御本(長編)*宵待ち*

□十四話《宵酔い》
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酒を煽った俺がお前を眼射(マナザ)す。

したら、当然の反応か…お前は相当な焦り顔で側の巾着を引っ掴んで


『ッ!!』


立ち上がるより、寧ろ飛び出して駆け出す勢いで俺に背を向けやがった。

足袋の後ろ足なんざ絡まって、そのまま座布団に僅か滑って、蹴躓(ケツマヅ)いても部屋を逃げ出そうとする安寿。


その後ろ姿の腕を余裕で、廊下出る寸前まで追って掴んで

力任せに惹き寄せたら・・・・


振り向かせ様で上から捻じ伏せるみてぇにその唇へ咬み付いた。

安寿の首が無理な角度でもろに仰け反っても、俺は鬼らしく冷徹気取って、その口を覆うほど大胆にして、温まった酒を安寿に下す。


『んっ!』

「・・・・・」


くぐもった声が“好く”聴こえる


「耳まで紅ぇ‥」


離した唇は安寿の耳元も冒(オカ)す。

これが、“女と男”だ。


「…如何(ドウ)だよ」


不敵を装った笑みをくれてやった。つもりはなくとも…やっちまった。

自己嫌悪は…まだ早ぇか。




ゾクッ…

彼の低い囁き声に私は抵抗権さえも奪われた。

頭が眩眩(クラクラ)する。

まだ酔う筈などなかったのにどうしてこんなことになったのか・・・。


まだ、この人に酔っては・・・

この宵で酔っては・・・ダメ・・・・・・。

なのに

濡れるような瞳を互いに向けて


『土方さん・・・』

「月見は終いだ」


抱き寄せられて、それと同時にまた唇が獲られる。

今度は押付けられるようなキスで唇が開けられない。

腰を抱く腕の逞しさに男の狡さを知ってしまう。


「…甘い酒だったな。べとつきやがる」


女将にゃ悪ぃが、特段うまくねぇ酒だった。こんじゃ俺でも酔えねぇ。

ぺろ…

安寿の唇を舌先で舐める

そのまま


「・・・開けろ」とせがんだ。

『・・・・・ぁ』


小さく開けたがそいつぁ無駄な羞恥心(モン)だ。

んなもん、すぐに舌で抉じ開け…

歯列をなぞって知り尽くして

後は勝手に奥まで入り込んで安寿の舌を捕らえる

そうして俺のから逃げれば逃げるほど、余計に全部を俺と酒の名残が侵食して口中を甘くすんのにコイツは逃げ続ける。


(そんなのはな…)


何度も角度を変えて安寿の舌を追いかけまわす


「…ピチャ・・プチュ…ク、チャ…チュ・・クチュ・・・っ・・ハア………」


“お招き”みてぇな逃げに理性を侵食されちまう。

ただ…本気をヤッちまったら不味ィ。

けど・・・


接吻(キス)でこのまま酔い潰れちまいそうだ

気が治まらねぇ。止まらねぇ…止まらねぇ……

終わらねぇ……微塵も終わりが見えやしねぇ…!!


俺はコイツを…とっくの遠に、

相当、遠のとっく、最初っから!!

お前がこっちに微笑んできたあんなんより前の一瞬の一目にな……ッ!



「好きだ…凄ェ…」

『っ!?』


結局こうなんならもっと早く…


『でも私は・・・・っ』


お決まりのようにほざいて、また意固地か?

この期に及んでも、こい奴ァんなこと……ッ!!わかってんだよっ!

こっちも百も本気(ホンキ)で、んなこたァ!!

“結局”も“早く”もヘッタクレも…ッ!!全部今日まであっちゃァ、ヤバかったよな!?

けど“今”なんざ、俺はもう“知らねぇ”んだよ!!

前…昨日までだったらな、確かにまだ…俺も身の程、振り方、弁(ワキマ)え、肩書き、俺の領分、終いにゃお前の領分まで…何もかんもやたら全部“承知”して出来やしなかった。


けどな、もう……

お前も、瞳は真っ直ぐ俺を捕らえてんじゃねーか。

頭はどい奴を思い出してる?


クソッ・・・

そんな狡ィ女は赦さねんだよッ!!


「ちょっと黙れよっ」

『んっ!!』


なにも言えなくなれよ…なっちまえ…

この片手で押さえ込める、んな小っせぇ頭ん中は俺の名前しか・・・

俺しか知らねぇ女になれッ!!

ああ…もう・・・・


本気(マジ)で、あの白々しい月にも見せたくねぇ・・・


「ハッ…ク、チャ…」


俺が今お前にしてんのは、もう接吻でも恋でも・・・まして愛ほど誠実(マコト)でもねぇ。

一層(イッソ)ただの酷ェ…欲情だ。



クソッ…だからッ…んなに誘う、表情(カオ)すんな・・・・っ!!


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