狐の嫁入り

□第二幕
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天は時に強い味方となる。

突如として降り始めた雨は、ある一つの戦を終着へと導いた。
轟いた雷鳴が、雷の婆娑羅者である彼を味方した。
そうして彼は、また一つ勝利を収めたのだ。
けれど彼はどこかつまらなそうで、至極不満気だ。どうしたのか、と彼の右目たる青年が思考を凝らせば、ああ、暴れたりないのだ、と合点が言った。

「政宗様」

彼が呟けば、分かっている、と三日月を掲げた青年は呻る。

「帰るぞ、小十郎」

くるり、と政宗は踵を返すと、待機させていた馬へと跨った。まだどこか不満そうな主の背を追うように、小十郎は馬を走らせる。
先程まで快晴だったのが嘘のように降りつける雨が、恐らく彼をより不快にさせるのであろう。
響くのは馬の蹄の音と、止まぬ雨の打ち付ける音のみで、いつもの猛々しさは見受けられない。
ぱしゃん、と水の弾ける音が響いて、不意に前を歩んでいた主が足を止めたことに小十郎は気が付いた。

「…政宗様?」

よもや残党か、と刀に手を掛ける部下を政宗は制した。

「下がってろ、小十郎」

そう呟いて見据える主の目の先には、美しい白銀をした、何か。

「これは…」

折角の美しい毛並みを、しとどに濡らし、浅い呼吸を繰り返すこれは。

「Ah…fox、だな」

そう。紛れもない、狐だ。
けれど確実に、普通の狐では無いのだろう。
尾が九つに割れている。それが何よりの証拠だった。

何故狐がこんなところに、とふとそう考えて、ああ、と納得する。
ここは河川敷だ。恐らくこの狐はこの河を流されてきたのだろう。
それにしてもなんと悪運の強い狐だろうか。この降りすさぶ雨で荒れた河に流され、生きているとは。
だが恐らくこのままでは死んでしまうのだろう。

「小十郎。コイツは俺が連れて帰る」
「な…!お待ち下さい!妖の類いやもしれません!」
「Ahー…なら小十郎。もしコイツが妖だったとして、お前はこの弱った奴を見殺しにすんのか?」
「!?そ、それは…」
「このままじゃあ、確実に死んじまう。目の前にいる奴一匹助けられなくて天下を取れるとそう思うか?」

政宗はにんまりと笑って、小十郎を見据えた。こう言われてしまっては、断れる筈もない。
小十郎は深く溜息を吐いて、分かりましたと呟いた。

上手く丸め込まれた気がする…と小十郎は先程よりも幾ばくか機嫌の良くなった主の背を見据えた。




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