紅き叫びと銀の誓い

□気配
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ざわり。と木々の揺れる音がする。
その微かな揺らめきの中に感じた確かなものの気配に、ルナリスは本に落としていた視線を空へと移す。
空に異変は感じられない。だとしたら自分の気のせいなのだろうか。とルナリス二三瞼を瞬かせた。
けれど確かに感じ取ったあれは魔力だ。それも、人間のものではない。異形の者の放つそれと酷似していた。
けれど至極中途半端だ。微かに人の者の気配も感じるのだ。

「…あくま。1つ問いても、いい…?」
「…われに答えられることなら、ま」

一体何が、答えられることならばなのか。数千年の時を生きるあくまならば、専門内の話を分からぬ筈はない。

「…さっきの、気配」
「…自分直感を信ずる、ま」
「………」

魔の気配。あれがそれであるならば、あくまは何故、慌てぬのか。
彼はいつだってこのプリンプを守ろうと必死であるのに。

「…酷く、冷静なんだね」
「…そなたが参られま、杞憂も払われま」
「……そう」

そう事も無げに目を伏せるルナリスは、酷く、美しい。
月を映したような金色の瞳。生糸のような細く腰まで伸びた白銀の髪。
人のものとは思えぬその風貌。

少女はその美しい髪をふわりと翻すと、本を閉じた。

「…やはり…行く、ま?」
「…ボクは死ねればそれでいいからね」

そう。いつだって彼女は死に場所を探してる。
微かに紡がれた生の糸を、自ら切り離そうとする。

その起伏に乏しい表情が、微かに動く。

「……ねぇ、あくま」
「なにま」
「…止めないの?」
「止めても、止まらぬま?」
「……そうだけど」

ルナリスは本をあくまに渡すと、出口へと身を翻した。

「…ルナリス殿」
「…なに?」
「酷な運命を…辿るま?」
「…それが、何?悪いけれど…運命なんて興味は無いよ。…ボクは死にたい…それだけ」
「…そう、ま」

あくまは既に知っていた。この物語が何をもたらすのかを。

これは、悲劇しか産まぬのだと。

けれど、知っていても、なお。
あくまはルナリスを、生かしたかった。

これは彼女が生きようという意志を持たせるための、最後の手段。


「ルナリス殿」

生きてもらわねば、困るのだ。

「…また来るといいま」

彼女は希望なのだから。

「……気が、向いたらね」

そうして彼女は、プリンプ博物館を後にした。






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