その日の夜、赤司と黄瀬は褥で言葉を交わしていた。小さな土地の主である赤司の身分では宮廷には暮らせない。大体、黄瀬が他に愛する者は女ばかりだ。男の自分が行けるはずがない。娘にまで風が当たる。
 彼が自分一人だけを愛してくれればいいのに、と欲深く思う。愛してもらえているだけで有難く思わないといけないのに。


「赤司っちさえいてくれれば他の娘がいなくてもいいっす」
「は、馬鹿だな。博愛主義はどうした」
「本当のことっすよ」
「…………僕はね。あの子が、僕みたいに取るに足らない身分としてではなく扱ってもらえたら、それだけで嬉しいんだよ……」


 不自由なく、明るく、幸せに過ごしてくれたらそれでいい。
 そうは言うものの堪えきれず顔が歪む。相変わらず涙だけは流さないよう我慢しきれた。黄瀬の指が、乾いた目尻を拭う。夜明けは近かった。



* * *



 翌朝、赤司自らは娘を抱いて牛車が停まっている場所へ歩いた。久しぶりに会えた父と車に乗れる、と娘は無邪気に喜び、急いで牛車に乗る。そして赤司の袖を掴み、可愛らしい声で、


「おかあさまも、おのりになってください」


 と引き寄せようとする。
 自分と当分会えないと知ればこの子はどう思うだろう。泣くに違いない、悲しむに違いない。自惚れでも何でもなくそう思う。
 想像するだけで胸が潰れるようで、自分が元から胸が割けそうなくらい辛いのもあって、胸が壊れてしまいそうだ。赤司は途切れ途切れに別れを惜しむ言葉を吐く。しかしそれも言い切れず、嗚咽のような声はとけた雪で濡れる地面に落ちた。

2013/10/24(Thu) 21:45

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