御本(長編)*宵待ち*
□宵に逢えたら(前)
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『・・・おはようございます。土方さん。』
「よぉ。早ぇな。・・飯の仕込みか。」
『えぇ。土方さんも今日はお早いですね?』
冷たい廊下の真ん中ではたと私が出くわした土方さんは、もうすっかりお仕事の装いだった。
『おでかけですか?』
ただ隊服のスカーフだけ、首にかかってるだけで結われていない。
下ろした手に持っている煙草がゆらゆら煙を上らせている。風がないから殆ど真っ直ぐに。
「ああ。・・・今日は終日な。」
『そうですか・・・。どうぞお気をつけていってらして下さいね?』
「ああ。・・・多分、お前の母親とも今日会うだろう。何か伝えとくか?」
一瞬だけ横に顔を向けて、スパっと短く煙草を吹かした土方さん。
『そうなんですか・・・。ご迷惑をかけます。元気だと、とりあえずそれだけ今は伝えていただけますか?』
「それだけか?・・・悪ぃな。前もって言ってやれりゃ文を預かってやってもよかったんだが。急な段取りになっちまったからよ。用意してねーだろ?まだ。」
『えぇ。でも別に今生の別れではないですから・・機をみてまた。自分で出してみます。』
本当にここは優しい人ばかり。
土方さんの気配りもどこか特別に穏やかに優しい。
あの時の剣幕の恐ろしさこそまだ覚えにあれど、それ以外は到底“鬼”の異名に思い当たる節がない。私には。
逢ってまだ3日であるけれど。
「わかった。それは伝えとくぜ。・・・じゃあな。」
『よろしくお願いします。いってらっしゃい。』
すれ違って、出かけてゆく土方さんの背に振り返りなるべく長く見送った。