Memory of a crocus

□8 二者択一
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目の前には深い地の底へと続く階段。
手に持ったロウソクで奥を照らしても、暗い闇がどこまでもあるだけだった。
いってみようか……
ゆっくりと暗い階段を下りていく。そこに何かがあると願って。


朝食を食べている時、中庭にまだ開けていない扉があったのを思い出した。
どんな場所か確かめようとそのドアを開いてみたのだが、そこは地下への階段だったのだ。
なので部屋にあったロウソクを持ち出してとりあえず階段を下りてみた。

「少し寒いな……」

ひんやりとした空気に身震いする。
階段の下には地下通路のような道が続いていた。
迷わないか心配だったが、しばらくは一本道なので大丈夫だろう。
暗い道を私はゆくっり歩き始めた。
これまで、ホテル内を歩き回ったり、図書館に篭ったりしていた。
だけど、これといって見つけたものがない気がする……
見つけたとすればあの小さな花くらいか。
……キャサリンさんの言っていた現実に帰った人というのはどんな人なんだろう。
どうやって現実に帰ったんだろう。

「現実か……」

自分でも少しづつ忘れていくのがわかる。だんだん曖昧になって、そっちが夢じゃないのかと感じたりもする。
早く何か見つけないといけないのかもしれない。

「……忘れ……っ!」
「……え?」

ロウソクの明るい光に照らされる中、聞き覚えのあるような声がした。
慌てて顔を上げれば、青白い光がゆっくりとこちらに近づいてくる。
誰かいるのだろうか。

「もう一回言う。ここ絶対忘れるな!基本だぞっ!」

よく見たら、近づいてくるのは空中に浮いている魚だった。
さっきから聞こえるこの声は、目の前の魚の声。しかも顔はテレビになっている。
そしてこの声は……

「……先生」

現実の先生の声だ。毎日毎日同じことを繰り返し言うから、もう聞き飽きてしまった声。
でも今の私にとっては、大事なものかもしれない。
帰り道と同時に、自分はどういう人間なのか。それを見つけないといけないのだ。
しかし、こちらに気づいた魚はくるりと方向転換して、遠ざかってしまう。

「ちょっとまって!」

必死で追いかけた。
やっと見つけたのだ。見失うわけにはいかない。
運動神経は面白いくらい普通な私は、見失う事も追いつく事もできない。
だんだんと息が切れてくる。
曲がり角を何回か曲がったとき、魚の尻尾をやっとの事で掴んだ。

「はぁっ……」

よく見たら、不思議な魚だ。骨だけなのにちゃんと泳いでる。
しばらく暴れていた魚だがやがておとなしくなったので、その顔を覗き込んだ。

「ジジッ……」

しばらく砂嵐だった画面が、やがて鮮明な映像に変わっていく。
これで、自分を見ることができるのだ。


シャープペンと時計の秒針の音が、自分を焦らせる。しばらくして、教壇に立つ教師の声が響いた。

「そこまでっ!!」

やがて順位表が張り出される。
皆が思い思いの反応を見せる。
そんな中、私は自分の名前と順位を見てため息をつく。
前回と大して変わらない。ましてや下がっているような、そんな気がする。
自分より上の人なんてたくさんいる。でも決し悪いわけじゃないと自分を納得させた。


「ちょっと彩雨。あなた成績下がったんじゃない?」
「……そんなに変わってないよ」

自分の成績を指摘する親に、そっけなく返してしまう。
どんなに勉強しても大して成績なんて変わらない。努力はしているはずなのに。

「いいか、ここは基本だ覚えておく事!」
「なんでわからない!?」
「結果は後日張り出される。覚悟しておけ」

成績の良い順に決められていく現実。
学校から帰り、塾へ行く。重たい参考書を抱えながら、同じ道を往復するだけの日々。
変わらない毎日。中途半端な成績のまま変わらない自分。
塾の帰り道、暗い道を一人で歩く。
きっとこのまま、私はこの世界に迷い込んだのだろう。


「えー?彩雨は十分成績良いじゃん」

テレビに友人の顔が映る。
そうだ、私には友人がいた。いつも一緒にいて、励ましてくれる友人が。
彼女に支えられた事なんて、数え切れないくらいある。
彼女の成績は私よりはるか上だったが。それでも良い友人でいてくれた。
いつも笑顔を私に向けてくれる。
……彼女は今どうしているんだろう。

……会いたい。

「ザッ……ザザッ」

またテレビは砂嵐に戻って、それきり何も写らなくなった。
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