紅き叫びと銀の誓い

□魔物と女神は。
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微かに感じた魔力に、ルナリスは静かに瞳を瞬かせた。
感じ慣れた、少し悲しげなこの魔力は、紛れもなく彼のものだ。

「あや」

そう、声を掛ければ、こちらへと向ける澄んだ紅い瞳が目に入って。
ああ、綺麗だなぁと、ルナリスはそんなことをぼんやりと考えて、微かばかりに細められる彼の瞳を見据えた。

「また来たのか」
「うん」

来てもいいって言ったのはあやでしょ、と呟くルナリスにまあ、とあやクルは言葉を濁して。

「お前は、暇なのか?いつもいつも飽きもせず、私の元に通うとは」
「…?暇じゃなかったら来ちゃダメなの?」

あやクルの言葉にルナリスは心底不思議そうに首を傾げて。
己の元に来ること。それは決して悪くはない。いつでも来るといいと言ったのは紛れもなく自分ではあるのだが、如何せん不思議だ。
いくら月の女神の生まれ変わりとは言え、危機感が無さすぎでは無いか、と。

「…私は、魔物だぞ」
「…?うん、そうだね」
「怖くは、ないのか」
「………」

ぽつり、と溢れたその言葉に、ルナリスはああ、と心の中で納得する。
紅い魔物──彼は、そうか。己と同様、人に恐れられてきたのだ、と。

「…ボクが、どうしてあやを恐れるの?…あやがボクを、恐れなかったのに?」

生きてみろ。そんなことを言われたのは、ルナリスにとって、初めてだったのだ。
いつだって、人は彼女を恐れた。だからこそ、安寧を得るために人々は恐怖の対象を殲滅しようとする。
きっと、彼もそうだ。魔物である、それだけで──彼は人から、恐れられた。

「それに…何よりあやは、ボクを殺してくれるんでしょう?」

そんな恩人を、なんで恐れるの?と己を真っ直ぐに見据えるルナリスに、あやクルは目を見張って。

ああ、なんと酔狂なことか、と一つ溜息を吐いた。
もう一人の月の女神は──なんとも変わっている。

「…変な奴だな」
「あやも人のこと言えないでしょ。……いつの時代も、恐怖の対象は──少しばかり変わった者。…そんなものだよ」
「…そうだな」

そうだ。いつだって、恐怖の対象になるのは、「どこか他者と、自らと違う者」なのだ。
それは種族であったり、他者と異なる力を持っていたり───人は、自らの理解の及ばぬ者を、恐れる。

魔物もそうだ。
女神だってそうだ。

魔物は魔物であるというだけで、面白半分に、人にその身を封じられた。
女神は通常とは異なる月の、陰の存在として、不吉だと恐れられた。

いつだって世は、人のエゴで回る。
人の身勝手で形作られる。

けれど、それでも。──異なる性質を持った者同士は、決して、交わる筈が、無い。
───交わっては、いけないのだ。
魔物が悪だとするならば、女神は善だ。しかし、それは正規の月の女神であるならば──の話だ。

彼女は、新月だ。
限りなく、闇に近いもの。
正規の月が、世を照らすとするならば、彼女は、夜を深める。

だからこそ、こうして──相容れぬ筈の二人が、交わったのだ。

闇に誘われるは、業か。

「だからボクは、あやを怖いとなんて…思ってないよ」
「……そうか」

交わる筈の無い二人が生む、後の悲劇は───

まだ誰も……知る由も、ないのだ──。






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