紅き叫びと銀の誓い

□死にたがりの女神は
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アルカ遺跡、最奥部。そこで相対する、二つの存在。

一人は少女。名はルナリスという。
もう一人は少年。正しくはその姿を借りし魔物。

暫く沈黙が走って。ふと、ルナリスは何かを思い出したかのように口を開く。

「……君、名前は?」

目の前に立つ、少年。いや、正しくは少年の身体を借りたその存在へと問いを投げた。

「名などとうに忘れた」
「…そう」

ルナリスはそう呟いて目を伏せる。
その1つ1つが、酷く、美しい。

「…一応、あやしいクルークなどと呼ばれてはいるがな」
「……あやしいクルーク?」
「こやつ…私の借りている身体の主の名がクルークというのだ」

ふぅん、とルナリスはそう名乗る魔物を見据えた。

「…じゃあ、あや」
「……あや?」
「長くて呼びにくいから。だからあや」
「……好きに呼ぶがいい」

あや、と名付けられた魔物はふん、と少し顔を逸らす。

「うん……好きに呼ぶ」

それで、あやはさ、とルナリスは至極気だるそうに目を伏せる。

「ボクを殺してはくれないの?」
「…一つ聞くが貴様は何故そこまでして死にたいのだ」
「だってボクは生きてたって意味がないもの」

忌まわしき者。忌まわしき者。呪われた少女。彼女は周りを、人を不幸にする。殺さねば、殺さねば、と周りは言う。死ねばいい、死ねばいい、と周りは言う。
だから、ああ、ボクは生きていちゃダメなんだ、と。そう思うようになったのは、一体いつからだったろうか?
ただ死にたい死にたいと、ひたすらにそれだけを、願ってきた。

「…だからボクは死ななくちゃいけない」

だからこうして、自分を殺してくれる存在を、捜してる。

「人間や魔導師達は……誰もボクを殺せなかった。それどころか傷一つ追わせられなかった。いつだってボクは……気がつくと人を、魔導師を、他の存在を殺めてた」

だからこうして忌み嫌われる。だから畏れられる。全ては強すぎる魔力が故に。

「だからボクは死ななくちゃ」

もう他の者に嫌われるのは嫌だ。
そう呟くルナリスをチラリと一瞥してあやクルは溜息を吐いた。

「…くだらんな」

その言葉にルナリスはえ?と目を見開いた。

「強すぎる魔力?そんなもの、お前が月の女神の生まれ変わりだからだろう?」
「っ……な、」

何故、この魔物は知っている?
出会って間もない筈なのに。話してもいない筈なのに。

「何故、といいたいのか?…そんなもの、見ていれば分かる。私が女神と出会った…その時のそれと、同じ」

いや、正しくは……とあやクルは目を細めた。

「正確には、限りなく酷似している、と言ったところだが。…ああ、貴様…新月だろう?もう一人の…月の女神。噂だけだが、知っている」

夜を照らす月とは正反対の、夜を深める新月。
限りなく研ぎ澄まされた闇。そこに輝く一つの白銀。

紛れもない、目の前の少女はそれと酷似している。
いや、もはやそれと言っていいであろう。

「お前の価値を、多くの人間が解っていないだけだろう。それに…神話や歴史なぞ、歪められるものだ。そして陽は陰無くして輝けない。お前はその陰の役割をしていたに過ぎない」

同じ月の女神でも。もう片方を輝かせるそのためだけに、彼女は忌み嫌われた。
そう。ただそれだけの為に。

「だからそのように悲観する必要など無い」
「………」

…この魔物は。自分に生きていていいと言うのか。自分に生きている価値があるというのか。

「…ボクは」
「?」
「人を殺すよ」
「本意では無かったのだろう?」
「…生きていていいの?」
「貴様はどうしたいのだ」

自分…自分は……自分は一体どうしたいのだろう?
ただひたすら死ぬことだけを望んできて…死ぬことが幸せだとそう思ってきた。
だから今更どうしたいかなどと。

「…分からない」

そう、分からないのだ。
死ぬことだけが全てだと考えてきたルナリスには。

「ならばそこに自らの意志が宿るまで生きてみろ。…生きてみて…それでも何も分からなかったなら…その時は私がお前を殺してやろう」
「………本当?」

私は嘘はつかぬ、とあやクルは溜息をついてルナリスを一瞥する。
新月とはいえ…あの月の女神が死にたがりとは、とあやクルは心で飽きれがちに呟く。

じ、と自分を見据えるルナリスを自らも見据えて問う。

「…何か言いたいことでもあるのか」
「…また…会えるかなって」
「……私は暫くはここに在る。…好きに訪れれば良い」
「……うん」

ルナリスはその言葉に薄く笑うと、踵を返して遺跡を立ち去る。
あやクルはそれを眺めながらぽつりと呟いた。

「…なんだ…あやつ、笑えるのではないか…」






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