御本(長編)*宵待ち*
□二十三話《イタワシイドウキ》
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庭一面に霜のように薄雪残る朝方。
局長室にのぼる煎茶の和む湯気。
「いやー毎朝すみません、安寿さん」
「俺もこれ凄く助かってます。本当に朝寒くて辛いですから、この一杯があると1日のやる気も変わるんですよね」
『そんな…これ、旅館でもやってましたし。皆さん大げさですよ、いつも(苦笑)…はいどうぞ…近藤さん。山崎さんも…熱いですからお気をつけて下さい。…それでは。お勤めご苦労様です』
安寿さんが局長室を出ていく。
あれから…あの事件が終わった日から彼女は何だか前よりも俺達の世話を献身的にやってくれるようになって…
なかなか春の足音が聴けない冷え込み厳しい毎朝に、こうやって局長室から副長、沖田さん、俺の部屋って回って温かいお茶をいれてってくれるようになった。
けど、今日はそのタイミングでたまたま俺は局長室に来てたから…ふたりの分をこうしていれてってくれた。
まぁ、たまたまっていうか…報告書あげに来たんだけど。
安寿さんの摺り足が遠ざかってくのを待って
「よし、それじゃザキ。始めてくれ」
朝っぱらから通常運転の局長が切り出した。
「はい…じゃあまず…」
この後安寿さんは副長のとこ行くんだよな…。
いつも…その時ふたりで会話できてるのかな?(苦笑)
もう…俺には何もできない…しないけど。
「スミマセン(苦笑)どこから話せばいいですか?」
「う〜ん、じゃあ…彼女が…安寿さんがここに来た頃、その当時本件がどんな状況だったか教えてくれ」
「わかりました。えっとその頃は…その頃はもう、天人による最初の“吉原新薬横行事件”が起きてしまった後ですね。」
「うん、そうだな。その時最初の新薬のふれこみはなんだった?ザキ」
「“若返りの妙薬”です。舞華屋の女将…千代もそれにつられちゃったんです。吉原で丁度、商売してる時にです。得意先の妓楼の遊女から聴いたそうです。」
「そううだったのか。うーん、でもなぁ…聴いても実際その“妙薬”に手を出すほどの動機って…あの女将もまだ全然綺麗だったよな?」
「まぁ女の人って少なからず若さに執着はあると思いますけど、彼女の場合は…それに手をだしたくなってしまったのにはきっと“時と場所”が関係したと思いますよ?場所は…吉原は彼女の古巣ですからね…行き来してる内に花魁の頃の自分と今の自分を比較しちゃってたとか…。時は…その頃丁度安寿さんと自分の息子の結納をする直前だったんで、結納の席で顔あわせることになるのは」
「…えーっと両家の親族だから、安奈女将と安寿さんのお父上か!」
「安奈女将に対して見栄を張りたかっただけだと動機としては薄そうですけど、それにあわせて清祥庵の旦那…ずっと密かにまだ想ってる人と久しぶりに間近で逢えるとしたら…」
「…そうかぁ。動機はひとつじゃなくてもそれぐらい重なってくると人間魔がさして滅多な気もおこすかもしれんなぁ…」
「全部タイミングが悪かったんですよ」
女の人って大変だなぁと僕は思いました。
山崎退。