御本(長編)*宵待ち*

□十三話《酒と下戸と白月の宵》
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今朝。

私は昨夜のことを思い出しながら食堂にいて

そこに・・・・



「安寿さん。」



ひょっとしたらもうあまり声をかけて貰えないかもと思っていた人が私の予想をとってもあっさり退かして声をかけてきてくれた。



『山崎さん…お早うございます。』

「・・・うん、おはようございます。よかった、また挨拶してもらえて。・・・昨日は最後してもらえなかったから(苦笑)」



道着の袴姿で、山崎さんが私に配膳盆を差し出して


「昨夜のこと。謝るっていうか…安寿さんに気に病んで欲しくなくて何か、フォローでもできないかなって来てみたんだ。一番乗りで(苦笑)」


優しさと・・・苦しさみたいなものが混ざった笑顔の山崎さん。


『私・・・』

「もしかして、一晩オレのこと考えてくれたんですか?」

『・・・ハイ。だって』


お盆を受け取って・・・でも動くつもりがない私が山崎さんにちょっとずつ言葉を返そうとやってみる。



「ハハ…そりゃ気になりますよね。だけどスミマセン。もう気にしないで下さい。」


いつもと変わらないような山崎さんの声だけど、笑い声が…乾いてるかも。



「さすがにオレもこの数時間で“忘れて下さい”までは言えるようになってないんですけど…でも、もう安寿さんに一晩でもオレのこと考えて貰えたってゆうのわかりましたし、いつかは・・・“もう大丈夫ですから、忘れて下さい”とか言えるようになるかもしれないし…」

『山崎さん・・・』


「安寿さんは・・・うん。進んでください。オレなんかが言ってもしょうがないですけど、例えばもし、安寿さんが自分の“ここでの領分”を責めてずっといるなら、もうそうゆうのもあまり気にしないで進んでみて下さい。大丈夫だと思いますよ?」


こうやって私は俯いてお話を聴いているのに、



「安寿さんは、そんなに“領分”にどんどん縛られてくことないんじゃないですか?」



山崎さんの気配はこちらを見つめてくれている。



「それに卑怯ですけど、安寿さんが進むことでオレ・・・あなたから離れようとしてるんです。昨日のがなかったらオレ、それも決断できませんでしたよ。きっと。職業柄、実は結構しつこいですから(苦笑)でも・・・だからもうオレのあの気持ちには安寿さんは振り返らないで…ね?」


もう一度、山崎さんからお盆を渡された。


「泣かないで。オレの為とか・・・ダメだから。今は、そうだな・・・・それには“嬉しくない”っていうしかないよ、オレ(苦笑)その涙は貰えません。・・・・新しいのに変えてください(苦笑)」


最初のお盆に雫をこぼしてしまったから・・・

山崎さんはそれを動けなくなってしまった私の手からそっと外してくれて・・・


“新しいモノ”を与えてくれた。



『ハイ。わかりました…ッ』




こんなに優しい人に見守られていたこの数週間を振り返ると切なくなってしまって

せっかく彼がくれた“新しいモノ”をもうダメにしないように

私はそれを大事に胸に寄せて包んでからまた少しだけ涙を零した。




ありがとう山崎さん。

あとでちゃんと“ここ”にあなたへの恩返しをのせて運びますから。

だから今は・・・・少し離れて待っていてください。


「うん…ゆっくりでいいですから」



そう言って微笑んでくれる山崎さんに結局少しの間また私は見守られて・・・

胸に抱えていたお盆を台に置いて、今出来るありったけの感謝をキレイに盛った。

これと、山崎さんが見守ってくれていた私の笑顔も今まで通りきちんとあわせて




『お待たせしました。どうぞ』

「ありがとう。オレの元気の源・・・大事に頂きます!!」




その手に届けた。



そんな、“気重を治す”ようなひと時。

でも…


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