読物

□同じ空の下
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また会った時に返すと約束した望遠鏡。

時間が空くと、ついつい手に取り空を見上げていた。

何処かの土地であの人も、同じ空を見ているかもしれない。

同じ空気を感じているかもしれない…そんな儚い想いを募らせながら、望遠鏡を廻していた。

「…やけに熱心どすな」

「あっ…秋斉さん…」

何故か慌てて望遠鏡を後ろ手に隠してしまう。

「隠さんでもええよ、澄玲はんがようそれで外を見てはったの、見とりましたから」

咄嗟に隠してしまった望遠鏡を、おずおずと前に出す。

「えらいもんを持ってはりますな」

「慶喜さんに借りたんです」

へぇ、と不思議そうに秋斉は首を傾げた。

「次に会った時にお返しする約束をしたんです」

「……」

「…秋斉さん?」

返事のなかった秋斉を見ると、少しだけ難しそうな顔をしていたが、直ぐに何時もの表情に戻った。

「…慶喜はんが、羨ましゅうなりますなぁ」

「え?」

「独り言やさかい、澄玲はんは気にせんでええよ」

扇子で口元を隠しながら、くすりと笑った。

「もうすぐ稽古の時間やさかい、支度しはりな」

「あっ、はい、わかりました」

望遠鏡を覗いていると、時間があっという間だ。

秋斉に言われ、慌てて身支度を整える。

風呂敷にしまう前に望遠鏡を今一度胸元で握りしめ、片付けた。


(どうか、今日一日慶喜さんが元気でいますように)


そう願いを込めて。


「…澄玲はん?」

秋斉に催促され、慌てて部屋を後にした。


澄玲の背中を見送った秋斉は、大事に部屋の隅に置かれた風呂敷包みに目をやる。

「わての方が、あんさんと長くいてはるのになぁ…あんさんの想いは、慶喜はんにしか向こうてへん…」

そう、ぽつりと呟いた。




時は同じ頃。

晴れ渡る空を見上げた慶喜は、少し口角を上げて笑っていた。

「どうされましたか?」

「……いや」

何処かであの子が囁いていたような気がして、緩む口元を手で隠すように踵を返した。


この用が終わったら、一番先にあの子の笑顔を見に行こうと決めて。

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