Du bist mein Licht

□sechs
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不意に感じた気配に零はチッ、と小さく舌を鳴らした。
彼とは違うその気配は、紛れもなく自分が嫌いな気配そのもので。

「零」

彼のそれよりも高い、年相応の、よく響く声。嗚呼、イライラする、と零はその形のいい眉を少し歪めた。

「…なんだ」

振り向かずに零は簡潔にそう呟く。

「零は何故兄上と共にいるんです?」

またその話か。と零は頭を痛める。

「…お前には関係無い」
「………」

だから零は彼が嫌いだった。人の領域に、土足で上がり込んで来る。
いつだって、彼は零を不快にさせるのだ。

「…貴女はいつだって兄上しか見ない」
「っ…!?」

不意に感じた殺気に零は思わず身構える…よりも先に、アマイモンの手が零の首を絞めつけた。

「ぐっ…お、前…!」
「ボクは無視されるの、嫌いなんです」

零も知っているでしょう?とアマイモンは首を傾げる。

「こっちを向いてくださいよ、零」
「離…、せ!クソ悪魔…!」
「嫌です。ボクの質問に答えて下さい」

でないと死にますよ?とアマイモンは零の首を締める力を強めた。

「くっ…か、はっ!」
「ねぇ、零」

アマイモンの眼が細められて、零を見据えた。いつだって彼女は、彼の心を掻き乱す。

「たまにはボクにも構って下さいよ」
「黙、れ…!」
「………」

嗚呼、もういっそ殺してしまおうか、と思ったその時。

「アマイモン」

空気が震える程の強く鋭い殺気を感じて、アマイモンはその声の主へと顔を向けた。

「ああ、兄上」
「…お前、何をしている?」

兄上、と呼ばれた彼は間違いなくメフィストで。零の置かれた状況下を理解すると至極不快そうに顔を歪めた。

「…その手を離せ、アマイモン。…彼女は私のだと、いつも言っているだろう」
「嫌です。今回ばかりは兄上の命令とはいえ聞き入れられません」
「…ほう?」
「いつもいつも兄上ばかりズルいです。ボクだって零と遊びたいです」
「アマイモン」

お前はそんなに聞き分けの悪い訳ではあるまい?とその鋭い眼を、さらに細めた。

「分かったらさっさとその手を離せと言っている」
「嫌です」
「………」

この聞き分けのない愚弟をどうしてやろうか。メフィストは暫しそう思考を巡らす。
けれど、その、刹那。
弾かれるように、アマイモンの手が零から離れた。
いや、まさに弾かれたという表現が適切であるだろう。

「…クソ悪魔の分際で、気安く私に触れるな」

そう呟いた零の瞳はさながら血のように妖しく輝いていて。

「零さん!」

零を取り巻く気配。
それは人間とは違う、自らと同種のもの。

「零さん…いけません!それは、ダメです!」

貴女は、人間と近い存在であって欲しい。決して同族などに成り下がってはいけない。

先程の出来事で、恐らく零の中の「奴」に反応したのだろう。
完全に、理性を失っている。

「(アマイモンめ…面倒なことをしてくれたな)」

彼女は酷く不安定だ。だからなるべく刺激しないように。なるべく我々と同族と成り下がらぬように、気にかけてきたのだ。

彼女は酷く美しい。

彼女の美しさ。それは見目ではない。その心だ。その脆さも儚さも、そして彼女の抱える闇さえも。そしてそれら全て、汚したくはない。汚されたくはない。
彼女の中の「奴」などに、汚されては堪らぬ。

「零」

そう、名を呼んで、彼女に口付ける。
ピタリ、と彼女の殺気が止まって。
まるで蛇の如く研ぎ澄まされたそれが、声を潜めた。

「メ…フィ、スト…?」

いつもの零の声だ、と安心して顔を離す。

「っ…私は…」

彼女は酷く驚いて、メフィストを見据える。

「メフィスト、私……今」
「いいえ。何もありませんよ」
「で、も…」
「…零さん」

メフィストの声に零はびくりと身体を震わせた。
本来のあの強気な零であれば、こんなことは、ありえない。

「………」

自分は、あの強く気高い零が好きなのだ。
こんな、不安定な状態の、いつ消えてしまうとも分からぬ脆いものなどではない。
零の頭を軽く撫でて、安心させるように諭す。

「きっと、疲れてるんですよ。…今日はもう休みましょう」
「…だけど」
「零」

びくん。と零はそれにまた身体を震わせて。
震える彼女を抱き締めて、包む。

「…メフィスト…」
「はい」
「…夜は怖い」
「私がいます」

だから安心して眠りなさいと。宥めるように頬を撫でると、やがてマントを握る力が弱まるのを感じて。
治まったか、と安堵の息を漏らすと、メフィストはアマイモンをギロリ、と睨む。

「……アマイモン」
「…はい」
「二度目は無いぞ」

それだけ呟くと、メフィストはバサリとマントを翻して消えた。

残るのは漆黒と、闇に溶ける風の音。

「…兄上」

貴方は一体何を考えているのですか。

「ねえ、兄上」

零を一体何に使おうと言うのですか?

兄上。



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