御本(長編)*宵待ち*

□七話《病む心、病める時》
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病み上がりの重い身体を起こした朝。

天気は良く庭の雪は日照りに参って萎(な)えている。

その景色を見て、夕べ読んだ土方さんからの手紙をまた読んだ。




《明日も寒い。暫らく休め。》






確かに寒い日だけれど、




『私は萎えてばかりもいられないです。嬉しいですけど・・・・』




手紙をそっと文机に置いて、一緒にもらった労(ねぎら)いの盆をもって立ち上がり

食堂に向かった。



部屋を出てみると思いの外気分が良く足が進む

顔を上げて、すっかり見慣れた誰も動かない静まった朝の屯所を見渡す。

でも



『・・・・・・え?』




見慣れた景色ではなかった。

庭を挟んだ遠めの向こうに

ちょうど今、部屋を出てきた彼と目が合ってしまった。



その顔は遠目でも、訝(いぶか)しく私に眉間を寄せているのがわかる。

視線を外されて・・・・銜えていた煙草に火をつけたよう。

そうしてゆっくりゆっくり・・・・時折、庭を見ては短く煙を吐き

廊下の向こうからこちらへと歩いてくる。

なぜだか緊張が私の胸に走る。





「・・・・んで、起きてきた?」


『土方さん・・・・』





ちょうど食堂の前で鉢合ってしまった。

少し寝起きの掠れた声。


前にも見たように彼の手元で煙が一筋揺れている。



「飯・・・いつ食った?」

『夕べ、・・・・多分遅くない時間だったかと。』




庭に煙(けむ)吐くふりして横目でこの盆を覗かれた。



「そうか。」

『おいしかったです。ありがとうございました。』


「・・・あぁ。」

『・・・・・・・・。』




もう気まずい空気がきてしまった。



「・・・・んで。」

『はい?』


「なんで、起きてきた?・・・・・あれ、読んでるか?」

『・・・えぇ。読みました。』



やっぱりあれは彼からのもの。




『嬉しかったです。』

「・・・その礼は説得力ねぇぞ?お前が起きてきたんじゃ返ってな。余計な世話を焼いてんのは承知してんだよ。こっちは。けど・・・仇で返された気分だぜ。」




それは最も。だから・・・・ただ、身体が強張る。




『ごめんなさい。夕べの時はお言葉に甘えるつもりだったんですけど・・・』



珍しく歯切れが悪い口ぶり。




「けど?なんだ?」

『今朝は・・・お天気がよくて。日照りが気持ちよかったものですから』




フゥー・・・・ッ。



ため息のように紫煙が舞う。



「そうか。なら・・・・お前にはこうすりゃいいわけか?」

『え?』



どき・・・・っ。





『土方さん、ちょっと・・・・・ 』




あと一歩ずれれば食堂

その戸脇の壁に私が彼に追いやられる。

高い背に私が隠されて庭も見えなくなる。




「・・・・・フゥー。・・・今は、日は陰ってんぞ?」

『っ!』




廊下の端で迫る彼の所為で、明るかった朝の清々しい様子が忘れられる。

苦し紛れに下を向いたら

下ろしていた煙草の手があがって、口はしに銜えた。

斜(はす)な銜え煙草の口が動く。




「この盆は俺が預かる。部屋戻って寝とけ。」

『で・・・・も・・』




折角ここまで運んできたものを没収された。

どうしてか素直に言うことがきけないようになる。





これでは自分で自分が困るのに。


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