御本(長編)*宵待ち*
□二話《逃避の花嫁》
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食堂に立ち込める美味しい夕餉の香り
『なんとか…間に合ったわね』
もうすぐ18時。夕餉の時間だ。
あとは魚を焼けば…
手を洗い包丁をしまっているところへ
「お、間に合いやしたか…また旨そうですねィ」
沖田がひとりでやってきた
『あら…沖田さん。まぁ…何だか着流し姿も素敵ですね』
やってきた沖田は黒い着流しを着てまだ髪は濡れていた
『“水も滴るいい男”って沖田さんみたいな人のことをゆうんですね』
少し気恥ずかしくなり、安寿は慌てて手元を動かした
「…そうですかィ?…んじゃ、年下でも」
沖田はそんな安寿の前にまわり
「“そそられ”やしたか?」
彼女の顔を覗きこむ
瞳が合う…
蛇に睨まれたようになって…戸惑って…
安寿の瞳が星の瞬きのように小さく揺れる
「…なんてな。あんたは俺に靡きそうにねぇや」
そうゆうと沖田は姿勢を戻し、盆を取りに行った
『…ごめんなさい。沖田さん。』
「おっと…まだ俺ぁあんたを好きだって一言も言ってねぇのに・・いきなり振るとはひでぇや」
『………。』
安寿は黙ってしまった
「あんた…いつまでここに隠れてるつもりなんでい?」
『 !? 』
その言葉に安寿は顔を上げて反応した
「…いい人待たせて逃げてきたんだろ?あんた。明日祝言だって聞きやしたがいいんですかィ?」
『誰からそれを』
「山崎でさぁ。あいつはうちの監察でィ。」
『そうだったんですか・・。あっという間に証されてしまいましたね』
「あたり前でさァ。ここはそうゆうところでィ」
『…えぇ。そうですね。でも“いい人”なんかじゃないんですよ?』
安寿はどこか力無く微笑んでそう言った
「…“お巡り”つっても、駆け込み寺じゃねぇ。あんたみたいのが勝手な理由で居られるとこじゃねぇってこたぁ…わかってんだろ?」
『……。』
「今、山崎が土方さんとこに報告に行ってやす…あんたも早めに身の振り方考えた方がいいですぜ?」
沖田は自分で食事を盛りつけて席に行ってしまった
まだ…他の隊士は誰も来ない
『………沖田さん』
安寿は沖田を見た
「…ま、焼き魚ぐらい見ててやりまさァ」
『ありがとうございます』
安寿は割烹着を置いて、頷くように沖田に会釈して駆けて行った