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□嵐の教育実習生
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五月の下旬。
そこはとある県立高校。
進学校としても名高いその学舎に、突然……でもないが、思ってもいなかった方向性で嵐が訪れる。
**************
「ねぇ、教育実習生が来るのって明日からだよね?」
「そういえばそうだったねー」
「かっこいい人来るかなぁ?」
「えっ、何、狙うの?!」
「だって四つ上だよー?私年上好みだし、年的にはどストライクなんだけど」
あははー、とクラスの女子が下らないことで会話を弾ませている。
彼女的には下らなくなんかないのだろうが、今まで来た教育実習生の中にかっこいい奴なんかいたものか。
まず男女が半々くらいで来る時点で既にイケメンと出会う確率はぐっと低くなる。
毎年のようにこの話に花を咲かせては勝手に落胆しているのを覚えていないのか。
いたとしても所謂「雰囲気イケメン」だ。それに喜び、声をかける。
アホらしい。
そもそも、進学校の受験生である自分達に、実習生が割り当てられることはまず無い。
勉強の時間を割いてでも実習生控え室に行く気なのだろうか。それこそアホらし過ぎて呆れる。
が、今の自分の心境を表すとイライラだけではない。ソワソワもあった。
彼女たちが実習の二週間、まともに勉強できるのか。
それを心配するに十分な奴が来るのを、私は知っている。
(行動面だけでも良いから目立たないでくれ……)
**************
下校時間。
特に部活に所属していないので、さっさと下校し、書店に寄る。
好きな作家の文庫本が新しく出たのだ。受験勉強の合間に、気分転換として読むのくらい良いだろう。
迷わず目当ての本を見つけ、手に取り、レジに向かおうとすると、
「あら、ジャーファルじゃない」
「ヤム」
目の前にいたのは、小学校から幼馴染みのヤムライハだった。
「こんなところで何してるの?」
「本屋に本を買いに来る以外で目的ってあるんですか」
「それもそうね、あんた立ち読みとかしなさそうだし」
「そんな時間はありません」
「そう。」
「じゃあ」
「あ、ねえ」
「何?」
「明日からの教育実習、シンドバットさんもいるんですって?」
「………………………何で知ってるんですか」
「ピスティが噂してたの。前付き合ってた先輩とシンドバットさんが生徒会で一緒だったらしくてね、来るって話を聞き付けてたわ」
「………………………………」
「みんな明日から大丈夫かしらね?」
「……さあ」
ふふっ、楽しみねー♪
と言いながらヤムライハは漫画の棚へ消えてしまった。
(…………オタクめ)
女子は怖い。
特にピスティ。
さて、女子が夢見るイケメン教師、シンドバッドの存在がほぼばれてしまった今、自分にできるのはあの天然女たらしに釘を刺しに行くくらいだ。
本を買い、店を出る。まっすぐ家の方向に帰り、自宅の一軒前の家のベルを鳴らす。
『はーい』
「私です」
『あ、待て、今出る』
ガチャリ
「やあ、ジャーファル」
「こんにちは、シン」
「上がるか?飯食っていけよ、またおばさんたち居ないんだろう」
「………いやです」
「冷蔵庫の中身は自由に使って良いぞ!!」
「いや、なんにも嬉しくないですよ?」
「ジャーファルのご飯が食べたい」
「開き直らないで下さい」
と言いながらも上がってしまう。
こいつの料理下手さは涙が出てくる勢いだと知っているので、何だかんだで作ってやりたくなるのだ。
また昨日もコンビニかカップ麺で済ませたのだろう。
冷蔵庫の中なんて、ほとんど自分が持ち込んだものしかない。
3日に一度はこうやってご飯を作りに来る習慣がついてしまっていた。
甘やかしていてはいつまでたっても料理なんて上達しないが、大学4年のシンに料理を練習する時間なんて無い。
自分も、父は単身赴任、母は大手企業の社長秘書で、社長と一緒にあちこち飛び回ったり残業したりで、家でゆっくりしている姿はあまり見ない。
結果、家には人がほぼいないので、家で食事をすることに執着する必要性はこれと言って無いのだ。
それに、シンの家には自分の家よりたくさんの辞書や参考書があるため勉強しに来たりもしていて、この家に来る頻度は最早半同棲レベルと言って良い。
一昨日もご飯を作りに来た。
躊躇なく上がり、台所より先に風呂場に行き、風呂掃除をしてお湯をため、リビングを簡単に片付ける。
冷蔵庫を開けると、調味料とベーコン、漬け物しか無かった。
明日買い物に行くつもりだったのだ、そりゃあ無くてもおかしくはない。
野菜室に使いかけのほうれん草があった。パスタとシーチキンもあったし、今日はこれで適当に作るしかあるまい。
大鍋に湯を張りながらリビングでテレビを見ているシンに、
「もうお風呂たまりますから、さっさとお風呂入っちゃってくださーい」
と叫んだ。