御本(長編)*宵待ち*
□二十一話《深刻・深黒・真黒…》
1ページ/5ページ
港付近。
でけぇ倉庫の影に着けた車を降りると、すぐ山崎が俺を呼びやがった。
「副長…そこのコートどうぞ。副長のと、局長のも持って来てますから」
冬の海風が届くところでの張り込みだ。
あんパン貪って、双眼鏡覗く山崎の後ろにそれが用意されてた。
「随分、用意周到だな。」
ボンボンの署っ引きといい…厭って程今日のコイツは気が回ってやがる。
「すみません。…生意気な真似してますよね(苦笑)けど、“余計なアタマ”…使って欲しくないんですよ。…集中してください。“本件に”。」
“余計なアタマ”…“集中しろ”…
そりゃ“公私混同すんな”っつー、どっちにしろ生意気な忠告か?山崎。
「チッ…ああ。んで、首尾はどうだ?」
「そうですね。お蔭様で今日は仕事がスッキリ片付きそうですよ?」
「あ?」
てめぇの余計な気回しで既にスッキリなんざ期待できねぇっつーのに
よく言いやがる…
山崎から渡された双眼鏡を覗いて神経を集中する。
「…ほぉ。成る程な」
双眼鏡を一度外して見据える先には、港についてやがる胡散臭い停泊艦。
「どうしたんだ、トシ」
その俺の様子を見て後ろから近藤さんも車を降りて双眼鏡を使いにくる。
「……ん?なんだ?あの女」
近藤さんもレンズ越しに目視できたであろう女は…
「まぁ…本命とまで行けねぇのは、今回はわかってたからな。こんでも割合イイもん釣れたんじゃねぇか?」
「ハイ。よかったです!副長の先回りしてギリギリ仕掛けた甲斐ありましたよ。もし、副長がボンボン捕まえに行っちゃってたらこっちは逃げちゃうとこでしたね」
「あ?逃がしゃしねーよ。」
「そうですか?副長がボンボンに黒幕吐かせてる間に逃げてたと思いますよ?これじゃ。でもこれで、取り敢えず今回は俺たちの手が届く目一杯まで一掃(イッソウ)でしょう」
手が届く目一杯。母体の春雨までは届かずとも、今日のところは。
に、しても山崎のヤロー…俺の首尾にいちゃもんつけやがって
ンなに俺に鞭打ちてーか?
…てめぇも“黒く”なりかけてんじゃねぇか。
マジでナマ言いやがって…。“余計なアタマ”巡りかけてんのは、互い様だろが。
そりゃ誰の為の必死だかな(苦笑)
「でも、え?…あれ…安奈女将になんか似てないか?」
多分、今近藤さんにはその女の後ろ姿しか見えてねぇんだろ。
俺も見たその女の後ろ姿は、どこかでみたような質の偉く良さそうな着物姿に、ピシリと結い髪だった。
あぁ…。そりゃまるでどこぞの“女将”のようにな…。
けど…俺がさっき運よく確認できた、あの横顔は……
「…あれは、清祥庵の女将じゃないです。局長…あれが本件の黒幕ですよ。“舞華屋”の…安寿さんが嫁ぐ予定の店…浅草の呉服屋の女将です。これからあの艦でトンズラこくつもりなんですよ。」
「え?!ナニ?!じゃあ早くしないと!!…ん?オイ!じゃ、あのアタッシュケースは…」
「俺らが前から追ってた最近の“春雨の資金源”…の、一部です。俺が踏んでた通り、大江戸にあったんですよ。何かと癒着してるだろうって。あれは、脱税の金です。舞華屋の金は、息子が吉原で遊ぶ為に横領してたヤツよりもこっちの方が…」
「…親子だな。下品な顔してやがる。」
前に山崎に提出させたあのボンボンの写真と横顔がよく似てやがった。
「え?!そうなの?!だけどな、なんでまた自分の息子なんか使ってあんな酷いことさせちまってたんだ?!」
確かに…。何故自分の息子をブタ箱に差し出すような真似させた?
何故、薬を持たせて吉原に通わせた。アシが付いちまうのは目に見えてただろ。
…そうは思わなかったのか?
しかも、今頃は息子が“始末”されてる最中…という段取りになってんだぞ?
自分の息子殺られながら、どうしてここに来れる?
……否、違ぇ!
息子がまた吉原で悪戯したら始末するよう…尻尾切り離すように仕向けてんのは、どう考えてもテメェに降り掛かる火の粉にビビッてる黒幕だ。
つまりあの女が息子殺ろうとしてる張本人じゃねぇか!
息子のお遊びがテメェの意図を過ぎて度が超えてたとでもいうのかよ!
テメェの躾(シツケ)が悪かっただけじゃねぇのか?!
「チッ…!」
やっぱスッキリしねぇじゃねーか。
胸クソ悪ィ。